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君主たる魔導書-マスターグリモワール-  作者: 逸れの二時
第三章 足掻き、突き進む者
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冒険

 アマデウスは崩落都市へと来ていた。老体に少々無理をさせながらたどり着いたこの場所は、ほとんど焼け落ちた都といった印象だ。建物の残骸がいくつも転がっているが、原型を為すものはほとんど存在しない。


 ほぼすべて灰にまでなっており、それは石材の建物も同様。赤黒い炎がくすぶっているところもまだあり、その色や熱気、未だ燃えていることからも地獄の炎で間違いなかった。


 僅かに残った建物の原材や、柱、土の陥没など。それらから想像すれば巨大な都市であったことがそれとなく感じ取れる。


 アマデウスの中で、知識から導いた直感が、紛うことのない確信へと変わった。


 ここに――地獄界の魔導書があるのだ。周りを侵食するような奇妙な魔力が浸透している。そのことからも、まだ魔導書が近くにあることがわかる。


 そしてその具体的な場所はすぐに検討がついた。


 なぜならアマデウスの眼前には、建物の朽ちた灰だけではなく、それなりの形を保った城があったからだ。都市のほとんどが焼けているが、なぜかこの城だけは無事。巨大な都市を簡単に想像できたのもこの城のおかげだった。


 アマデウスは熱い灰と瓦礫を避けながらヨタヨタとその城の前までやって来ると、中のおぞましい空気を感じながら大きな戸を魔術で開けた。


 足元にはくすんだ赤のビロードの絨毯。一定の間隔で設置されたガラスの窓がいくつもいくつも続く廊下。正面にはまた二重扉が鎮座している。


 まずは構造を把握しやすい正面から進むことにしたアマデウスは、思い切って扉を開け放った。


 するとその先には大広間が広がり、左右にある柱の先に玉座があった。一段上にあるそれは長い年月が経ってもまだ風格があり、金の装飾は美しいままだった。二階に大きく開けられた窓によってその玉座にも日光が差し込んでくる。さらに絨毯と石の床にも光が照っている。


 そしてその遥か先、同じく光が差し込む場所に微かに揺らぎが生じた。何かが通って光を遮ったのだ。


 不穏な気配を感じ、アマデウスが警戒するのも束の間、二階へ続く玉座付近の階段から、鎖を引きずった大男が現れる。


 包帯をグルグル巻きにした見た目で、ところどころ赤い血の滲む男は、目元まで隠されて手枷足枷もされている。だが強引に引きちぎられたのか、鉄の鎖だけを残して、枷は役目を果たせていなかった。


 ジャラリジャラリと鉄の擦れる音が広間に反響している。それに微かに重たくて黒い呻き声が混じった途端、その大男は豪速でアマデウスに向かってきた。


 握られた拳はまるで鋼鉄の塊のように頑丈で、アマデウスが的確に防御魔術を発動しても一瞬で破壊されてしまう。おまけに攻撃の度に風が巻き起こり、アマデウスの耳元に恐ろしい音を轟かせた。


 何度目かの攻防の末に、両手で獲物を捉えようとする大男の攻撃をアマデウスはフッと空中に避けてみせると、そのまま二階の手すりに着地する。


「甘いな。どうやら化け物じみた威力しか取り柄がなさそうだ!」


 言葉で煽ると同時にアマデウスは窓から漏れる光に集中する。


太陽光の剣(サンライト・ブレード)


 幾つも生成された光の剣が突如大男に突き刺さる。真正面からそれを受けた大男の体はもはや蜂の巣も同然だ。


 刺さった個所からは煙が立ち、それはどんどん勢いを増していく。やがて大男は燃え盛るように炎上し始め、無力にもドサッと倒れ伏した。


「やはり地獄の眷属か。厄介な魔導書もあったものだな」


 やれやれと首を振りながらアマデウスは何事もなかったかのように探索を再開した。


 この大広間は王との謁見の間という役割だけで、特に何かがあるわけではなかった。しかし玉座の後ろにある左右二つの階段から二階に上がることができて、この広間を一周するようにつながる通路と、そこから分かれた部屋の一つに王の私室があった。


 私室といってもなかなか広く、大きなベッド、立派な執務台、豪華な花瓶にテラスに出られる一面の窓などなど。


 どれも平民には手も出せない代物ばかりでそれだけでもここに住んでいた王の財力がよくわかる。その中でもとりわけアマデウスの目を引くのは当然本棚だ。


 色とりどりの本の背表紙が年季の入った木の棚に並んでいる。ところがどれも政治関係や統治に関する書物であって、魔術に関するものは一つもなかった。過去に滅んだ都市ならば魔導書のひとつでももしかしたら置いてあるかもしれないと期待したアマデウスの考えは甘かったようである。


 柄にもなく大胆に溜め息をついたアマデウスは通路に戻ってその他の部屋も調べてみるがどこも“外れ”だった。客室や簡易的なキッチンはあったが、魔導書は当然ない。その代わり小さな食料庫にはまたしても地獄の眷属がいた。


 全身が灰色の翼がついた生き物。灰色の目が醜く濁り、牙も爪もギザギザなのに鋭い。


 そこにあった穀物類の袋は無残に破れて中身が出ている。それを啄んでいたところに出くわしたようだった。


 新鮮な肉だと勘違いした眷属が向きを変えてアマデウスに対したとき、この生物はもう息絶えていた。雷の魔術が即座に閃いてその身を貫いたからだ。


 青白い光に撃たれて吹き飛ぶ眷属を背にして、アマデウスはまだ諦めずに探索を続ける。今度は一階に降りて大広間を出る大広間の二重扉から気配をより強く感じる右を選んで進んだ。


 血のようなシミの付いた絨毯の上を歩き、城の入り口が遠くなってきたとき、ふとわずかに足音がした。嫌な予感。それにしたがってアマデウスが後ろに下がると、右手にあった窓ガラスがなんと突然粉々になって割れた。


 割れ方から考えて、一点に強い衝撃が加わっていることが推察できる。ところが警戒するも何か起こる訳でもないし、何が起きたかもよくわからなかった。


 そして再び足音がする。アマデウスは護身用に雷の魔術を使い、それを自身の周りに展開した。


守護の帯電プロテクティブ・エレクトリフィケイション


 術者を中心に周囲に閃光を散らす雷は、何者かにヒットする。バチンッという音と共に何者かが後ろに飛び退くのが見え、その姿が徐々に露わになった。


 包帯を巻いた男。それは最初に出会った眷属と変わらないが、ところどころ体の一部が途切れていて、手や足の本来あるはずの部分がない。手首や足首、そのほかの場所だけがなくて、それでも繋がっているかのように動いているのだ。


 しかも最初の通り姿を消すことができるようで、手に持っている短剣ごとまた姿を消した。


 ところがアマデウスの纏う帯電した雷が、それを黙って見過ごすことをしなかった。数発に分けて放たれた電撃が術者の元から解放されて眷属に噛みつく。


 後に残ったのは痙攣しつつ倒れた男とその手に握られていた変な形のナイフだった。


 すっかり眷属を屠るのに慣れてきたアマデウスはそれを易々と飛び越えて、その先の地下への階段を下りて行くのだった。


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