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君主たる魔導書-マスターグリモワール-  作者: 逸れの二時
第三章 足掻き、突き進む者
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開幕

 剣の手入れを終えてしばらく。まだ時間を持て余していたディルクは自身の出番の一つ前の第一戦を観戦しようと、闘士控え室の上の受付を抜けて観戦席に着いた。


 第一戦は、鉛色のハンマーを持ち毛皮の鎧を着た男と、闘士控室でも見た大きな斧を持った女性の勝負だ。


 二人とも大きな武器を持っており、見るからにパワー型の闘士たちだが、ディルクから見るとその実力は雲泥の差だった。戦いの場に上がってきた二人の雰囲気からもう違っている。


 ハンマーの大男は首を傾けながらボキボキと骨を鳴らしてニヤついているが、見た目の大きさだけで覇気がない。歴戦の戦士からは一様に感じるはずの圧のようなものがないのだ。


 ところが対する斧持ちの女性は大きな動作をしていないにも関わらず、ずっしりとした重みがあるようなオーラを纏っていた。


 一般人にはわからないかもしれないが、ディルクにはありありとそれが感じられる。同じく戦いに身を置いてきた彼にとっては、それくらいの違いを見分けるのは難しくなかった。


「さあ、みなさん。ようこそ! 今宵はたくさんの闘士たちが死力を尽くします。乞うご期待! 栄えある一戦目、北の方角は美しき大斧使いアリーナ闘士! 今闘技場では珍しい女性闘士の一人でもありますから、是非とも頑張っていただきたいですね! 対するは南の方角、ハンマーの戦士セルゲイだ! 力の象徴のような大きなハンマーで敵を叩き潰すことができるのか!一戦目から始まる大きな得物のぶつかり合う迫力満点の戦いをご覧ください! お二人とも、準備はよろしいですか? では一戦目、始め!」


 司会の合図で戦いが始まった。まずはハンマーの男セルゲイが駆けだして、同時に大きく土ぼこりが舞い上がる。そして足音と同じく重たい一撃が接近したアリーナに振り下ろされた。


 観客席にもドンという大きな音が響いてきて、それだけで重たい攻撃であることが誰にでも伝わる。


 その攻撃は惜しくも足運びだけで躱されているが、地面に大きな跡ができていた。


尋常ではない一撃を避けたアリーナはすかさず斧でセルゲイを押し出している。


 怯んだ男は一度後ずさるが、もう一度踏み込んで今度は横なぎにハンマーを振るった。しかしそれはまたしても軽く避けられ、それから何度も空ぶる音が闘技場内に木霊する。


 その度に観客が歓声をあげているが、アリーナは不思議と、ほとんどまともな反撃をしていない。それに当然気付いているセルゲイは苛立ちを彼女にぶちまける。


「おい! どうして反撃してこない。舐めていやがるのか?」


「簡単に終わらせてしまっては観客もつまらんだろう。まあいい。もうそろそろ終わりにしようと思っていたところだ」


 彼女がそう言った刹那、目にも留まらぬ速度の斬撃がセルゲイを両断した。あたかも空を切ったかのような軽くて滑らかな動き。


 だがその斧の切っ先には確かに鮮血が乗っており、ポタリ、ポタリと血を垂らしている。もちろん加減はしてあるようだが、浅くも腹を切り裂かれたセルゲイは片手で腹を抑えて憎々しげにアリーナを見ている。


「どうする? まだ続けるのなら今度は腕を切り落とすが」


「クソッ! ……降参だ」


 ボソッとセルゲイは降参の意を告げると、司会が大々的にそれを観客に伝えた。意外にもこの男は冷静な判断ができたようだった。


「おおっと、ここでセルゲイ闘士が降参のようです! ということで第一戦、勝者は大斧のアリーナ闘士!」


 観客たちはそれを受け、それぞれ嬉々として何か叫んでいるが、中には負けたセルゲイをなじる声も少なくはなかった。降参はあまり受けが良ろしくないようだ。


 とにもかくにもこうして一戦目が終わり、次はいよいよディルクの番となる。


 その彼は観客席から闘士控室に戻り、座り心地の良くない椅子に座って剣の感触を確かめながら、試合準備の合図を待った。人々を守るために磨いてきた剣術をまさかこんな場所で使うことになろうとは。彼はまだ、そう迷っていた。


 だが出番だと係員に呼ばれれば、ディルクはしっかりとした足取りで戦いの場に入っていった。興奮した人々の声が降り注ぐ闘技場の中心から、観客席を見上げていると、不思議な高揚感がディルクの中に満ちていく気がした。


 大勢に囲まれて、そこかしこから見られているが、緊張なんかよりも充足感がある。戦いには不要なこの感情を押し殺しながら、ディルクは前に進み出て相手と対峙する。


 相手の男はディルクと同じく長剣を携えているが、その構えを見ても、やはり覇気のようなものは感じない。それでも口元を結んだディルクに司会の声が聞こえる。


「それでは二戦目に参りましょう! まずは北の方角、長剣使いのヘルマンニ。今闘技場二回目の出場です。一度目は惜しくも決勝を逃した彼はリベンジできるのか! そして南の方角、同じく長剣を持つ旅人、コドラクだ! 初めての出場で実力の程はどれくらいか、とくとご覧ください! 二戦目は武器による有利不利のない完全な実力勝負です! 果たしてどちらの闘士が勝つのか……第二戦、始め!」


 ディルクはキレのある試合開始の合図を聞いても何もせず、ただ佇んでいた。静かな気を纏う彼は両手で長剣を持った構えのまま微動だにしない。


 相手のヘルマンはそれを隙だと見てとると、不意打ちを狙って素早く距離を詰め、即座に外側から内側に向けて右手の剣を薙ぎ払った。


 ところが不意打ちは見事に失敗し、続く攻撃はただ空を切るだけで、ディルクは最小限の動きで回避を続けていた。スレスレで肩狙いの斬撃を逸らし、間一髪で首への突きを横に躱す。


 どれもギリギリのタイミングだが危なげはなく、消耗もほとんど見られない。


 対してヘルマンニは度重なる素振りに体力を奪われ、徐々に息を切らし始めた。なかなかディルクに当たらない攻撃に苛立って、ヘルマンニが踏み込んだ大ぶりの斬撃。ところが振り上げた剣が振り下ろされることはもう二度となかった。


 ほんのわずかな時間において、澄まされた剣先がヘルマンニの喉元に当てられる。彼が剣を振り下ろそうとすれば、それは喉に深く突き刺さるだろう。それどころか、少しでも動けばヘルマンニ自身が生きていられるかどうかはわからなかった。


 たった一度だけの攻撃で負けが確定した。その事実をまだ受け入れられていないヘルマンニは剣を振り上げた状態で立ち尽くす。そんな中、いつの間にか静かになっていた会場の沈黙を司会が大声で破る。


「防戦一方だったディルク闘士が隙を逃さず勝利を掴みとりました! 二戦目はコドラク闘士の勝利です!」


 一瞬の間のあと、騒がしい観客の声がまた戻った。攻撃できずに避けてばかりいたディルクの敗北を待って騒いでいた観客は、思わぬ彼の反撃で言葉を失っていたらしいが、勝利が決した瞬間でまた熱が戻ったようだ。


 ディルクの実力がわかってなのかそうでないのかは定かではないが、とりあえずは悪くない観客の反応の中、ディルクは闘士控室に戻るのであった。

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