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エンスタ・バエ・スルビョン(映えるだろう)

通されたのは、だだっ広い板間であった。

ここでテニスか何かできるのではないか、と思わせる広い広い部屋の中には、しかし開放感はひとつもなかった。

それには理由が二つある。ひとつは、広い広い部屋に所狭しと並べられた数々の獣の剥製の眼光があまりに不気味であったこと。

二つ目は、レジーナたちを取り囲んで正座し、強面を無理矢理の笑顔に引き攣らせた法被姿の親爺たちの圧があまりに不快すぎたことだった。


「……さて、多少暑苦しいだろうけれど、今後の見通しを話しとこうか」


唯一不快でないのは、目の前にあぐらをかいて座り込んだユキオと、相棒であるギンシロウだけだ。

このむさ苦しい法被の軍勢の中に取り囲まれた中、唯一の女性であり、しかもとびきりの美人であるユキオの存在はまさに生きた清涼剤であった。

大きく足を開いて座り込んでいるため、さっきから白い太ももが実に際どい感じになり、同性であるのに密かに目のやり場に困るのも、刺激的でまたいい。


「とりあえず、今後についてだけど――」

「えぇーと、今後は夕食もご用意しておりますので! まずは当館自慢の温泉にたっぷりと浸かってくつろいでいただいてからですね、付近の観光名所を私たちが案内いたします! 名物なんですよぉ、この村イチの()えスポットであるコンセイ様の神秘的なことと言ったら――!」


ユキオが鉄砲(シロビレ)の銃床でヘイキチの頭をどついた。

ゴ! という硬い音が発し、ヘイキチがうめき声を上げた。


「誰が今後の宿泊計画話せって言ったよ。んなもの後にしろ。むしろこの人たちにくつろいでもらうつもりならくつろがせようとすんな」

「ぐ、ぬぬ……! 親父に向かってこの暴力の容赦のなさ……! 相変わらず可愛くない娘だなぁ……!」

「それに何? 映えスポットがコンセイ様だぁ? あんな下ネタなもん、映えても仕方ないだろうが。お客さんになんて猥褻なもの陳列しようとしてんだよセクハラ親父」

「こっ、コンセイ様のどこがセクハラだ! ウチの村の神様だぞ! 過疎に悩むウチの村の救世主だってみんな言って……!」

「こ、コンセイ様って……? あの、それは神様か何かで?」

「訊くな訊くな。訊ねられて答えたらこっちがセクハラになっちゃうんだよ。とりあえず、このハッピどもは無視していいから」


ユキオが本当に嫌気がさしたような顔で、父親と、その背後に控えるハッピの軍団を睨みつけた。

周知の事実であるが、物凄い美人の物凄く嫌そうな表情と眼光は、どんなやかましい人間でも黙らせられるほどに冷たい。

思わず、いたたまれないぐらいに冷え込んだ部屋の空気を変えたのは、ギンシロウの嗄れた声だった。


「ここに居並ぶ村の戦士たちよ、心して聞け。遂に我らが宿敵・赤梵天を倒す糸口となる存在を村にお連れした。彼らはただの客ではない。彼らは旅の冒険者だ」


その一言に、ハッピの軍勢の視線が一斉にレジーナたちに集中した。

ほへ? とヘイキチが目を丸くした。


「赤梵天の討伐ゥ? ユキオ、この人たちは――?」

「まさか本当に客だと思ってたのか? 呆れる。この村に客なんか来るかよ」


ユキオはそう吐き捨てて、瞬時瞑目した。


「この人たちは冒険者だ。獣相手の勝負事は慣れちゃいないが、特にそこのローブの人、ええーっと……」

「オーリンだ。オーリン・ジョナゴールド。ユギオの言う通り、冒険者だ」


随分久しぶりに聞いたような気がする、オーリンの訛り言葉だった。

交互に目配せされて、そう言えば誰に対しても自己紹介がまだだったことを思い出した。


「レジーナ、です。レジーナ・マイルズ」

「イロハだ。自己紹介は名前だけで勘弁してもらいたい」

「そうか、覚えとくよ。じゃあ改めて、オーリン。アンタは赤梵天討伐の戦力になりうる。十二分に」


ユキオは確信的な口調で断言した。


「前回はカスリもしなかったけれど、アンタの魔法は見た。あれほど使えるなら赤梵天相手でも相当の立ち回りができるはずだ。改めて、私たちと一緒に奴の討伐に協力してくれないか?」


そう言われて、オーリンの表情が少し困ったような表情になった。

なんとも言えずに無言でいるオーリンを見て、ヘイキチが性懲りもなく口を挟んできた。


「ユキオ――突然お客さん相手に何を言い出すんだ、お前は」


急な申し出に焦ったというより、何だか憤ったような声と表情だった。

慣れない営業スマイルを浮かべていたヘイキチの顔がスッと元に戻り、村の入口でこちらに銃口を突きつけてきたときと同じ表情になった。


「赤梵天は俺たちで仕留める。他所様の手は借りない。それがこの村の誇りであり、山を預かる俺たちマタギの責任だ。村の会議でもそう決まっただろう」

「誇りだって? あんな化け物が里に降りたら私たちは責任が取れるのかよ、父さん」


ユキオが冷たい声で反論した。


「アイツがこの山に戻ってきてから私たちは何をやってた? アイツと出くわさないようにコソコソ逃げ回って、かろうじて村の入り口を固めてただけだ。山を預かる責任なんてとてもじゃないけど果たせちゃいないだろ」

「それは――」

「それに、もうこれ以上奴を放っておいたら遠からず里にも被害が出る。その前に確実にここで叩く。何があっても、誰の手を借りても、だ。それが私たちの果たすべき責任ってもんだろ」

「小娘マタギの分際で頭領(スカリ)に意見するのか? お前、いつの間にそんなに偉くなったんだ」


むん、と、ヘイキチの強面から発する怒りのオーラが倍増し、うひっ、と、イロハが首を竦めた。

突如始まった本気のトーンの親子喧嘩に、ハッピの連中も困惑丸出しで二人を見つめていた。

唯一、ヘイキチの怒気に怯えていないのは、その怒りを向けられている張本人のユキオ、そしてその側に控えるギンシロウだけだ。


「私はただ他が頼りないから自分がしっかりしなきゃいけないと思ってるだけだよ。責任? 誇り? こないだ誇りだけじゃメシは食えないってマタギ装束をアホみたいなハッピに着替えたやつがいたはずだけど――一体誰のことだったかな?」


そう言って、ユキオはじろりとハッピ姿のヘイキチを睨んだ。そのひと睨みだけで、強面のヘイキチはぐっと返答に詰まり、憤怒は蒸発してしまい、情けない困り顔だけが残った。

マタギ里の誇りは敗北した。ユキオはハッピ姿の連中を見回し、ハッピ連中もその視線にたじろいだ。

あまりに情けないマタギ連中の動揺ぶりに、ハァ、とユキオは太いため息をついた。


「あのや――」


オーリンが遠慮がちに口を開いた。


「ま、まぁ、()お前たち(なだ)協力する(すける)ってのはひとまんず置いどいでな――ユギオ、()は何をすればいいのえ?」

「ああー……ごめんごめん、ちょっと言葉がわからない。ええっと、レジーナ」

「ひとまず私たちが協力するかどうかは置いといて、私たちは何をすればいいの?」

「そりゃ簡単だ。赤梵天を引き付け、足止めして、ある一点に留まらせ続けること。それだけだ」


あの怪物を足止め――? 作戦の内容そのものよりも、あまりに常軌を逸したユキオの言葉に、レジーナは思わず顔を引きつらせた。

あんなもの、いくらオーリンが無詠唱で魔法が発動できるとは言え、叩けども叩けども一向に堪えそうにない、狂いじみた巨体であったではないか。


「と、とにがぐ、全部聞いどぐが。あの化け物ば引き付けどいで撃つ(ただぐ)ってんだば、おびき出さねばまいねべや。そいづはどうすんだば?」

「まだわからないことがあります。あの怪物を引き付けるというなら、おびき出さなきゃダメでしょう? そこはどうするの?」

「そう、それだ」


瞬間、ユキオの目が鋭くなった。


「確かに赤梵天はこの山を勝手知ったる顔で歩き回る厄介な化け物だ。私たちがいくら足下で大騒ぎしてもアイツにはアリを踏んだぐらいにしか思わないだろうし、引きつけることも難しい。けれど――」


ユキオはそこでオーリンから視線を外し、その側につくねんと座っているワサオを見た。


「この村に、この山に、ワサオ――いや、レオが帰ってきたなら、話は別だ。アイツはレオと因縁がある。絶対に忘れてないと断言できる、深い因縁がね」


レオ――? その言葉に、ヘイキチがワサオを見た。

その視線に、ユキオの代わりにギンシロウが答えた。


「皆の衆、心して聞け。そこにいるワサオは疑いなくヴリコ・フェンリル、しかも先代の【流星】であった大戦士――バンザブロウ殿のご子息であったレオだ」


その一言に、ハッピ集団がどよめいた。

しばらく表情を硬直させたヘイキチが、舌を出してハッハッと平和に息をついているワサオ、そしてユキオの顔に視線を往復させた。


「ば、バンザブロウの息子!? この犬があのレオだと!? ユキオお前、おっ、お客さん相手になんて冗談を吹き込んで――!」

「冗談でこんなこと抜かすと思うかよ、父さん。バンザブロウの最期を見たこの私が、本気でそんな冗談が言えると――父さんはそう思うのか」


ユキオの表情が一層冷たいものになり、殺気に近い空気が部屋の中に拡散した。

その表情と声に、何かの地雷を踏み抜いたと察したらしいヘイキチが慌てた。


「あ、いや、お前が嘘を言うとは思わんが、その――」

「嘘だと思うなら言ってやる。そこのワサオ――いや、レオの左目の傷は、間違いなく赤梵天につけられた傷だ。私はこの目でハッキリと見たよ」


ユキオの目が、ここではないどこかを見ていた。

まるで目の前に数年前の因縁の光景が展開されているというように、その目は一点を凝視したまま動かない。


「私は見たんだ。アイツが私の爺さを殴り殺した瞬間を。アイツの爪がレオの左目を潰した瞬間を、そしてそれを庇ったバンザブロウの頭を叩き割った瞬間を――」


カタカタ……と、ユキオの握った鉄砲(シロビレ)が小さな音を立てた。

豹変したユキオの雰囲気に、隣に座るヘイキチですら、少し怯えたような表情で娘を見ていた。


不意に――ユキオから発していた殺気が治まり、ふう、とため息が吐かれた。




「――そしてそうなる直前、まだ小さかったレオがアイツの右目を潰した瞬間を、だ」




ざわ、と、マタギ連中が再び揺れた。ヘイキチは驚いたようにワサオを見つめた。

その光景を思い出すのに疲れてしまったというように、ユキオは暗く沈んだ顔をしていたが、一瞬後にはそんな陰も何処かへ消え去った。


「とにかく、右目を潰されたアイツは絶対にレオのことを忘れていない。レオがこの山に戻ってきたことを察知すれば、アイツは必ず復讐しにやってくる――」


ユキオは決然と言い放った。


「そこを叩く。あの赤梵天を倒すための、千載一遇のチャンスがそこだ。私たちがアイツを攻撃するまで、アンタたちとレオであの赤梵天を誘き出し、ブッパの位置――攻撃予定地点に足止めすること。これが、アンタたちに依頼したいことの全部だ」


ユキオの声に、場は水を打ったように静まり返った。ヘイキチですら、もごもごと口を動かしているだけで、一言も発しようとしない。

長い無言の間があった。オーリンも戸惑ったように視線をうろうろさせているだけで、なんと返答しようか迷っている風だった。

その無言を見て、ユキオが少し慌てたように付け足した。


「ああ、別にアンタたちに全部丸投げはしないよ。アイツを倒してくれって頼んでるわけじゃない。仕留めるのはこっちがやる。私たちマタギだって今までコソコソ逃げ回ってたわけじゃない。ちゃんとヤツとの決戦するための武器は準備してるから心配ないよ」


その一言に、うぇっ!? とヘイキチが素っ頓狂な声を上げた。


「ば、馬鹿、ユキオ! 他所様にアレのことをバラすなんて……!」

「遠からずバレるだろ、あんなデッカイもの。つーかなんで隠そうとするんだ? コンセイ様なんかよりもあっちの方がよっぽど映えるっつーの」

「お前はコンセイ様に恨みでもあるのか!? それにあんな物騒なもののどこが映えるってんだ! 最近の若い子の考えることはわからん!」

「私は父さんたちの考えてることの方がわからんよ。多分この人たちもだ」


決戦のするための武器? あんなデッカイもの? こんな小さな村になにか秘密兵器でも隠してあるというのだろうか。

確かに――あの狂いじみたバカでかさの怪物を仕留めるとなると、ユキオが抱くようにして持っている鉄砲(シロビレ)では力不足もいいところだろう。

ということは、あの化け物を倒すにはそれができるだけの火力が必要ということで、なおかつユキオは仕留めるのはミヒラの庄側でやると主張している。


ということは、やはりこの村にはなにかあるのか。

この慎ましやかな山村には似合わない、何か途轍もなく剣呑な何かが――。


「さて、アレの話が出たなら早速お披露目と行くか。アレを見ればアンタたちも少しはやれるかもしれない、って思ってくれるだろうしね――」


思わせぶりにそう言って、ユキオが立ち上がった。

まごついているハッピ連中を無視して、ユキオが思わせぶりな笑みとともにこっちを振り向いた。


「さて、もう少しご足労願おうかな。アンタたちもこんな居心地悪い場所にずっといたかないだろ? 少し散歩しないか?」

「さ、散歩って――この村のどこへだ?」


イロハが困惑丸出しで訊ねると、ユキオは意味深な笑みを更に深くした。




「そりゃ決まってる。この村の新名所――村一番の【映えスポット】にだよ」




ひと月以上もご無沙汰してすみません……!

鬼の原稿祭り、それこそアオモリ書籍版第一巻分の作業をしておりまして……!

書籍の方もブリブリ出来てきております!

一ヶ月間もご無沙汰するぐらい書いております!

今冬の書籍発売をお待ち下さい!



「たげおもしぇ」

「続きば気になる」

「まっとまっと読まへ」


そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。

まんつよろすぐお願いするす。

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『じょっぱれアオモリの星』第1巻、2022年12/28(水)、
角川スニーカー文庫様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
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