再来
「観念しろ! 邪悪な魔術師め!」
王国騎士団の証である青い鎧。その鎧を着た一人の騎士は、その他幾人もの騎士を引き連れてとある人物を包囲する。
包囲された人物は、腰まで達する灰色の長い髪の男性。顔のつくりは端正だが、その表情は感情の色がなく、冷淡で無感覚。人なら誰しも持つ人間味がない。
石造りの広場である辺り一帯には、平民の遺体がそこかしこに転がっており、良い意味で素朴だった憩いの場は、今や凄惨な現場へと変貌している。
可憐な少女から逞しい体つきの男性、ひいては優しげな老婆まで、みな一様に命を奪われて倒れている。
炎によって焦がされて、体から煙をあげる者。ざっくりと切り刻まれてあちこちから血を流す者。その死因は様々だが、彼らはもう動くことはないのだろう。
かろうじて生き残り逃げ去って行く民を尻目に、広場の中心に佇む犯人の魔術師。彼は酷く静かな雰囲気を纏って、赤く輝く瞳で大勢の騎士たちを一瞥する。
四方の路地から吹き抜ける木枯らしに、魔術師の土色の外套が揺れた。その外套の下に焦げ茶のゆったりとした服を着た彼は、追い詰められているはずなのに顔色一つ変えることはない。
それどころか数の不利をものともせず、勇敢な騎士たちを圧倒しているようにさえ見える。取り乱すでも恐怖するでもなく、ただ佇むだけの魔術師は不気味で異質で、騎士たちも下手に動き出すことはできない。そんな彼らに魔術師は言った。
「我の邪魔をするな。大義のための贄となりたいのなら止めはせぬがな」
低く響く言葉に騎士たちに動揺の渦が広がる。これから起きる良くない何かを痛感させるその口ぶり。初めて露わになった微かな怒りと嘲りが、騎士たちの士気を急速に奪った。
誰も一歩を踏み出すことができず、だが引くこともできない。物音ひとつ立てることができない。そういう雰囲気が一斉に蔓延した。
しかし騎士団長の証である赤い十字の大盾を持った男が雄たけびのように叫ぶ。
「怯むな、確保しろ!」
それによって崩壊しかけた士気を取り戻し、大勢の騎士たちは息を揃えてジリジリと魔術師に近寄っていく。突破の隙なく組まれた騎士たちの囲む円が徐々に狭まる。
そんな出来事の最中、醜く鳴く一匹のカラスが、昼下がりの曇天に向けて飛び去った。
それはまさに一瞬の出来事。円の中心の魔術師が左手に黒い魔導書を召喚し、悪意に満ちた囁きで魔術を発動したのだ。
【魂狩り】
途端、黒い魔力があっという間に広場中に広がった。立ち昇る黒煙のように現れた魔力の奔流は、なんとそこにいた生き物の命を次々に刈り取り始める。
街の広場のほとんどを埋め尽くす広範囲な魔術。それを前に騎士たちはみな為す術なく、ただ冷たい石畳の地面に倒れ伏すしか道はない。
黒煙の魔力に触れ、苦悶の表情を浮かべながらも、誰一人として苦しみの声をあげることもできず殺されている。その様は、まるで絶対的な死そのものがこの場を支配し、死神が命を奪っているかのようだった。
そんな中、ただ一人だけその魔術に触れても生き残っている者がいる。それは騎士団長のディルク・バーデンだった。
彼はもちろん他の騎士たちと同様、確実に魔術の範囲内にいた。だが彼は未だ息を吸い続け、仲間たちの無残な姿に驚愕している。
ようやく魔力の奔流が収まり、場が静まる。そこに立っているのは邪悪な魔術師とディルクだけ。
ポツリと残されたディルクは、騎士としての矜持を以てできるだけ冷静さを保ち、魔術師を憎々しげに睨んでいる。
本当は仲間がまだ生きている可能性を模索したかったことだろう。魔術師を殺してしまいたくて仕方がなかったことだろう。しかし彼は唇を噛みしめてそれを抑えているようだった。
冷静さを欠いてこの魔術師に飛びかかっても無残に殺されるだけ。そうなれば他の平民が逃げる時間を稼ぐことができないだろう。この場で騎士の掟を破ることは、死んでしまっただろう仲間を愚弄することに他ならない。
だから彼は隙を見せないよう、魔術師の動向を窺っているのだ。ところが邪悪な魔術師がディルクを殺そうとしてこないあたり、どうやらディルクは意図を持って生かされているようだった。
ディルクが剣の柄を握りしめて殺気を放っていることなど気にも留めず、魔術師は刈り取った騎士たちの青白く光る魂を荘厳な魔導書の中に収めていく。そして深紅の目をギロリと向けて、生かしておいた騎士団長ディルクにこう告げた。
「騎士団長殿、我が言葉を国王に伝えるがよい。魔術を禁じようなど愚行も甚だしい。この君主たる魔導書が、必ずや魔術の栄華を極めるとな」
そう言い残して、魔術師は魔導書から発動した転移魔術で姿を消した。
その刹那、広場にガシャンと剣の落ちる音が響く。そしてそれに重なって鎧の崩れ落ちる音もまた、地面に伝った。
騎士団長は膝から崩れ、続いていた強力な魔力の余波を全身で味わっている。肩で息をする彼の目線の先には、共に戦ってきた騎士たちの倒れる姿。そして非道な方法で殺された平民たちの亡骸が存在している。
残存していた魔力が時間をかけてゆっくりと霧散して、その場が落ち着くと、やがてディルクは兜を脱ぎ棄て、仲間たちの遺体へと、まるで這いずるように近寄った。
「バリス! ベルラン! おい、しっかりしろ……! 俺だけを置いていくな! みんな……頼む……」
曇天の空からいつの間にか降り始めた小雨が、冷たくなっていく騎士たちの体に滴を零す。恐怖で動けず、どこかに隠れていた民衆は建物で雨を避けながら、騎士団長の声を聞いて広場の様子を窺い始めた。
それでもディルクはその場に佇んで、今は亡き騎士たちの亡骸をずっと眺め続けている。全身がすべて雨に濡れ、彼のブルーの瞳に再び生気が宿るその瞬間まで――。




