ショッキングな1日
16歳の冬。
ついにベディとのイベントの日だ。
冬に入ってから毎日気にしてきたけれど、ついにその日が来たらしい。
買い物に来たところ馬車が壊れてしまい、替えが来るまで待つことになった。
偶然降ろされたこの場所は、ゲームの背景で見たものと同じだった。
私は裏手の路地裏に走り、雪の中倒れている姿を見つける。
その顔色は青白く、すぐにでも助けないとまずいとわかった。
「お父様!奥に人が倒れています!助けてあげないと死んじゃう!」
「ああ…そうだね。」
父は危険かもしれないと一瞬躊躇ったようだが、私の気迫に押されて頷く。
スラムの人々をすべて助けることはできない。
こういったことは、日々起きていることだ。
けれど、子どもの教育上、見過ごすわけには行かないと考えたのだろう。
父はテキパキと執事に指示を出して、近くの病院につれていくよう伝えてくれた。
ーー
ベディの件は、ローナに定期的に報告してもらっている。
順調に回復しつつあるものの、栄養失調気味で、完全に元気になるにはしばらくかかるらしい。
さて、私の方は、今年からは学園生活が始まった。
リメイラル魔法学校。
ゲームではあまり描かれなかったけれど、レミリアとノルンの初対面は学園でのことだった。
変わったことといえば、学園生活のことを知って、紅蘭が通いたいと言い始めたぐらい。
リメイラルはアルガーデンでも屈指のセキュリティだし、可能だと思うけれど、相当物好きだ。
ちなみに、紅蘭は古群の第2王子だ。
隠しルートの炎楽もここに通っているから、兄弟揃って通っていることになる。
リメイラルにとっては、失態は外交問題になりかねない恐ろしい事態かもしれない。
登校日初日。
それはつまり、ノルンとの初対面の日だ。
ゲームと違うのは、紅蘭がずっと私のそばから離れないこと。
「レミリア、君は本当に綺麗だね。その制服姿も素敵だ。ああ、是非今度は古群に来ない?君にすごく似合う花があるんだ。紅くて、靭やかで…」
ごほん、と咳払いをする。
「紅蘭、人前では恥ずかしいわ…私はあまり気にしないけれど、古群では挨拶のような言葉でも、こっちは控え目だから…熱烈すぎてしまうわ」
乙女ゲーマーだし、炎楽ルートクリア済の私としては古群のチャラさに慣れているけれど、先ほどから周りの視線が痛い。
「ごめん、あまりにも似合うから。アルガーデンの文化は難しいね。好ましいものに好ましいと言えないなんて難儀だよ。」
よそから見ると、私達ってバカップルにしか見えないんじゃないかしら。
ますます遠巻きに見られそう。
「秘める恋というのも、色々と表現の仕方があるのよ。例えば花を送るとか。」
「薔薇の花束とか?」
それ全然秘めてないから。
「それは大胆すぎるのよ。もっと些細な…そうね。押し花の栞を送るとか手紙を送るとか。」
そんなことが、ノルンやウィリアムのルートであった。
そう考えると、アルガーデンも大概遠回しすぎるような気もする。
まるで平安貴族のようだ。
「うーん、確かに控え目だね。男としては理解しがたいけれど、でもレミリアがやるとすれば…確かにいじらしい愛らしさがあるね。」
通り過ぎるクラスメイトの男子が、すごい顔をした。
カルチャーショックすぎるらしい。
何を言っても、逆効果な気がしてくる。
紅蘭は別に、口説いているわけじゃない。
天然というか、そういう文化なだけ。
これが古群クオリティなんだけど、そんなのこっちの一部しか知らないことだ。
このままノルンとフラグが立たないのは、結果オーライなのかも。
そう言い聞かせて、私は学園生活を早々に諦める。
「教室に戻るわね」
「僕はいつでも君のそばに居るよ。さあ、戻ろう。2人で。」
肩を組みながら囁いてくる紅蘭は、今日は妙に鬱陶しい。
多分うきうきの観光気分なのだと思う。
楽しそうで何より。
そのテンションは、放課後まで続いた。
どこにそんな体力があるのか、帰りは颯爽と車に乗り、「また明日!マイハニー!」などと太陽のよう叫んでいた。
私はもう何でもいいやという気持ちで手を振り返す。
グッバイ、乙女ゲーム。
ハロー、古群の第2王子ルート。
やっと去った嵐に肩の力を抜くと、私はお手洗いに向かう。
そしてさっさと帰ろう。
今日は泥のように眠るのです。
「やぁ。」
廊下の奥に、ただ1人が立っていた。
呼びかけられたと気づきつつも、まさか私のことではない、と通り過ぎようと足を早める。
だって全く、心当たりもない。
そんなフランクな知り合いなんて、この学校には居ない。
過ぎ去って、少し安心する。
3秒後、背後からガシリ、と左肩に手を置かれる。
その力がかなり強いので、喉が鳴った。
私は罪を数える。
(バッドエンドか何か!?)
静止していると、肩に置かれた手の力が強くなる。
観念した私は、ゆっくり振り返る。
するとそこには、あんまり知らない髪型の方がこちらに笑いかけていた。
コワ!コワッ!
「誰!?」
思わず声を上げると、相手は即答してくる。
「失礼だなあ、忘れちゃったの?」
アハハ、とか笑ってる。
思わず、体が後ろに逃げてしまう。
何かすごい怖い。
ホラー作品のサイコキャラみたいな、ゆったりとした口調と動きに、妙な威圧感がある。
その乾いた笑い、怖すぎるんですけど。
金の髪が長く、目元まで隠れていて、肩ほどまで髪がある。
全然知らない方なんですけど。
しかし、今日がどんな日かを考えると、それが誰なのかおのずと浮かび上がってくる。
まさかそんな…バグみたいな…。
結局すぐに距離を詰められ、今度は両肩にトン、と手を乗せられる。
そうして顔が近づいてようやく、髪の隙間から、見たことのある翠の目が覗いた。
「ノルン・ヴァイツェン。君の婚約者だよ。」
ニコ、と笑いかけたかと思うと、突然真顔になる。
怖すぎるんですけど………。
ヤンデレのそれみたい。
全然知らないノルンなんですけど。
けれどヤンデレとは違うのは、超冷たい声。
「君って最悪。俺君のこと大嫌いなんだよね。近寄らないでね。」
吐き捨てるように言い、近寄らないでね、だけは耳元に囁いていった。
……………………………………。
去っていく後ろ姿を、ぼんやり眺める。
誰ですかアレ………………………。
ーー
次の日、私は一睡もできなかった。
というか寝坊して学校を休んだ。
もちろんショックもある。
けれどどちらかというと、『やらかした感』に襲われていた。
まるでオートセーブのゲームで壁にハマって身動きが取れなくなって、ゲームを再起動しても壁の中にいた時みたいな。
圧倒的詰みセーブ感。
普通に考えて、ノルンと不仲になるのは、悪いことじゃない。
一応ノルンとウィリアムは親友をやっているようだし、社交界でたまに見るノルンは、あんな怪物みたいな人ではなく、普通にゲームの王子様だった。
王としてもやる気はあるらしく、国王の手伝いをしているという話を母から聞くこともある。
だから何も問題は無いはず、なんだけど。
昨日のノルンを見ると、とても大丈夫だとは思えない。
彼の表情からは、まるで嫌いだと宣言することに悦に浸るような、何か悍ましいものを感じた。
それに態度だ。
あの悪夢に出そうなホラー作品みたいな態度、あれはどう見ても尋常ではない。
それに見た目だって。
何がどうしてサイコキャラみたいな姿になってしまったのだろうか。
ノルンと言えば、金髪短髪な王道王子様。
グレたとかいう次元じゃない。
悪魔憑きか何かだろうか?
とにかく、外から聞くノルン像と、1ミリも合わないナニカを見てしまった…。