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ムンツケラ・イギル(共存する)

戦士。その言葉には、何だかはっとさせられるような剣呑さがあった。

顔を見合わせているレジーナたちに、ギンシロウが嗄れた声で説明を始めた。


「大昔、この山では人間もフェンリルも平等――食うか食われるかの間柄でしかなかった。だがヴリコの大自然は強大で残酷だ。互いに殺し合っている暇など無い。だから私たちフェンリル族の祖先は、人間族と無為に敵対することをやめ、彼らと共存する道を選んだのだ」

「き、共存――!? 人間とフェンリルがか!?」


イロハが驚いた声を発してギンシロウを見た。


「そ、そんなことが……可能なのか?」

「可能か不可能か、で言えば可能なんだろうさ。私たちは現にそうだしね。お互いに協力し合い、獲物を狩り、暮らしを護るための協力関係ってわけだ」


ユキオが得意げに言い、ギンシロウの首の辺りを撫でた。ギンシロウは心地よさそうに目を閉じている。


「だから私たちは主従関係にあるわけじゃない。あくまで協力体制、つまり相棒同士ってわけだね。こいつらも私たちが支配下に置いてるわけじゃない。こいつらのボスはあくまでギンシロウなんだよ」


人間とフェンリルの共存――一体どうしたらそんな奇策を思いつけるのかと思うのと同時に、それほどおかしな話ではないのかも、とレジーナは思った。

思えば犬は人間と共存しているし、お互いにパートナーとして無二の親友だったり、家族の一員だったりするではないか。

互いに生態系の頂点に近い位置にいるフェンリルたちや人間たちさえそれでよいなら、人間族とフェンリル族の共存というのはあながち考えられないことではないのかもしれなかった。


「この里に生まれたフェンリルのオスは、例外なくこの里を護る戦士として育てられる。それが我ら『男たち』――ミヒラの庄のフェンリルが高祖より代々紡いできた務めなのだ」

「そうそう! だからどんな獣も俺たちを恐れてこの里には近寄らねぇって寸法でさ!」


黒毛のフェンリル――確かゲンジロウとか名乗ったフェンリルが、やけに饒舌な口調で後を引き取った。

それから、ゲンジロウはレジーナたちの足元でつくねんと座っているワサオを視界に入れた。


「それにしても……ボス、そこの白のチビ公は何者で?」


ゲンジロウはのしのしとワサオに歩み寄ってきて、その鼻先に己の鼻先を寄せた。


「ほう……コイツはチビだがフェンリルらしいや。しっかしいい度胸してやがる。震えひとつ起こしてねぇ。俺たちを前にすりゃ犬だろうがフェンリルだろうが、怯えちまってまともな口も利けなくなるもんだが……」


ゲンジロウはぞろりと生え揃った牙をむき出しにした。笑っている――人間の目から見てもはっきりとわかる。


「大方、赤梵天の手下もコイツを見て俺たちの仲間だと思って怯えた、ってところだろうな。運がいいやね、お客さん方。ところでコイツは一体何だってこんなにチビに……」


その途端だった。ウオオオッ! と臓腑を震わすような咆哮がギンシロウの口から迸り、ゲンジロウが怯えた。

まるで噛み付かれた犬のような悲鳴を上げ、ゲンジロウはワサオの前から慌てて飛び退った。


「ゲンジロウ、幾ら何でも軽口が過ぎるぞ」


明らかな怒りと、ボス狼の貫禄十分の、凄まじい威圧感を伴った声だった。

まるでワサオを庇い護るようにして、ギンシロウはワサオの背後に立った。




「新入りのお前は彼を知らぬだろう。知らぬだろうが、聞いてはおるはずだ。……彼こそは先代の『流星』であった偉大なるボス――バンザブロウ殿のご子息、レオだ」




流星、バンザブロウ――その単語がギンシロウの口から発せられた途端、『男たち』が人間のように動揺したのがはっきりとわかった。

しばらく絶句した後、マツジと名乗ったフェンリルが群れから一歩進み出た。


「ボス――それは本当ですか!? 彼は――まさか、あの時谷底に突き落とされて死んだはずの……レオなのですか!?」

「何を疑う。古参のお前なら彼の匂いを覚えているはずだ。彼は再びミヒラの庄に舞い戻ったのだ」


ギンシロウが朗々とした声で告げると、フェンリルたちは恐れを成したように沈黙し、それぞれに顔を見合わせた。

その様をじっと見守っていたユキオが、ギンシロウの代わりに説明した。


「レオの今の名前はワサオだ。この子は今はアオモリで心優しい人たちに飼われている。この里のことは覚えていないらしいけれど、この子はさっき、赤梵天を前にしても、怯えることすらしなかった――」


ユキオは決然とした顔で宣言した。


「これは天国にいる先代のスカリ、そしてバンザブロウが与えてくれたチャンスだ。この子がいれば絶対に赤梵天を倒すことができる。みんな、赤梵天との決戦は近いぞ。今のうちからその覚悟を固めといてくれ。いいな?」


その言葉に、フェンリルたちの纏っている空気が一変した。今までの人間臭く和気藹々とした空気が豹変し、これぞ餓狼のそれ、というような鋭く尖った空気がレジーナの肌をひりつかせる。

その落差に思わず身を竦めたレジーナたちに「お客さん方! 準備が出来ましたよ!」という気の抜けた声がかけられて、レジーナは背後を振り返った。


振り返った先に――あまりに妙な光景が展開されていた。

さっき自分たちを護衛しながら「進軍」していたマタギ連中が、青地のハッピを着込み、温泉を背後にズラリと勢ぞろいしていた。

『ミヒラ村観光協会』……そのハッピに白くそう染め抜かれているのを発見したレジーナは、先頭に立った強面の男を見つめた。

この男はユキオの父親、さっき自分たちを撃ち殺そうとしたあの男だ。その右腕には『会長』と書かれた腕章がつけられている。


「いやいや、こんな辺鄙な場所までよくぞお越しくださいました! 私がこの村の観光協会会長、ヘイキチ・オグニです!」


強面の男――ヘイキチというらしい――は、そう言って頭を下げた。

あまりに気の抜けた挨拶に、レジーナたちは互いに顔を見合わせた。


「まま、コレ以上の立ち話もナンですから! この村総出で大歓迎させていただきますよ! まずは温泉へどうぞ! ゆっくりと旅の疲れを癒やしてください!」


物凄く怖い顔を物凄く無理な感じに笑顔にし、ヘイキチは温泉の玄関口を手で示した。

その途端、後ろに居並んだハッピ姿の強面たちも、まるで合わせたかのように同じ動作をする。

みな一様に、川でクマと鮭を奪い合うのを無上の喜びとしているかのような強面揃い。

それらが明らかにそれとわかる無理矢理の営業スマイルを浮かべ、こちらへどうぞと誘う光景――。

それはレジーナが生まれてこの方、一度も見たことのない異様さに満ち溢れていた。


まごついているレジーナたちに救いを求めるように見つめられたユキオが、ハァ、とうんざりしたようにため息をついた。


「まぁ、とりあえず温泉は温泉だから。とりあえず付き合ってやってよ、ね?」


若干哀願が混じったようなその一言に、レジーナたちも覚悟を決めた。男たちに促されるようにして温泉の玄関へと進んだレジーナは、玄関の脇に置いてあるなにかを視界に入れ、ヒエッと悲鳴を上げた。


『ミヒラ村観光協会マスコット クマゴロウくん』


白い塗料でそう書かれているのは、実に奇妙奇天烈摩訶不思議な物体だった。

まんまるなクマの胴体に、少年のものと思われる、やけにリアルな造形の人間の顔が乗っている――。


「気色悪ッ……!」


どう考えてもマスコットには見えない、クマと人間のキメラを剥製にしたとしか思えないその醜悪な佇まいに、ゾッと怖気が走った。

どうやらこの村、観光に力を入れているらしいが、力の入れ方がどうにもおかしい。

力を入れれば入れるほど、そこを訪れた客を不安にさせる方向へと突き進んでゆく、極めて厄介な傾向があるらしいのだ。


果たして、果たしてこの温泉の中は、どんな奇怪さに満ち溢れているのだろう……。


莫大な不安とともに温泉の佇まいを見上げたレジーナは、かなり無理やりな覚悟を決めて玄関を潜った。





「たげおもしぇ」

「続きば気になる」

「まっとまっと読まへ」


そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。

まんつよろすぐお願いするす。

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163794872.jpg?cmsp_timestamp=20211210120005

『じょっぱれアオモリの星』第1巻、2022年12/28(水)、
角川スニーカー文庫様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[良い点] 強面のマタギ達が無理やり笑顔で客を迎えてイメージアップしようとしてるのは笑えるが、普通の客が普通にここまで観光で来れるのかなぁ・・・という一抹の不安 もっとも赤カブト倒せばマタギとフェンリ…
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