ママ・ケ(ご飯を食べなさい)
「おい、起きろ。起きろっつうのレズーナ」
ぺしぺしと頭を叩かれて、夢うつつのレジーナはむにゃむにゃと呻き声を上げた。
ふわぁ眠い、お願いあと一時間だけ――と目をしょぼしょぼさせると、視界にぼんやりと見慣れない男の顔が写り込んだ。
はっ――!? と驚いて上体を跳ね起こすと、黒髪の青年は大いに驚いたようだった。
「あー驚いた――起きでらったんだがよ」
だ、誰――!? と声を上げようとしたレジーナの脳裏に、一気に昨晩の記憶が蘇ってきた。
ああそうだ、ヴァロンをやっつけた後、とりあえず俺の部屋に来いと言われ、レジーナはほとんど寝泊まりすることがないというオーリンの自宅に転がり込んだんだっけ。
仮にも嫁入り前の乙女が、今しがた初めて言葉を交わしたような男の部屋に転がり込む――無防備にも程がある行いだっただろうが、そのときのレジーナはそれを拒否するほどの体力が残っていなかったのである。
よく見れば、ほとんど家具らしい家具もない部屋の中にあるベッドに自分は寝かされていて、傍らの床にはオーリンが枕代わりにしたらしいローブが畳まれて置いてあった。
「お、おはようございますオーリン先輩……すみません、ベッド使わせてもらっちゃって」
「気にするな。それより、昨日の晩殴られた頬、痛くねぇが」
そう言えば、昨日したたかに張られた割には腫れもないし痛くもない。
レジーナが左手で頬に触ると、なにか膏薬の類が貼り付けてあるらしく、指先に布の感触が触った。
「あの後、部屋に着だっきゃお前ば死んでしまったように眠ってしまったはで、勝手に処置させでもらったど。アオモリがら持ってきた薬だども、効いでらよんたが?」
え、ということは、これはオーリンが?
田舎者にしてはずいぶん如才ない甲斐性だとも思ったし、寝ている間に年若い男に寝顔を見られた羞恥心もあって、レジーナは少し顔が赤くなるのを感じた。
「あ、もう大丈夫です。あ、ありがとうございます……」
「気にするな。さぁ、朝飯作ったはんで食べろ」
凄いなぁ、【通訳】のスキルがない人間なら、この男が何をして、これから何をしようとしているのかさっぱりわからないに違いない。
アオモリでは「食べろ」を「ケ」の一文字で表すんだなぁ、髪の毛やまつ毛なんかの「毛」も「ケ」なんだろうか……などとどうでもいいことを思いながら、レジーナはベッドから立ち上がった。
家具らしい家具もない殺風景な部屋だが、最低限の調理器具と、それで作った料理を食べるテーブルぐらいはあるらしい。
テーブルの上にはほかほかと湯気を立てている皿とパンが山盛りになった籠があり、思わずレジーナは訊ねてしまった。
「これ――先輩が作ってくれたんですか?」
「他に誰がいるべな。こえでも七年一人暮らしだね。田舎料理だはで、口さ合うがどうかは知らないけどな」
皿を見ると、なんだか玉子かなにかを煮付けたもののようだ。
てらてらと輝くような玉子の色艶と、刻まれた葱の青色がなんとも食欲をそそる見た目だ。
この男、見かけによらず結構器用なところもあるらしい。
「さ、今日からお互いうんと働かなければまいね。きっちりと食っておがなが」
そう言って、オーリンはさっさと食卓に着いてしまった。
一瞬、虚を突かれたようになったレジーナの脳内が、待てよ、と余計なことを考え始めた。
待てよ、これっていわゆる同棲状態というやつでは――?
いや、ちょっと待って――レジーナは自分の思いつきを自分で否定した。
オーリンは昨日「明日から事務所探しだ」と言っていたっけ。
でも――僅かたった二人しかいない冒険者がギルドを開くということは、よくわからないけどきっと簡単なことではないだろう。
それならもしかしてしばらくは私もこの部屋にこうして住むということで、それはつまりこの男とずっとひとつ屋根の下で暮らすということに――。
そう、レジーナは嫁入り前の二十歳の乙女である。
もちろん、冒険者ギルド『イーストウィンド』に入って半年、親しいと呼べる人間もあまり多くはない。
ましてや、父親以外の異性とひとつ屋根の下に暮らしたこともないし、一夜を共にしたこともない――その経験不足が彼女に厄介な誤解をひとつ与えた。
まぁぶっちゃけ要するに――レジーナは結構な頻度で人との距離感がバグるタイプなのであった。
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
「おもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。