漂着
アマデウスは質素な家の一室で、長かった眠りから目覚めた。知らない場所のベッドで寝ている。その事実に彼は酷く不安を覚えたが、とりあえず体を起こして最後の記憶を辿っていく。
ディルクと共に魔導書を追い、ラベール大陸行きの船に辿り着いて……そしてカイルと対決し、強力な魔術によって気を失って――。
「目が覚めたのですね。お体は大丈夫ですか?」
そっと開けられた扉から優しげに声をかけてきたのは30代くらいの麗しい女性。服装は白と緑の平民のものだが、髪は赤毛で右に流れるように結ってあり、穏やかな彼女によく似合っていた。
「ここは……どうやらわたしはあなたに助けられたようですな。感謝申し上げる」
「そのご様子だとご自身のことは覚えていらっしゃるのですね」
「ワシはアルヴァー・ベントソンと申す者だ。まずはあなたのお名前と、ここはどこなのか教えてもらえるか?」
「私はアンナ。そしてここはラベール大陸にあるセゼラムという漁村です」
「……なるほど。ワシは幸運にもここに流れ着き、あなたに見つけてもらったと」
「いえ。あなたを見つけたのは私ではなく息子のジスですよ。よく家を抜け出して外に遊びに行ってしまうので困っていたのですが、まさかそれが人様の命を救うことになろうとは……」
「息子さんの冒険心に感謝せねばなりませんな」
アマデウスが朗らかに笑っていると、ただいまと元気な男の子の声がした。
「噂をすれば。ちょっと待っていてくださいね」
彼女はそう言うと、静かにアマデウスのいる部屋の戸を閉めた。その後何やらヒソヒソと話す声が聞こえたが、直後にまた元気な声が嬉しそうに弾んで、戸が勢いよく開く。
「おじいさん、起きたんだね! どこから来たの!? 名前は!? 冒険してきたの!?」
ジスと呼ばれた男の子は矢継ぎ早にアマデウスに質問を投げかけた。アンナは興奮冷めやらぬ息子を嗜めるが、アマデウスはそれを微笑ましく思い優しげな目を向けている。
「君がわたしを助けてくれたそうだな。ありがとう。君が息子でお母さんは誇らしいだろうな」
「えへへ。そうかな?」
「そうとも。でもそんな子がいきなりいなくなったらお母さんも驚くだろう? 外に出て遊ぶのも良いが、せめてどこに行くかお母さんに言ってからにするのだぞ」
「う、うん。そうだよね……」
母親の心情を察し、強引ながらもアマデウスが軽く説教をすると、ジスは素直に肯定する。お客ということで無条件に好意を向けていた相手に言われたからだろう。
しかし同時に少年は、その年齢に相応しく口元をキュッと結んで抗議した。
「でもお母さんはなかなか外に出してくれないもん」
「外は危ないもの。でも私が一緒に行くのは嫌なんでしょう?」
「うん」
「ほう。なんでお母さんと一緒に外に出るのは嫌なのだ?」
「だって僕は一人で冒険をしたいから」
「冒険か。それは良い響きだな」
「そうなんだ! いつか大きくなったらほうらくとし? っていうのに行ってみるんだ。お父さんからも止められてるからまだ行かないけどね!」
「崩落都市がこの大陸にあるのだな。どんなところなのだ?」
それにはアンナが答える。
「決して消えることのない炎によって崩壊したと言われている古代の都市ですよ。そんな危険そうな場所に興味を持つなんてうちの子はやんちゃが過ぎて……」
決して消えることのない炎と聞いてアマデウスの眉根がピクリと反応する。だが表情を変えるのは何とか抑えてそれをごまかした。
「子供は元気なのが一番だ。ところで……このあたりに質屋はあるか?」
「質屋……ですか?」
アマデウスはそうだと言って胡散臭く目を細めるのだった。




