ローナお姉ちゃん
残りの攻略対象は、4人居る。
そのうち、1人は死亡フラグが無いから関わらなくてもその人が死ぬことは無い。
問題は他の3人だ。
彼らには、それぞれ欠かせないフラグがある。
3人の内訳は、レミリア付き騎士のロイツェとレミリアの執事ベディとノルンの側近ウィリアム。
本来の流れでは、愛情を知った後のノルンは、攻略対象が誰であれレミリアの意思を尊重して、円満に婚約話を破棄とする。
この世界では婚約話を回避するから、そこは気にしなくていいはず。
騎士の少年ロイツェは、レミリアに配属となり、真っ当な剣を振れるようになる。
それ以前は腕が良いが故に兵力として持て余し、汚れ仕事ばかりを任されていた。
彼は日に日に、何のために騎士になったのかと自暴自棄になっていく。
レミリアに出会わない場合、子どもを始末する依頼に絶望し、命を絶ってしまう。
ロイツェには、騎士らしい配属をさせる必要がある。
執事ベディは、レミリアに倒れていたところを拾われた。
レミリアと出会わなければ、行き倒れだ。
どこかで拾ってもらえば変わるはず。
フローリカで贔屓にしているどこかの執事の家に養子として迎えてもらうのがいいと思う。
ノルンの側近のウィリアムは、人を信頼することを知らず、疑いと危険と共に生きてきた。
ノルンやレミリアとの温かな居場所に救われる。
これが無いと、自らの人生に絶望して消息不明になってしまう。
とはいえ、ウィリアムはノルン1人でもどうにかなると思う。
ウィリアムがノルンを信用できないのは、ノルンが自暴自棄になっていたから。
家族に愛された元気なノルンとなら、普通に親友になれると思う。
様子だけ調べるのが良いかな。
ちなみに3人は、攻略対象としてはノルン以上に癖が強い。
ロイツェは汚れ仕事に慣れすぎて顔色を変えずに人を屠るサイコな一面がある。
ベディは性格は良いがすごく重たく、主に死ねと言われたら喜んで死ぬような、行き過ぎた忠誠心を持つ。
ウィリアムはシンプルに言えばヤンデレで、居場所を手放したくないことや人を信じられない性格などから、主人公に暗示をかけて洗脳するときがある。
いずれにしても、仲良くなりすぎるとかなり危険なキャラクター達だ。
フラグを建てないためには、他の人に救ってもらうのが一番だと思う。
ーー
ジルへの手紙で、ロイツェについて聞いておく。
『ジル様へ 先日ロイツェさんという騎士の方を見かけました。護身術について聞いてみたいので、お時間を作っていただけますか?』
突拍子もないおかしな内容ながら、先日のこともあるし、断られることはないと思う。
ジルには、私は相当変な子だと思われているだろう。
推しなのに、非常に悲しい。
ついでに、父親にも色々と吹き込んでおく。
「お父様、実は今度ロイツェさんという王城騎士の方とお会いするのです!」
私は大げさなほど、大きな声で言う。
新聞を読んで近況を確認していた父も、思わず手を止める。
「んん?騎士?会って何をするんだい?」
10歳の娘がそんなことを言い出したら、当然の反応だ。
「ロイツェさんは普通の騎士じゃなくすごい騎士なんです!護身術というのを教わりたいのです」
「護身術!?どこでそんなことを聞いたんだい?レミィには危ないんじゃないか?」
新聞をどこかに飛ばして、父は私の両肩を優しくつかむ。
恐らく、想像しているのはしっかりとした護身術の講義のようなものだろうけれど、適当に理由を付けただけなんだよね。
本当の目的は、ロイツェを父にアピールすることだ。
「危ないんですか?じゃあお父様、危なかったら止めてください。でもロイツェさんはすごいんですよ!近くで剣を見るのが楽しみです!」
目を輝かせて言うと、父は、なるほど、と安心したように笑う。
「護身術というか剣技を見せてもらいたいんだね…。もちろん危なかったら止めるけど、レミィも失礼の無いようにね。」
ぶんぶんと頷くと、頭をくしゃりと撫でられる。
計画通り。
しめしめ。父の予定を確約しました。
ーー
「ロイツェさん、はじめまして。」
「はじめまして。」
お辞儀をし合う様子を見たあと、父はしばしポカンとする。
そして驚きを隠さずに挨拶をする。
「いやあ、いらっしゃい。ロイツェくん…随分若いんだね。驚いたよ。」
「はい。10歳になります。ロイツェ・マクレーゲルです。」
同い年とは思えないほど利発的な少年は、マクレーゲルの紋章を見せてくれる。
「マクレーゲルか。なるほど。そりゃあすごいわけだ。」
マクレーゲルは、騎士の中でも特に歴史のある家の1つで、代々アルガーデンの王家に仕えている。
ゲームでのロイツェ曰く、8歳の時にはロイツェの父の言うことを完璧にこなしていたという設定だった。
それより2年も経っているし、必ず私の父のお眼鏡に叶うはずだ。
うちに仕える何人か腕の立つものを呼び、対人を見せてもらう。
当然ながらどんな人もロイツェに歯が立たず、泣きのもう一回を繰り返す者など、若干白熱した打ち合いが行われた。
闘技場みたい。
皆が地に倒れて最後の一人…みたいな状態になった時、涼し気なロイツェに話しかける。
「ロイツェさんは普段忙しいんですか?また是非遊びに来てくださいね!」
ロイツェは周りに倒れている人々を見て、苦笑いをする。
ちょっとやりすぎたから気まずい、とか考えているのかもしれない。
「いえ、この年ですから、あまり仕事はいただけず…誇れるような仕事は何も。」
「へぇ…勿体無い。坊主相当やるのになあ。」
うちに何十年も仕える老執事のバンさんが、ポンポンと頭を叩く。
ロイツェは驚いたような顔をしつつ、受け止めている。
「お父様、どうでした?やっぱりロイツェさんはすごいですよね!」
「すごいね。なるほどね、強すぎるから仕事が無いのか…勿体ないなあ……。」
父はずっと考え込んでいる。
これは使えるぞ、とうきうきで考えているに違いない。
この国はすごく平和だけど、父は外交のために護衛が必要な治安の悪い地に赴くこともある。
王城よりもそういった尖った戦力を求めているし、王城のように年齢や形式を重視する必要も無い。
かなり食いついているし、これはもう少し押せばいけるかもしれない。
ーー
後日、ジルにお礼を書いておく。
ロイツェは王城で変わらず汚れ仕事を行って心をすり減らしていると思うし、何とかしなくては。
「お父様。私にもそのうち騎士が付くんですの?」
「ああ、ロイツェくんに会ったからかな?けどロイツェくんはまだ10歳だし…んーまあ実力で言えば問題があるわけじゃないけど…」
父は言い淀む。
当然ながら、仕えるなら王城とのやり取りもあるし、確約ができないのだろう。
「いえ、うちにも騎士さんは居るんでしょう?ロイツェさんがその代わりにうちの騎士の一人になったら良いと思ったんです。」
騎士の希望は無いけれど、護衛無しはちょっと心配になる。
ロイツェもベディもフラグを建てない予定だし。
「そうかそうか。ロイツェくんを騎士にしてくれといきなり言われるのかと焦ったよ。そこは拘りはないのかな?」
私はぶんぶんと頷く。
優秀ならそれが一番だ。
「無いですが早く欲しいです!何かあった時頼れますから!」
「そうだね。家では護衛が居れば必要ないと思うけど、外に出るときとか、レミィにも1人付けてもいいかもね。」
普段プレゼントを頼んだりはしないからか、父は乗り気になってくれているらしい。
それなら、と1つ要望をつける。
「女の子の騎士さんは居ないんですか?」
「家にもいるよ。なら、メイド兼騎士としてローナが良いかもしれない。バンの娘さんでね、すぐ仲良くなれるよ。」
後日来たのは、20前後の、クールな女性だった。
かっこいい。
「はじめまして、レミリアお嬢様。」
ローナお姉さまと呼ばせてほしいくらい、彼女はとても優秀だった。
具体的に言えば、家事一切お使いから何から何まで、速やかに一人でこなしてくれる。
「ローナって天才だわ…!」
「お嬢様…嬉しいですが、大げさですよ。」
ふふ、とほほ笑むお姉さま素敵。
口元のほくろがすごく色っぽくて、黒髪はさらさらしている。
乙女ゲームの女子キャラクターって美人多いよね。
程なくして、ロイツェはフローリカお抱え騎士の一人となった。
これで救われるかはわからないけれど、汚れ仕事ではなく、父の護衛の仕事になるだろう。
王城としても持て余していたことを心苦しく思っていたらしく、引き抜き話は数日で纏まったらしい。
もしかすると、父の交渉の手腕なのかもしれない。