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君主たる魔導書-マスターグリモワール-  作者: 逸れの二時
第一章 痛みの連鎖
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逃亡

 王国を震撼させた魔術師の大量殺戮事件。それが起きた年の三年前のこと。


 灰色の長い髪の魔術師カイル・アシュバートンは、近隣諸国の中でも最も栄えているゴスリック王国で薬の調合を生業として生活してきた。


 魔術師としてだけでなく、薬師としても有能であった彼は、安い代金で薬を売り、貧しい平民にも分け隔てなく薬がいきわたるよう努力していた。


 そのため、王宮お抱えの薬師として働く話があっても丁重に断り、街の優しい薬師としての生きがいを感じていたのだ。


 しかしそんな彼の慎ましい生活は長くは続かなかった。王国から突然、何の前触れもなく魔術の禁止令が出されたからだ。


 この王国が発展してきたのは魔術によって人々の生活が支えられてきたからに他ならない。それなのに、一体なぜ。


 カイルがそれを疑問に思う間にも、街に王国の騎士たちが溢れ返り、魔術師たちを連行していった。


 出されたお触れには魔術師は例外なく処刑すると書かれている。カイルはそれを見るや否や、大慌てで自宅に戻った。


 たまたま朝早くから薬草を取りに行っていたことが幸いして、連行される前にこのお触れを見ることができたのに、彼はそれでも自宅へと走っていた。


 あちこちから聞こえる悲鳴や怒声も気にせずに、魔術師として公に活動していた両親のこと真っ先に心配した彼は、自身も魔術師であることなど全く顧みなかった。


 全速力で駆け抜けて、着いた自宅の戸は乱暴に開け放たれている。


 中を見れば、両親は既に騎士たちに身柄を拘束されていて、今にも外へ連れ出されようとしていた。彼は無我夢中で連行している騎士に掴みかかり、それを止めようとする。


「やめてください! 私の――」


「カミナルダさん! 執政官であるあなたのお父上にこのことを伝えてください。どうか、お願い致します……」


 彼の母親はカイルのことをカミナルダと呼び、息子を逃がそうと涙を呑んでいた。


 公務の邪魔をするなと騎士に跳ねのけられたカイルに、父親も逃げろと目で合図を送り、騎士たちに抵抗する素振りを見せずに連行されていく。


 カイルが呆気にとられている間にも、騎士たちは強引に彼らに猿轡と目隠しをして、街の中心にある広場向かっていった。


 自宅に向かう途中で聞こえてきた騎士たちの話では、どうやら広場に停めてある馬車に多人数を収容する檻が用意されているらしい。


 そこまで連れていかれたら助け出すのはさらに困難になるのは必定だった。それを瞬時に判断したカイルが放った炎の魔術は、鎧の上からでも両親を連行する騎士たちに酷いやけどを負わせた。


 カイルは必死に両親の拘束を解いて逃げようとするが、カイルの魔術に気付いた他の騎士たちが時間もおかずに迫ってきた。


 青い鎧の王国騎士たちはもう既に剣を抜いており、カイルたちをこの場で殺すこともいとわないようだった。


 カイルは必死に両親と一緒に逃げようと彼らの手を引くが、両親は囮になるためにその場に留まろうとする。


「カイル、なんてことをしたんだ……お前は見つかってはいけない! お前一人だけでも生き延びるんだ!」


「お父様、私だけが生き延びるなんて嫌です! 早く一緒に逃げましょう!」


 しかしそうこうしている内にも、彼らは数人の騎士たちに囲まれてしまった。


 一触即発の緊迫感が支配するのもただ一瞬のこと、なんとカイルの魔法を目撃した一人の騎士が、警告もなしにカイルに向かってきて、躊躇うことなく剣を振るってきたのだ。


 素早い一撃に、無情にも赤い血の珠が宙を舞う。


 そして倒れたのは……母のメリッサだった。カイルを庇い、真正面に剣を受けた彼女は、口から血を流しながら、息子を守れたことに安堵している。


 痛みで目を細めつつも穏やかな顔をして、カイルを見つめている。父親のゼイルンドは、騎士を魔術で吹き飛ばし、彼女を最後に抱きしめて瞳から涙を流した。


「メリッサ……」


 だがそれもすぐに終えて、彼は静かに立ち上がる。憎悪に満ちた目。額に走る青筋。周りの空間すら呑みこむ負に感情に支配された男は言葉を黒く塗りつぶす。


「いくら王の命令とは言え、こんなことをして許されると思うな……!」


 瞬時に両の手に雷が漲る。偶然真正面にいた二人の騎士は一瞬の内に沈んだ。激しい雷が凄まじい咆哮をあげて、彼らを打ち抜いたのだ。


 閃光にあてられた騎士たちの胸部は黒く抉れて、焦げるような匂いを漂わせる。


 そんな復讐の一撃によってできた唯一の逃げ場へと、父はカイルを突き飛ばす。


 そしてその父親は後ろから迫ってきていた騎士たちの剣をその身に受けた。突き刺さった剣の腹から赤黒い血が溢れて、みるみるうちに地面に流れていく。


 その様子に躊躇いを僅かに滲ませながらも、しっかり遠ざかっていく足音。その微かな音を聞き取り、ゼイルンドは満足げにそっと目を閉じた――。

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