Z
〇〇月01日
ここ一週間くらい、誰かに尾けられている気がする。
会社を出たところからだ。大通りを駅の方向に行く。この時は、通行人に紛れていてまだはっきりと気配は感じない。
路地を曲がってしばらくしてからだ。いつも背中に視線を感じる。バッと振り向くといつも何もない。とはいえ、全く痕跡が無いわけでもなく、急いで身体を隠したと思われる黒髪の残像が時折見え隠れすることもある。
会社の近くに越してきたのが良くなかったのか。電車に乗らなくて済むと喜んでいたのに。
憂鬱だ。
〇〇月03日
思い立ってSNSの履歴を遡っている。
なんでもない写真や投稿が本人の居所や正体を示していて、そこから特定──いわゆる身バレというやつだ──されることがあるという話を思い出したからだ。
元々SNS自体はほとんどやっていない。その上本名を公開していないので、特定などできないはずだ。
そう思っていたが、その気になれば特定が出来そうな箇所がいくつも見つかった。たとえば名前。アカウントの名前が下の名前だけなので見る人にはすぐに分かる。公開設定も、限定公開ではなく世界中の人間が見ることのできる設定にしていた。これではプライバシーを自ら晒しているようなものだ。今更遅いかもしれないが、投稿を全て削除し、公開設定を変更する。名前の隣に錠前のマーク。これでひとまず安心だ。
〇〇月05日
会社に、俺の名前を出して問い合わせる者があったらしい。
Zさんに取り次いでください。
そう言われて、電話をとったやつは律儀にも「Zは不在にしております」と教えてしまったという。Zなんて珍しい苗字は、社内に俺しかいない。俺はご先祖様を呪った。
相手は名乗らず、そうですかとだけ言って電話を切ったらしい。公衆電話からだったとか。
こればかりは、ストーキングされているかもと相談していなかった俺にも非がある。事情を明かしていないのだから、そいつの応対も間違っていないのだ。俺の顧客だと勘違いしても仕方がない。
〇〇月06日
仕事終わりに同僚と食事に来ていた。
ストーキングされているみたいだと、このところの不審を伝えれば、そいつは思いの外真剣な面持ちで聴いてくれた。
電話の件を伝えると、同僚は眉根を押さえた。
「そいつで、お前が外回りのある部署にいることが知れたな。ずっとデスクに向かい合っている部署なら、不在にしないだろうからな」
言われてみればその通りに思えた。
「なあ、どうしたらいいと思う」
「て言われてもなぁ」
同僚は難しい顔で腕を組んだ。
「相手が誰かも分からない。明確な証拠もない。実被害も無し。一応警察に相談するってのが無難だが、被害がないんじゃ動くにも動けんだろうし。
あとお前がストーキングされてるって、ちょっと想像つかない感じだよな。いかにも健康で強そうな男じゃん。スポーツマンって感じで。かと言ってそこまで顔や身体つきが良いでもないし」
「うるせえ」
同僚を小突いた。「こっちは真剣なのに、ひでぇな」と冗談めかして笑う。「結構深刻に考えてやってんだぜ」
その通りだった。俺は「ここの飯代は全部持つから」と手を合わせた。
「言ったな」
同僚も明るく笑ってみせた。それがありがたいと思った。
〇〇月07日
警察に相談した。
まあ、話をして「パトロールを強化します」で終わったので、あまり頼りにはならなそうな感じだ。
「相談したって記録を残してもらうのが重要なんだ」と同僚が言っていたし、そういうものだと思うことにする。
〇〇月10日
ここのところストーキングもなくて安心していたが、ついにやられた。
部屋に入ると違和感があった。
物色されているとか、そういった跡は無かったが、良く見ると少しずつモノが動いていたり、埃を拭った真新しい形跡がある。
嘘だろ、という思いが強い。
〇〇月11日
会社を休んで、一日中盗られたものは無いか探した。
通帳、実印、その他。何も盗られては無さそうだった。
それでも気色が悪い。ソファやベッドに、見ず知らずの人間が寝ていたかもと考えるだけで鳥肌が立つ。
不動産会社に行って、至急入居できる物件を探してもらうことにした。営業している不動産屋があって助かった。警備会社の機械のついている賃貸に空きがあるようだ。その他の条件には目もくれず、その場で契約した。
この土日に引っ越そうと思う。
〇〇月14日
引っ越しは終わった。
部屋に関する引き継ぎ一式を終え、荷物を運び入れた。
部屋は狭くなってしまったが、それも仕方がない。
〇〇月18日
ストーキングがまた始まった。
引っ越したことがバレた為だろうか。
新居までは電車と地下鉄で乗り換えをはさむ。車両の中までは追ってこれまい。そうなったらさすがに分かる自信がある。
〇〇月25日
このところ、無言電話が続いている。プライベートな携帯電話にだ。
相手は非通知だったり、公衆電話だったり、通話だけの安い携帯電話キャリアからだったりする。
恐らく同一人物からだと思う。
〇〇月27日
急展開すぎる。
夜遅く、不意に目が覚めた。目を開けると見知らぬ人間が傍に立っていた。
女の青白い脚が暗闇に浮かびあがっていた。寝ていたから、コンタクトレンズをしていなくて、輪郭がおぼろいでいて、より一層恐怖だった。
警備会社が急行してくれて助かった。
入ってきた警備員に「助けてくれ!」と必死に叫んだ。女は何をするでもなく、ただぼうっとしていた。更に数分してやってきた警察に、女は現行犯で逮捕され、パトカーに乗せられていった。
その時はじめて、明るいところで顔を見た。
知らない女だった。
〇〇月29日
知らない女が自分をストーキングしていた。
これだけでもものすごく恐怖なのに、話には続きがあった。
取調室で、女は動機をこう語ったという。
「ストーキングしなければいけないなって気持ちになって、目についた人を尾行してみました。家とか会社とか、簡単に分かって楽しくなっていって。電話番号とか交友関係とか、本人しか知らないようなことをじぶんが知っていくのが楽しくて仕方がなくなりました。Zさんである必要は無かったと思います。面識とか、恋愛感情とか、そういうのはありません」
薄ら寒くなった。
「引っ越された時はしてやられたって思いました。鍵を複製して中に入ったのに、もぬけの殻で……。賃貸の鍵は複製できなかったから、窓ガラスをわって開けて入りました。調子に乗っていて、警備員に見つかった時、夢から覚めたみたいになって、ぼんやりとしちゃった
部屋に入った理由ですか? 好奇心、でしょうか。全部手のひらの上だっていう全能感とかもありましたね。確実に。もう生殺与奪の権利も全部わたしの思うがままにしたかったですね」
〇〇月30日
前の部屋のクリーニングが済んだらしい。
実は、前の部屋は解約していなかった。いまの賃貸は緊急避難先、シェルターみたいなものだ。やはり住み慣れた、利便性の高いあの部屋に戻ろうと思う。
荷物は友人に頼んで運び出した。この部屋を去るのは明日になる。
「あの日、Zさんの部屋で何をしていたのかですか? プレゼントをつくったので、わたし手ずから贈ろうと思いまして、持っていきました。プレゼントとは何かですか? 爆弾です。部屋中のコンセントの中に仕掛けてあって、電気が止まったらそれに反応して爆発するようにしています」
Z is for ZEALOTRY
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