わるいゆめ
翌日、恐る恐る登校してみると、ノルンはお休みだった。
どうやら初日だけ顔を出しただけで、忙しくて登校できないらしい。
あれ以来、ついついノルンが登校しているかを確認してから紅蘭と会う、浮気の密会のような日々を送っている。
何もやましくないのに、凄まじく辛い。
けれど日が経つごとに、ノルンが婚約者と言ったことに、モヤモヤしてくる。
言い返し損ねたけど、別に婚約者じゃないのに。
すごく怖いけれど、次会った時には破棄の話をしないと、このやましいことはないのにやましい日々が終わらない。
次登校してきたら、絶対に呼び出さなくちゃ。
嫌いだと言うなら、破棄してくれるはずだし。
ーー
「そういえば紅蘭はアルガーデンの開国記念パーティには出るの?」
紅蘭は頷く。
「うちの国も呼んでもらっているから一族で出るよ。でも当日は挨拶に行けないかも。あ、エスコートさせてくれるなら別だけどね。」
エスコートの相手はどうしようか。
今のままだと紅蘭かソルトに頼むことになると思うけれど…。
「ま、うちは妹がいるからそっちのエスコートになっちゃうかも。」
「そうね。」
紅蘭の妹はまだ幼い。
兄の紅蘭がエスコートするのが筋だと思う。
炎楽はおそらく不在だし。
エスコートの相手は、今度ソルトに相談してみよう。
ーー
「ねえソルトもうちの国の記念パーティに来るのよね?エスコートをお願いできたりするかしら?」
寡黙だったソルトは、最近ちょっとだけ話してくれるようになった。
語尾をぶつ切りするから冷たく聞こえるけれど、そういうつもりは無いらしい。
「ああ。でも平気か?候補でもエスコートのお誘いがあるかもしれないだろ」
「無いわよ。嫌われてるもの。」
ノルンからはわざわざ嫌いだと宣言されたし、あの態度からして、それだけは間違いない。
全身から嫌悪感を露にされたのは、あれが初めてだ。
あんなに人に嫌われることってあるんだ。
「逆にそっちは大丈夫?兄弟のエスコートとか…」
ソルトの兄弟は大所帯だし、紅蘭のようにそういうことがあるかもしれない。
「うちは一族全員では参加しない。両親と未婚の5人だけ。女兄弟は皆相手がいる。」
ぶっきらぼうだけど、要点をわかりやすくまとめてくれるから、ソルトの言うことはわかりやすい。
つまりは、問題ないということだ。
「じゃあお願いするわ。」
「ああ」
ソルトも相手が見つかって安心したのか、珍しく少し笑った。
2人で会う時も、近況報告や文化的な話がメインで、色っぽい話は一切しない。
だから私達の関係は恋愛というよりは友人のようだ。
でもそれが結構、心地が良い。
多分、お互いに兄妹みたいに感じていると思う。
ーー
パーティ当日、ソルトが両親に挨拶する。
「ソルトくん、今日はよろしくね。それから会場でも。」
「はい。しっかりエスコートさせていただきます。」
手を引かれながら、馬車に乗り込む。
そして、内装に驚く。
アルガーデンの馬車と、雰囲気が違うからだ。
これがグリニア式のデザイン。
前世で言うところの、アラビア風のよう。
魔法の絨毯みたい。
「それはグリニアの伝統的な模様。そうか、見たことないよな。昔はウィッチ二と言ったらしい」
やっぱり伝統工芸品なのね。
「ウィッチニ…どういう意味なの?」
ソルトは苦笑いしつつ、教えてくれる。
ついついいつもと似たような会話になってしまう。
「ウィは自分の、とか私のって意味で、チニーは魔法。私の魔法、って意味。魔法をイメージした模様なんだろ」
魔法をイメージした模様なんだ。
確かにどこか魔法陣みたい。
グリニアの文化は、すごく異世界らしくて面白い。
ソルトは律儀なので、聞くとわかるまで教えてくれる良い先生だ。
「ふっ…」
ソルトは興味津々な私を笑う。
「どうして笑ってるの?」
「いや、君は緊張感が無い。大物だ」
それ全然褒めてないと思う。
けど、ソルトとは1年くらいの付き合いだから、悪意がないのはよくわかる。
私もついついドレスなのに、マナーが危うくなってしまって反省する。
絨毯を詳しく見たくてつい。
「お城ではちゃんとエスコートしてくださいよ?」
ソルトは珍しく真面目な顔で、こちらを見る。
「お任せください、お姫様。」
表情が崩れないように、頷いておく。
でも流石に、普段こういうことを一切言わないソルトが言うと、破壊力が高い。
ーー
ソルトが一族として挨拶している間、近くで見ていてもよかったけれど、少し疲れた私はふらりとテーブル席に座る。
何か取り分けようかと悩んでいると、見知った顔に会う。
「あら、ロイツェさん?」
「はい。お久しぶりです。それからこちらは…」
「ベディと申します。レミリアお嬢様。」
ロイツェとベディが一緒に居るなんて、不思議な組み合わせだ。
「えっと本来挨拶できるような身分ではありませんが…父君に命をお助けいただき、仕えることになりました。ベディと申します。現在ロイツェ様に師事いただいております。」
ベディは非常に礼儀正しい。
ロイツェが師匠なんだ。
うちのことはもう詳しいから適役でもあるけど、執事の事もわかるのだろうか。
「教育係なのね。ん?でもベディは執事として仕えるのよね?」
ベディは苦笑いする。
「そう見えますよね。…いえ。騎士になろうと思っています。ロイツェ様のように、多くを守る剣に。」
すごく、驚きだ。
執事ではなく、そっちの才能もあったんだ。
そういえば、ゲームではレミリアの希望で執事にしたから、適性とかは関係なかったのかもしれない。
ローナのように、どちらもできるタイプだったのかも。
「驚いたけど、応援しているわ。」
「はい。今日こうして生きていられるのも、御当主様、ならびにレミリア様のおかげです。誠心誠意尽してまいります。」
深々と頭を下げる姿に、変わらないものを感じて少し嬉しくなる。
進む道が変わっても、ゲームと性格は変わっていないらしい。
性格の良いちょっと真面目過ぎるベディだ。
「無茶はしちゃ駄目よ?まずは体を作るところから何事も始まるのだから。」
ベディは少し驚いた後、力強く頷く。
「レミリア様はお優しいですね。お心遣い、感謝いたします。」
2人が去って行った後、私は中庭に出る。
ここの薔薇庭園は、本当に綺麗。
魔法でライトアップされた夜の薔薇は、昼とは違った魅力がある。
白や赤もあれば、ピンクの薔薇もあり、青い薔薇も見つけた。
これは魔法によるものなのか、それともこの世界にも品種の研究などがあるのだろうか。
じっと足元の薔薇を見ていた頭に、上から声を掛けられる。
「こんばんは。」
「え」
背後に居るのは、もちろんあの人だった。
後ろに下がれないので、身を低くして左に逃げて背後に回る。
背後に立たれるのは、怖い。
「あは、随分避けるね」
その笑い方も怖いんだって。
「何の用ですか?また嫌いだと言いに来たんですか?嫌いなら話しかけなければいいじゃないですか。」
私が警戒しながら言うと、今度は笑いを消して真顔になる。
何かを思案しているのかと思うけれど、本当にヤンデレみたいな表情の変化だ。
ただその様子に、ずっと違和感がある。
大袈裟というか、笑いから真顔に変化する過程が抜け落ちているような。
「何の用、ね。そりゃ婚約者をエスコートしに来たら、次から次へと相手が出てきて恥をかいたところかな。ほら、嫌いでも婚約者をエスコートするのがマナーでしょ」
前髪を上げているから、この間よりは怖く見えない。
ただ、表情が一切ないところは、暗闇でも不気味に見える。
「この間から言っているけど、婚約者じゃないわ。婚約者候補。それも第2王子だったからでしょう?第1王子の相手は他国の姫君であるべきでしょう。貴方だってよくわかって…」
「ふうん。それで君は俺より上か同じくらいの相手を見繕って、円満に破棄、そういうのを望んでるわけ?」
「ええ。私達貴族の婚約は、そういうものでしょう?」
ノルンはなるほど、と小さく呟くと、こちらをじっと見る。
「何?」
私はその意図が掴めず、尋ねる。
「別に。君ってよくわからないよね」
それはこっちのセリフなんだけど。
「それで、候補の話は私達から破棄したいといえば良いのでしょう?早いことそうしましょうよ。私のこと嫌いなんでしょう?」
「…………」
ノルンは逸していた視線を意味ありげにこちらに向けると、何も言わずに去っていく。
「ちょっと!」
私はノルンの肩に手を置いて引き留めようとする。
しかし逆にその手を掴まれ、挑発的な目とかち合った。
「婚約破棄なんかしないよ。婚約生活、せいぜい苦しんでくれないと困るんだよね。」
え、と声を出したときには、ノルンは魔法で姿を消していた。
ーー
その後はソルトとダンスを踊ったり、平和だったけれど、内心は穏やかではなかった。
またもバグみたいなノルンの襲来で、頭を悩まさせられることになってしまった。
おまけに後日、紅蘭からちょっと怖い話を聞く。
「この間のパーティでノルン・ヴァイツェンに会ったよ。婚約者候補のレミリア様とは仲良くさせていただいています、と言ったら、『僕はいずれは婚約をと考えているのだけど、中々口説けなくて。そのうちライバルまで現れちゃったかな。』と爽やかに言われた。意外と骨のある奴だね。まあ僕がリードしてるけど。」
誰その爽やかな人。
別人なのかな?
ノルン・ヴァイツェンって2人いるのかな?
ーー
ここ数日、怖い婚約者候補の事は忘れて過ごしていたけれど、ずっと後回しにしてもおけない。
そこで、私はウィリアムと交流しようという作戦に出る。
ノルンの側近であり、恐らく非常に信頼しているウィリアム。
どうにか日程を得るべく、またもやローナに頼み込む。
「いつも変なことばかり頼んでごめんね、ローナ。」
「いえ。私はレミリア様の剣。どんな仕事もしっかりこなします。それにその…秘密裏に行うことは信頼されている証だと、感じていますから。」
ローナはとっても優しい。
昔は一緒に寝たり絵本を読んでもらっていたけれど、最近は話し相手か情報収集。
ロイツェじゃないけど、騎士として不満があってもおかしくない。
けれどローナは変わらず、私のことを妹のように可愛がってくれる。
ーー
ローナのおかげで、ウィリアムとのお茶会がセットされる。
ウィリアムにも休暇を浪費させて申し訳ない。
「えっと、はじめまして」
「はじめまして。レミリア様。それでその…私にどういった御用でしょうか?」
気を付けて言葉を選ばなくちゃ。
ウィリアムは人を信用できない。
そういう性分で、今はノルン様のそばが一番信頼できる手放したくない場所。
基本的にこちらの味方をしてくれるわけではない。
「その、ノルン様のことを知りたいんです。ノルン様、私のことを嫌いだと仰るんです。でもお会いしたのも初めてでしたのに、どうしてなのかと…」
「え?ノルン様がですか…?ですが先日、古群の方にも婚約を考えていると宣言されていましたが…」
ウィリアムは理解できないとばかりに、考え込む。
当然のリアクションだ。
「私もそれを聞いているので、益々分からず……ただノルン様は、私の事を嫌いと言いつつ、婚約破棄はしないと。婚約生活をせいぜい苦しんで欲しい、と仰るのです。私、そんなに嫌われるようなことをしたんでしょうか…」
ウィリアムはそれを聞いて、口を開く。
「正直、どれも信じがたいことですね…。ただ、ノルン様は幼い頃からレミリア様を大変気にされていました。それこそ交友関係まで。最初に古群の方の噂を聞いた際、嫌悪感を顕にされていましたね。グリニアの方にはそうではなかったのですが。あの方が相当気に入らないようでした。」
紅蘭が気に入らないのに、ソルトは良い。
それはどういうことだろうか。
とにかく、記念パーティで紅蘭に言ったことは、何か意味があるのかもしれない。
「何か私を嫌っていそうな理由は他にはありませんでしたか?」
「…ノルン様がレミリア様を好いていないならまだしも、嫌っているなどありえないことに思います。理由はわかりませんが、嘘を仰られているのだと思います。」
「そうですか…」
ウィリアムがこんなにも頭を捻ってくれても分からないということは、私が考えても無駄なのだろう。
何より、やはりあのノルンは本来のノルンと別人どころではない豹変ぶりだということだ。
「…そういえば、ノルン様の魔法はどんな魔法なのですか?」
「ノルン様の魔法は幻覚を見せる魔法です。一口に言っても、用途は非常に多いので、いつか見せていただくと良いと思います。たまに他国のお客様に見せてくれることがありますよ。」
ウィリアム曰く、星を降らせたり、宝石の花で城を飾ったりするらしい。
確かに素敵。
あの怖い人が見せてくれる気はしないけど。
でも、幻術か。
それはつまり、あの怖い婚約者候補の人は、ノルンが見せている幻覚なのかもしれない。
だとすれば、どうしてそんなことを。