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君主たる魔導書-マスターグリモワール-  作者: 逸れの二時
第四章 集結する思い
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聖堂

 心なしか馬車の中の空気は重くなっていたが、しばらく揺られていると目的地に到着する。御者さんが門番に話をつけて、馬車の中にいた人たちは一人一人身元などを明かして街に入る許可をもらっている。


 船の停留所から直接出ている馬車だったためか、みな大陸を跨いで来た人のようだ。そのせいかかなり厳しく質問されているが、アマデウスの番までは全員ちゃんと街に入れている。ところがアマデウスが街に入れるかどうかはまた別の話だ。


 なにせ彼は元大賢者でありかなりの有名人。今まではその名前を名乗っていた大陸から離れていたから大事にはなっていなかったが、元の場所に戻ればどうなるかなどはわからない。一応アマデウスは自分なりに対処しようと考えてはいたのだが……。


「名前は?」


「アルヴァーです」


「どこから来たのだ?」


「ラベール大陸から参りました」


「何をしにこの街に来た?」


「親戚に会いにです」


「ほう。何て名前の親戚だ?」


 ベタな嘘を吐いたせいか少し警戒されてしまったようだ。しかし面倒なことになる前に先ほどの馬車にいた修道士が突然声をかけてくる。


「この方は大聖堂の賓客です。通して差し上げてください」


「そ、そうでしたか。ではお通りください」


 青年の援護であっさり通される。アマデウスはあまりほめられたものではない魔術で衛兵を騙して突破しようとしていただけに肩すかしだ。青年につきしたがって街中を歩いて門から離れたところで、アマデウスはちょこんと首を傾げる。


「聖職者の権威はまだまだ健在のようだが、お主はどうしてわたしを助けてくれたのだ? 馬車での一件のことも感謝しておるが理由がわからないのでな」


「それは大聖堂に着いてからお話しましょう。そこに用がおありでしょう? 大賢者様」


「わたしの正体を知られておったか」


 青年自身の雰囲気のせいか、警戒心よりも繕う心配がなくなった安堵感の方が強く出るアマデウスは、久々の街中を観察しながら歩いた。顔見知りに会うと面倒なことになるので、個人が認識しにくくなる魔術をこっそりと使って、修道士の道案内で少し新しい街並みを迷わずに進む。


 五年ぶりともなると昔とはやや街の雰囲気が変わって、前よりも閉塞感が増している。魔術が禁止されたせいで生活に余裕がなくなったものが多くいるのか道行く人の表情は清々しいものとは言い難い。


 街並み自体も面白みのない石造りの灰色が目立ち、燃えやすい木造建築は貧民以外では使われなくなってきているようだ。井戸にはたくさんの人が順番待ちをしていて、ヒソヒソと何か話しているが良い雰囲気とは言えない。


 なんだかあまり良い変化を遂げていなくて、アマデウスは幻滅した。故郷は故郷らしく暖かいものであってほしかったが、そうはいっていない現実が悲しいのだ。


 そうこうしていると大聖堂の前までやってくるが、ここはさすがにあのときのままで、人々の救いになっているらしい。大聖堂というからには当然その外装もかなりの大きさで、街の中心にそびえたっている。


 天辺が尖った装飾の建物は荘厳で、ステンドグラスが外からも見えて神秘的だ。大きな鐘もこの聖堂にあるが、これは正午に一度と街で何か催しなどがあるときにだけ鳴るものだ。


 そんな建物から出て来る人は様々だが、心なしか道中の人よりは心に余裕があるようだった。一応アマデウスはこの聖堂に入ったことがあったが、そのときも怪我の治療や懺悔を聞いたりと街の灯になるような場所だった。今もまだそれは続いているようだ。


 そろって聖堂から出てきた老夫婦に道を空けてからアマデウスと修道士は聖堂の中に入った。とてつもなく広い空間にズラッと長椅子が並び、外からチラッと見えたステンドグラスは入った先から遠くの真正面にある。


 前方の壁上に設置されたそれは空から差す日の光を取り込んで、淡い綺麗な色をキラキラと注いでいる。その先の一段上に上がったところには司祭が説教をする祭壇と、大きな十字架。さらにその横にはグランドピアノがあって、出番のない今は手触りの良さそうな滑らかな赤布が敷かれている。


 圧巻の美しさに五年越しに感銘を受けたアマデウスは、修道士に促されてようやく奥へと進んだ。この聖堂の司祭らしき人物に声をかけられて、修道士は聖女に用があると告げる。


 途端に表情を硬化させた司祭だが、修道士が何かを耳打ちすると慌てた様子で奥の部屋へと引っ込んでいった。


「さてさて、聖女様はいらっしゃるだろうか」


「いらっしゃるはずですよ。悪魔が出ているこのタイミングでこの街を離れるはずもありません」


「それもそうだな」


 修道士の言う通り、聖女クラリス・スティアハートは奥の部屋からやってきた。傍に二人ほど控えさせている彼女は白と青の清らかな司祭服を身にまとい、胸には金色に輝く十字架を提げ、もう一つ、修道士とはまた別の聖印を提げている。


 この世界では大層珍しい薄緑の髪色の女性は、おっとりした目元とは対照的にキュッと口元を結んでアマデウスと修道士を交互に見た。


「修道士のマルファスさんと、アマデウス様ですね。お久しぶりです」


「聖女クラリス様。私のことを憶えてくださっているとは光栄の限りですな」


「大賢者様のことを忘れるはずもありません。マルファスさんも彼をここに導いてくださってありがとうございます」


「いいえ。とんでもないことでございます」


「クラリス様、お邪魔してさっそくではありますが、私からいろいろとお話ししたいことがございます。どこか内密に話せるところはございますかな?」


「ええ。こちらへいらしてください」


 聖女とその男女の付き人たちは先ほど出てきた部屋とは反対の左の方の通路へ進んでいった。アマデウスとマルファスはその後についていくと、丁度良い大きさのこぎれいな部屋に案内された。


クラリスは付き人たちに椅子を用意させて、ありがとうと彼らに部屋の外に出てもらうと重い口を開いた。


「わたくしに用があるとあの者たちから聞きました。大方予想はつきますが、是非あなたたちの口からお聞きしたいです」


 聖女の言葉には修道士がすぐに答えた。


「では私から先にお話ししましょう。アマデウス様にもまだ自身のことを話しておりませんから。まずはここに至った経緯についてお話しします」

 

 それからマルファスは身の上を語り始めた。


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