転生してしまいました
乙女ゲームの世界に転生した。
それに気づいたきっかけは、5歳の時。
ある日、両親が将来の婚約者だと姿絵を持ってきた。
その紹介された名前に、強烈な違和感を覚えた。
ノルン、ヴァイツェン…?
どこかで聞いたことがある。
「ほら、見てみて。これがノルン様だよ、かっこいいだろう?」
そして二つ折りを開かれた時、全てを思い出した。
金の髪、翠の目。王子様のような風貌。
星が弾けて、雷を受けるような衝撃だった。
(彼は、攻略対象のノルン・ヴァイツェンだ。)
「レミィ?大丈夫?」
そして私の名前は、レミリア。
そう、主人公のレミリア・フローリカだ。
ここは、前世で遊んだ乙女ゲーム『ソナリアの花束』の世界。
唐突に、理解した。
「お父様。運命の相手は自分で見つけたいですわ。」
訳も分からないまま、私は問題を先送りにしようとする。
ノルンとの婚約がこのまま進むということは、ゲームの方向にそのまま進んでしまうかもしれない。
「レミィはおませさんだね。どこでそんな言葉を覚えたのかな?」
父はレミリアを見て、微笑ましいとばかりに目を細める。
子どもの言うことだと本気にはしていないらしい。
私は舌っ足らずな発声でどうにか訴えかける。
「きっと私の運命の人は隣の国の王子様なの!この国じゃないの!お願い、お父様!」
母と父は目を見合わせると、誰に教わったのかしらね?と口々に言う。
やがて見かねたのか、母が味方してくれる。
「まあ、まだ5歳ですから。突然言われて困っているのでしょう。そう焦らなくても良いのではありませんか。」
それに父も頷く。
「いずれは考える必要があるが…確かにまだ5歳。手続きがあったわけでもないからな。突然驚かせてごめんよ、レミィ。」
私は渾身の泣き演技で、駄目押しする。
「私お父様とお母様と離れたくありませんわ!どこにも行きません!」
「おお、そういうことか…。これは怖がらせちゃったかな。そうだよな。父さんも母さんも離れない離れない。」
子どもをあやすように頭を撫でる父と、微笑ましそうに見守る母。
(ごめんなさい。お父様とお母様。)
私今、全力で猫を被っています。
ゲームでは、恐らく両親に急かされて早々に手続きが行われたのだと思う。
だから対面は16歳ほどなのに、婚約だけ幼少期から決まっていた。
しかし、本当はただの口約束だったんじゃないだろうか。
本来ならば他国の姫君と政略結婚を行う方が、外交上都合が良いような気がする。
両親が急かさなければ、そのうち消える話なんじゃないだろうか。
ーー
私はその夜、記憶を辿って現状の理解に努めた。
まずはノルンについて。
ノルン推しではなかった私も、あのゲーム…『ソナリアの花束~優しき姫と5人の王子~』を遊んだきっかけのキャラクターだったから、結構思い入れがある。
ノルンはレミリアにとって、婚約者かつ優しい憧れの王子様。
しかしずっと楽しみにしていた初対面で、『君を愛することはない』と宣言されてしまう。
レミリアはそれにショックを受けるけれど、見かねたノルンの側近から過去を明かされる。
ノルンは次男として乳母に育てられるも、その乳母が恐ろしい人で、彼は愛を知らずに育った。
それ故に、自身を外見だけ取り繕った空っぽの王子と理解し、レミリアを愛することができないと宣言したのだと。
そして、最後にはレミリアの献身的な愛により、人を愛することを知り、中身まで無敵の王子様になる、という感じだ。
さて、ここで問題が2つある。
私は乙女ゲームが好きだ。
けれど、ノルン様ルートに入りたいとは思わない。
他のキャラクターにしてもそうだ。
ゲームとして楽しむのと、実際にそうなるのとでは違う。
ゲームなら刺客に追われて騎士様に助けられるシーンにドキドキできても、現実では刺客への恐怖しかないと思う。
死ななくてよかった、と思ってしまう気がする。
転生した私は、ごく普通の貴族令嬢として平穏に暮らしたい。
だから、ノルンとの婚約も他の攻略対象とのフラグも、回避しなければいけない。
単に回避するなら関わらなければいい。
けれど、もう1つ問題がある。
ソナ束では、主人公が攻略対象と特定のフラグをこなさなかった場合、攻略対象が死んでしまう。
例えば、レミリアがノルンに愛情を教えない場合、未来に絶望した彼は死んでしまう。
つまり、ノルンと婚約者にならずに、愛情を教えなくてはいけない。
他のキャラクターにしても同様だ。
フラグを建てずに救わなくては、人の死を見過ごすことになってしまう。
時間だけはたくさんあるのだから、たくさん作戦を練っておかないと。