暴風
アマデウスは魔術師から遁走する人のどさくさに紛れてラベール大陸行きの船に乗り込んでいた。もちろんラベール大陸に行くつもりなどなかったのだが、あの混乱の中で船の外からあの魔導書の持ち主を探そうとするのは無理にもほどがあった。
出港してしまったことはもう諦めてアマデウスは怪しい荷物や怪しい素振りを気にしながらそれらしき人を探して回る。
通常よりも多くの人が乗り込んでいるせいで甲板は人でいっぱいだが、そのおかげもあって動き回る人は少ない。恐怖で怯えているということもあるのだろうが、人探しには丁度良かった。
そしてそう時間もかからずに緑の布に何かを包んだ男を見つけ、アマデウスが声をかけようとしたところ。そのときに間が悪く灰色の髪の魔術師が、なんと海の上を浮遊して船に乗り込んできた。
船先に乗り込んだ彼から逃げるように、甲板にいた人は反対側に逃げていく。そしてそのまま中央にある船内部への階段を下りていった。
怪しい緑の包みの男もそれに倣って逃げようとしたが、カイルの魔術で放り投げられ、彼は船の手すりにぶつかって倒れた。アマデウスは彼を守るように前に進み出て、カイルを牽制する。
「困った魔術師だな。もう少し穏便にはできんのか?」
「黙れ。我の目的はお前のためにもなろう。それがわからぬとでも言うのか?」
「わかっておるとも。だがこんな方法で魔術を認めさせようとしても無駄だ。恐怖で無理に認めさせれば、いつかまた脅威と見なされ狩られるだけ。同じことの繰り返しにしかならん」
「それならば狩られないよう魔術の力を極めればよかろう。この力の前では魔術師以外の者はひれ伏すだけよ」
「どうやらその考えの異常性に気付かないようだな。人を殺めてまで魔術を認めさせるくらいなら、いっそ魔術など滅びても構わぬわ。そんな力は魔術の名を冠するには相応しくない」
「この我に向かってそのようなことを……良いだろう。もはや同胞とは思わぬ。死んで償うが良い!」
急速にカイルの右手に冷気が収束していく。それは球状に形を与えられ、アマデウスに向かってすぐさま解き放たれた。
《氷の衝撃》
アマデウスは後ろにいる人物を守りながら、魔術の障壁を創り出す。氷の球がそれにぶつかった瞬間、凝縮された冷気が一気に放出されて辺りを包んだ。
それによって生まれた氷の破片が粉々になって甲板に散らばる。だがアマデウス自身は無事だった。
《魔力の衝撃》
お返しにと彼は青い魔術の光線を幾重にも渡ってカイルに放つが、右手で弾かれるようにあしらわれてそのすべてが消されてしまった。
アマデウスの背後の男は手すりにぶつかったことで気絶していたようだが、激しい光と音によって目を覚ましている。しかし目の前の光景が世にも恐ろしいものであり、その場から動けずに固まってしまった。
その間にも二人は魔術で競り合っている。
「大賢者などと言われながら実力はその程度か。我の敵ではないな」
「ふん。魔術が禁止されてからというもの修練の時間は取れなかったものでな。だが、これはどうかな?」
そう言うとアマデウスはカイルを中心に自身の魔力を集め始める。キラキラと青く輝く光がまるで結晶のように舞い散って儚く揺れる。ところが美しかったのも一瞬のこと。それは矢庭に強力な閃光を放ち始め、突如として大爆発を引き起こした。
《魔力の破壊》
凄まじい破壊音が辺り一帯を包む。魔術が禁止されている世界とはいえ、こうして悪に立ち向かう老人にはわずかに残った見物人から称賛の声が上がった。しかし爆発が収まった中でカイルは平然と立っている。
船の上にしては強力な魔術だったが、それでも足りないようだった。
「貴様の魔術もどきなど効かぬわ。格の違いを知れ」
その言葉の終わりと同じくして、船の周りに不穏な風が舞う。そしてまたカイルの左手に召喚された黒い本が青紫に発光すると、船をすべて覆い尽くしてなお有り余る巨大な竜巻が巻き起こった。
【巨大竜巻】
すぐさま豪風がすべてを呑み込んで破壊の限りを尽くしていく。安定していた船はバキバキと音を立てて壊れ始め、そこにいた人々はみな切り刻まれて吹き飛ばされていった。
咄嗟に防御の魔術を発動するが遅く、体を切り裂かれたアマデウスはその場に留まりつつもあえなく倒れる。体のあちこちから血を流したことで薄れゆく意識の中、アマデウスは壊れゆく船と共に、冷たい海に沈んでいくのだった――。




