集結
それなりに長い道のりでやっとこさたどり着いたラルトメル大陸の街は、ディルクが想像していた以上に悲惨なことになっていた。門番はたった一人だけでよそ者が来ると見るや態度が硬化する。
門番の顔は明らかに疲れていて、憔悴しきっている。門の向こうに見える街はいたるところから煙があがり、とてもではないが外からの人間が歓迎されるような空気ではないことは自ずとわかる。だが幸か不幸か、ディルクは立ち止まるつもりはない。
「お前、今はこの街には入れない。出直せ!」
「私はゴスリック王国の元騎士だ。聖女に身の危険が迫っているのはわかっているだろう? よそ者だから警戒されるのは当然だが、彼女を守るために来た」
「そんなことを言われてもよそ者を街に入れることはできない。帰れ!」
「そう簡単に帰るわけにはいかないんだ。邪悪な魔術師が彼女を狙っているんだぞ!どう説明したらいい!」
ディルクが必死に本当のことを言えば言うほど、門番は警戒してしまうだろう。王国の騎士とはいえ、それはもう過去の肩書であり、身分を証明する特別な書類は持っているが、今のような緊急事態らしき状態では無意味だろう。
何か手立てはないのかと考えている間に、見知った人物が遠くの方に見えた。それは賢者の老人、アマデウスだ。彼は位の高さを示すような司祭衣を着た女性とずっと話し込んでいる。
ディルクが彼に気付いてもらおうと大声をあげると、慌てふためいた門番に強引に止められる。しかし驚いた街人が一斉に門の方を見たことでアマデウスと司祭衣の女性はディルクの方に近付いてきた。声は届かなかったようだが、用は足りたようだ。
「門番さん、何事ですか?」
女性がそう問うのと同時に、アマデウスが目を見開いた。
「ディルク殿! やっと再会できましたな!」
「アルヴァー! 本当に生きていたんだな」
「竜巻で船が沈んだとき以来でしたな。確かにあれは生きた心地がしませんでした」
聖女も門番も二人の会話を聞きつつも戸惑っていた。ようやく今の状況を思い出したアマデウスはディルクのことを紹介する。
「これはこれは失礼致しました聖女様。こちらはゴスリック王国元騎士団長のディルク殿でございます。途中まで一緒にかの邪悪な魔術師を追っておったのですが、今まで逸れておりましてな」
「そうでしたか。それならば信用できる人物なのですね。門番さん、彼を入れてあげてください」
「なっ! しかし聖女様……」
「大丈夫です。わたくしが責任を持ちます」
「……わかりました」
聖女の鶴の一声で門番は引き下がってディルクに道を空けた。それから三人は聖堂に戻って話のできる部屋にいくと、逸れてからのお互いの近況を報告しあった。聖女もそれらを興味深そうに聞いている。
「あの後俺は……目的を見失ってしまって闘技場で日銭を稼ぐことにしたんだ」
「そうでしたか。わたしが死んだと思って心を痛めてくださった……ということですかな」
「ああ。誰も守れない男に仲間の仇討ちなど……邪悪な魔術師を止めるなど無理に思えてしまってな」
「ですが諦めなかったからここにいらっしゃるのでしょう」
「それも闘技場で出会った男が助言をしてくれたからだ。奇妙な男だったが助かったな」
ディルクは遠い目をしながら続ける。
「それでアルヴァーの方はどうだったんだ? あの竜巻に呑まれてよく生きていたものだ」
「聖女様はご存じですから今はアマデウスとお呼びください。ともかくその件は幸運だったとしか言えますまい。結局防御の魔術も間に合いませんでしたからな。意識を失って気が付いたらラベール大陸の漁村で手当てをされていたのです」
「ラベール大陸まで流されたのか。本当に災難だったな」
「ええ。しかしおかげで魔導書を一つ確保できました」
そう言ってアマデウスは地獄界の魔導書を取り出す。
「それはでかした! 大賢者とは伊達ではないな!」
「恐縮ですな。これはラベール大陸の崩落都市にあったもの。地獄の眷属がこの魔導書によって呼び出されておりましたが、それを撃退しつつ何とか手に入れることができました」
「そうかそうか。だが冥界の魔導書は……駄目だったか?」
「はい。残念ながらそちらは敵方に渡ってしまっているでしょうな」
「口惜しいな。ということは残りは魔界の魔導書と神界の魔導書か」
「神界の魔導書はここに」
話の流れに乗ってようやく聖女が口を開いた。彼女は白い表紙の魔導書を取り出してディルクに見せている。
何もしていないのに、その魔導書は僅かに白いオーラを纏っていて、完全に本物であることを物語る。
「なるほど。では魔界の魔導書の方はどうなっているのだろうな」
「悪魔が溢れている現状を考えると誰かの手に渡っているのは確実でしょうな。まともな使い手ではありますまい。最悪あの魔術師が手に入れている可能性も……」
「お二人のお話でどういう状況かははっきりとわかりました。既にその魔術師は現界の魔導書と冥界の魔導書の二冊を手に入れている。もしかしたら魔界の魔導書も……。つまり地獄界の魔導書と神界の魔導書、この二冊は死守しなければなりませんね」
「どうやって守るかが問題だな。正直に言ってあれだけの力を持つ魔術師に勝てる気がしない」
「相手がそれなりに弱っておるのでそこを狙うしかないでしょうな」
「弱っている? そうなのか?」
「ええ。実はわたしは一度、あの魔術師を退けるのに成功しておるのですよ。そのとき明らかに力が鈍っておりました」
「その魔術師を退けたことがあるのですね! しかし弱っているのは何故でしょうか?」
「わたしはあの魔術師の体が強すぎる魔力に耐え切れなかったのだと睨んでおります」
「自身の魔力に耐え切れないなどということがあるのですか?」
「そういえばこれはディルク殿にもお伝えしていなかった気がしますが……あの魔術師は魔導書の意志に乗っ取られているのです」
「何!? どういうことだ?」
「あの者は元々ただの魔術師。それに意志を持つ魔導書が憑依している状態ともいえましょう」
「意志を持つ魔導書……ですか?」
「ええ。わたしもしばらく経ってから思い出したのですが、5界の魔導書を統べる魔導書、君主たる魔導書なるものが存在しておるのです」
「君主たる魔導書……か」
ディルクは目を伏せたままそう呟いた。
「何のためにそんな魔導書が存在しているのですか。世界征服のため……ですか?」
「古の言い伝えによれば、世界が危機に陥ったときのために統治者となるものを生み出すためだと」
「世界の危機……思い当たることと言えば、魔術の禁止がそれに当たる……か?」
「そうかもしれませんな。ヤツにしてみれば魔術の禁止は己の破滅と同義ですからな」
「魔導書に乗っ取られているということは、あの者を止めるためには魔導書の方をどうにかしなければならないのですか? 元の魔術師の方を救う方法はないのですか?」
「そこまではわたしにもわからないのです。実際に君主たる魔導書が動き出したのは、恐らくこれが初めてのことでしょうからな」
「そうですか……」
部屋に沈黙が訪れた。三者三様の考えがそれぞれの表情に表れる。
「この際、元の魔術師のことは二の次にせざるを得ないだろう。それを気にしている余裕は恐らくない」
「その問題はともかくとして、作戦会議をする必要がありそうですな。悪魔に対処するよりも先に魔術師に襲われる方が早い気がしますからな」
「ああ。魔導書が二冊揃っているからな。あちら側としても都合がいいだろう」
「そうですね。いつ襲われてもいいように準備をしておかなくては……」
それから彼らは時間の許す限り、邪悪な魔術師に対抗するべく話し合いを続けるのだった。




