ワイ・ナニスノサ(セクハラ)
思わず、レジーナはその場にずるずるとへたり込んだ。
ユキオ――おそらくこの少女の名前なのであろう、その不思議な語感が気になった。
少女は筒先を降ろし、背中に背負い直すと、レジーナたちに向き直った。
「怪我とかは……ないよな?」
思わずガクガクと頷くと、ん? というように少女がレジーナを見た。
改めて真正面から少女の顔を見ると――やはり凄まじいまでの美人のそれである。
少女は脇目も振らず、へたり込んでいるレジーナの前に真っ直ぐにやってきた。
ぐっ、としゃがみ込むと、やけに大胆に露出された太ももが露わになった。
その白さ、艶めかしさに同性ながら思わずドキッとしてしまうと、少女はレジーナの顔――否、その下の部分をじーっと見つめた。
凄まじい美人があまりに食い入るように見つめてくるので、思わず同性にも関わらずドギマギしてしまう。
先に沈黙に耐えきれなくなったのはレジーナだった。
「あの、なにか……?」
そう言った途端だった。
ス……と動いた少女の右手が――一体何を考えているものか、レジーナの胸を思いっきり鷲掴みにした。
そのままグニグニと弄ぶように揉みしだかれて、一瞬、レジーナは自分が何をされているかわからず、キョトンとしてしまった。
それでも一瞬後には物凄い違和感と強烈な羞恥心が爆発して、レジーナの頭に凄まじい勢いで血が昇った。
「な――何するんですか! 変態ッ!」
思わず胸を庇って顔を背けると、少女は感心したように眉間に皺を寄せ、やらしい手付きで指をグッグッと握った。
「おお、これはなかなか……E? いやもっとあるか……」
「な、なななな、何の品定めなのよ!? 突然何を……!」
「いーじゃないの減るもんじゃなし。私は命の恩人だろ? 乳ぐらい揉ませたっていいでしょ」
「どういう理屈よ! そんなに揉みしだきたいんだったら自分の揉みなさいよ!」
「それは断る。減ったら嫌だからな」
滅茶苦茶な理屈でレジーナの抗議を柳に風と受け流した少女は、今度はしゃがんだままオーリンとイロハを見た。
「ところで、アンタら何者? この道を通ったってことはミヒラの庄に行くんだろ? なんかウチの村に用あんの?」
今の突飛な行動とはあまりに前後がつながらない言葉に、オーリンもイロハもキョトンとしてしまったようだった。
ウチの村、と言った所を考えると、どうやらこのユキオとかいう少女、ミヒラの庄の人間であるらしい。
互いに目配せし、どっちが説明する? 私だな、という風にイロハが話し始めた。
「ああ――我々は冒険者なのだ。特に理由があったわけではなく、全国津々浦々を旅しておるものでな。この山道には温泉も多いと聞いて、その……」
「温泉だぁ? アンタたち、温泉と自分の命と天秤にかけたのか?」
ユキオと呼ばれた少女は大げさなぐらい顔をしかめた。
ひとつ、発見があった。これだけ整った顔をしているのに、この少女は嫌そうな顔をさせたら例えようもなく上品だ。
「イナニワで聞かなかったのか? 今の化け物見ただろ。今この道を通るのは命知らずの阿呆か変態だけだ。アンタたちはどっち? 阿呆の方か? それとも変態の方?」
「変態ならアンタでしょうが! いきなり人の乳揉んどいて人を変態扱いするな!」
「わざわざクマに喰い殺されにこの山をほっつき歩いてる変態と私を一緒にすんな」
意味不明ではあるが、少女の声には一部の隙もなかった。ぐぬぬ……! とレジーナが歯を食いしばって睨みつけても、申し訳無さの欠片すら見せない。
なんて奴だ、ヴリコの山の中にはとんでもないセクハラ美人がいる……とレジーナが訳のわからないことを考えた時、ユキオが口を開いた。
「とにかく、今ならまだ引き返せる。諦めて王国道十三号線を行きな。ここは地獄の一丁目なんだ。ミヒラの庄行きは諦めろ。第一行ったって何にもないただの村だぞ?」
「だ、だばって、十三号線さ行げば温泉さ入れねぇべし……」
「え? は?」
ユキオが片眉を上げた。
「え――何? 何語?」
「だ、だばって、さっき聞いだ大グマってこいづのこったべ? すたらんばそいづは今お前が撃ったべよ。もうミヒラの庄への道は安全だってごどでねぇんだば?」
「は、え? アンタちょっといい?」
「何だや?」
「『シンジュクでシンジ湖のシジミ食べるシンジ君』って言ってみ?」
「すんずくですんずこのすずみ食べるすんずくん」
「え、マジか。すげぇ訛ってるな……」
ユキオは感心したような呆れたような表情でオーリンを見つめ、次にレジーナを見た。
「お連れさんは今なんて?」
「え……うん、例の大グマなら今あなたが仕留めたでしょう、もう安全だろうって」
「それは違うぞ、旅人よ」
そう言って会話に割って入ったのはギンシロウだった。
ギンシロウはユキオの側まで来ると、その足に太い尾を寄せた。
「今の獣など我々の敵ではない。我々が仕留め損なっているのはあれ程に小さくはないのだ。ミヒラの庄のマタギたちが仕留め損なっているのはもっともっと強大な敵だ」
あれより巨大なクマがいる、というその会話の内容以上に、マタギ、という言葉が気になった。
まさか、この少女がミヒラの庄にいるというマタギ――大陸に比類なき腕を持ったプロのクマ撃ちだというのか。
「え、マタギ? あなたマタギなの?」
「何を疑うってんだよ、このカッコ見ろ」
ユキオは呆れたように言って両腕を広げた。
「この脚線美は間違いなくマタギだろ? どんな山もひと跨ぎに越えてくからマタギってんだ。他に何に見える?」
「何に見えるって……」
確かに、やけに露出が多い以外は、これぞ猟師と言える格好に見えなくもないが。
レジーナはしばらくユキオの全身を見て、小首を傾げながら答えた。
「……変態エルフ?」
「私はエルフじゃない。この髪の色は単なる先祖返りだ。ほら、耳だって人間だろ? ちなみにエルフ語も喋れない。時々ボソッとエルフ語でデレるほど気も長くない」
流れるように変態以外の場所を否定してから、ユキオはハァ、とため息をつき、オーリンの足元にいるワサオを見た。
「全くアンタら、そこのワンちゃんに感謝しとけよ。その子がいなかったら今頃全員クマの腹の中なんだからな」
ワウワウ、とワサオが自慢げに尾を振り回した。
【通訳】などしなくても、ワサオが自慢げに胸を張っているのがわかる。
しゃがみ込んだユキオが、おいで、とワサオに手を差し伸べた。
こう見えてプライドが高いはずのワサオも、何故なのか素直にユキオに近寄ってくる。
ユキオの手が、ワサオの頭の上に回った。
あ、噛まれる……! と密かに慌てたレジーナだったが、ワサオは黙ってユキオに頭を撫でさせることを許した。
ふっ、と、ユキオの氷のような表情がほころんだ。
「しかしまぁ、あれだけの大物がこのワンちゃんの姿を見ただけであんなに怯えるなんてねぇ、お手柄だよ全く。飼い主さんたちにうんと褒めてもらいな」
撫でられているままのワサオが地面に転がり、腹を上に向けた。ユキオがさも愛おしそうにその腹を撫でても、ワサオは嬉しそうにされるがままになっている。
レジーナだけでなく、オーリンも驚いた表情を浮かべたところを見ると、このプライドの高いアオモリのフェンリルにしては、それはよほど珍しいことだったに違いない。
「わ、ワサオが初めで会った人さここまで懐くなんて……! は、初めて見たでぁ……!」
「ワサオ? おぉ、アンタの名前はワサオってのか。あんだけデカいクマの前によく飛び出せたなぁ。アンタは本当の男だよ、ワサオ」
ユキオはなんだかとろけたような表情でワサオを撫でくりまわしている。
これだけ凍てついたような美貌なのに、意外に可愛いもの好きであるらしい。
「しかしなぁ、アンタ本当に犬か? 尾も巻いてないし犬にしては鼻面が長いな。しかもギンと同じく瞳が金色だ。どっからどう見ても犬には見えないなぁ。おいワサオ、アンタ実はフェンリルなんじゃないか?」
あ、その子は魔法で小さくなってるだけで――とレジーナが説明しようとする前に、ユキオが笑った。
「まぁこれだけ小さいフェンリルがいるわけないけど。おおよしよし、いい子だいい子だ。しかし惜しいなぁ。犬かぁアンタ。アンタほどの男、誰かの飼い犬にしとくのはもったいないぜ。アンタがフェンリルだったら間違いなくミヒラの庄の男たちもアンタを歓迎――」
そこまで言ったときだった。
ワサオの頭を撫でていたユキオの手が――ワサオの左目を見て止まった。
ぴくっ、と、ユキオの肩が揺れた。
ユキオは親指で何度も何度も、ワサオの左目に走る傷を撫でた。
「この傷……この傷は……!?」
そう言ったきり、ユキオの表情が凍りついた。えっ? とその豹変に目を瞠っているレジーナの前で、ユキオががばっと立ち上がった。
「ギン! こっ、この子! この子、本当に犬か!? 臭いを確かめて!」
血相変えて虎毛のフェンリルを見たユキオの表情は――恐ろしいほど凍りついていた。
その表情と声に、ギンシロウがゆっくりとワサオに近づいて来て、ワサオの鼻面に自分の鼻先を寄せた。
途端に、ギンシロウの目が見開かれた。
「お前、フェンリルだな? いや――それだけではないな。この臭いは……!」
ギンシロウの満月のような瞳が異様な光を発し、ぶわっ、とほとんど物質的な程に濃い殺気が辺りに立ち込める。
「まさか、そんな馬鹿な……! これは悪い夢だ! あの子が、あの子が生きておるはずがない! だがお前は、お前はまさか――!?」
グルルルル! という物凄い唸り声とともに、ギンシロウの全身の毛が逆立った。途端に、今まであれほど機嫌がよかったワサオが怯え、後ろ脚に尾を挟み込んで飛び退った。
何がなんだかさっぱりわからないレジーナたちの前で。
ユキオは呆然と、怯えきったワサオを見つめて叫んだ。
「ワサオ……いや、レオ、レオなんだな!? 生きてたのか、レオ――!!」
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読まへ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





