道中
アマデウスは滅多にない南東の大陸への船便で海の上を旅している。船に乗るなどということは彼にとっては珍しいことなのだが、実にここ最近で2度もそれを体験している。
それよりも前に乗ったのは5年ほど前のことだったかで、そのときも南東の大陸のラルトメル大陸の船の停留所にはお世話になった。
魔術の禁止令が波及したことで住む場所を追われ、大陸を出ることを余儀なくされたそのときは海路を楽しんでいる暇などなかったが、今は少しばかり余裕ができて、船からの海の景色にも気持ちを向けることができそうだった。
時刻はお昼頃ということもあって、差し込む日差しが海の水面に反射して眩しく輝いている。アマデウスの乗っている船は大きな帆で風を受けて進んでいるため速度はあまり早くないが、波の上を進むのはまだまだ新鮮なものだ。
青い海と一言にいっても、見る角度によって微妙に濃い色や水色のようになっているところもあるし、日差しで白く輝く部分もあって、他の乗客たちも自然の産物であるその景色を存分に堪能している。
乗客のほとんどはお金持ちや貴族で、アマデウスのような平民の身なりをしている人は多くないが、今はそんなことに気を取られることもなくアマデウスは豪華なひと時を過ごした。
それから無事にラルトメル大陸に上陸した後は、アマデウスもここぞとばかりに身を引き締める。目的は観光ではなく聖女と呼ばれる人物に会うこと。悪魔に対処するには彼女の力が必要だと判断したのだ。
ではなぜアマデウスが聖女のことを知っているかといえば、ラルトメル大陸がアマデウスの故郷だからだ。故郷とは言っても魔術師であると公言していたため、魔術が禁止になってからは追われる羽目になりあまり愛着はないのだが。
だから聖女とは面識があって知り合い程度ではあるが、お互いに有名な人物に挨拶したという認識だ。聖女は強い光の“奇跡”を使えるため、大賢者でもあるアマデウスも彼女には一目置いている。
彼女が使う“奇跡”というのは建前の話で、実際は魔術であるが、大聖堂にいる聖女は神の奇跡という言葉を使って誤魔化しているらしく、アマデウスが追われる身になった後も通常通り人々に癒しを与えている。
国も神の奇跡と言われれば下手に手を出すことができないので、何とかなっているというわけだ。
船の停留所に着いたアマデウスはその聖女の元に向かうため、早速王国に向かった。停留所から川を上って数時間移動しなければならないので、当然馬車を借りることになる。
服装が地味なので躊躇なく馬車の料金を払ったときに何か勘ぐられるような視線を受けたが、アマデウスは爺の特権を活用してボケたフリをして難を逃れる。ところがここまでして目立ちたくないアマデウスに、しばらくして残念な出来事が降りかかる。
走り出しは問題なかったのだが、途中で御者の男が突然意味不明な言葉を口走って馬の手綱を滅茶苦茶に引っ張り続け、馬車をとんでもなく揺らした危険な走行をしだしたのだ。
馬車に乗り合わせた他の三人はみな驚いて馬車の骨組みに捕まってなんとか振り落とされないように懸命に耐えている。中には当然女性もいるので悲鳴が響き渡り阿鼻叫喚の状態だ。
馬車の車輪も凄まじい速度で回転するが、ガコンガコンと常軌を逸した音を立てているのでいつ壊れてもおかしくないだろう。
アマデウスはこの状況を何とかしようと馬車の中から御者席を覗こうとするが、あまりの揺れに体勢が崩されて、なかなかうまくいかずに振り落とされないようにするしかない。
困った状況の中、何か手はないかとアマデウスが考えていると、乗客の一人がいつの間にか真語を呟いているのが分かる。その人物は焦げ茶色のローブを着ていて、フードを深々と被っているが、胸に聖印を提げているので修道士のようだ。
彼は明らかに魔術を使っているが、アマデウスには悪意がないことが真語の意味からわかったのでそっとしておく。すると数秒後には事態が収まり馬車が止まった。御者席から髪の長い男がやってきて謝罪する。
「申し訳ありません、お客さま方……お怪我はありませんか?」
この問いにアマデウスを含めた四人は一瞬沈黙を返すが、悲鳴をあげていた女性が顔を真っ赤にして怒りだした。彼女は上等な緑のドレスを着て、レース生地のような綺麗な服装をしている。怒らせると面倒な貴族の娘のようだ。
金髪を振り乱して一体どうなっているの!? とか怪我どころじゃないわ! と大層お冠のご様子だ。御者は馬の制御に失敗したと言っているようだが、それだけではないのは明らかで、冷や汗を垂れ流して顔色がかなり悪かった。こんなことは今まで一度もなかったのだろう。
この場をどう収めようかとアマデウスがまたしても考え込んでいると、修道士の男性がフードを脱いで口を開く。ブラウンの髪色、そして短髪の若い青年で爽やかな感じの声質だ。
「どうか落ち着いてください貴婦人様。この御者の方に落ち度はありません。悪魔が悪さをしたのですよ。私は修道士。邪悪な気配がしたので間違いありません」
「悪魔ですって? あなた適当なことを言っているんじゃないでしょうね? 嘘をついていたらただじゃ済まないわよ?」
「いいえ、おそらく嘘ではないでしょう。彼は首から聖印を提げている。神に仕える者がこんな嘘をつきますまい」
アマデウスが咄嗟に修道士を庇うと、女性はバツが悪そうに押し黙った。そのまま修道士に目配せをすれば、アマデウスの方を見ていた彼は驚いたような顔をしていたが、すぐに優しげな微笑みに戻って小さく会釈する。
こんなことがないよう気をつけますので、もう少し御辛抱くださいと御者さんは席に戻り、一応みな馬車の中に戻った。




