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オドゴダヅ・ノ・ヴリコ(男たちのVURIKO)

カワラケ地獄周辺で宿を取り、付近を散策しながら約二日間。

次第に高さを増す秋空の下、レジーナ一行は山際に張り付くように通された道を歩いていた。

遠くには広大な盆地の風景が現れ、たわわな実りを感じさせる黄金色に染まっていた。


昼近くとなり、食事をしながら今後の作戦会議をしよう、ということになり、レジーナ一行はヴリコ全土でも有名であるという、とある饂飩屋に入っていた。

なんでもこの周辺は古くから饂飩が名物であるらしく、紹介された店はうら寂しい山間部の街のそれとは思えない盛況に湧いていた。


「んん、これはなかなかの珍味であるな! イナニワ饂飩――シロイシ温麺(うーめん)を思い出したぞ。この喉越しは癖になる!」


イロハはニコニコ顔で饂飩を頬張っている。確かにこれはズンダーの南部、シロイシの宿場町で食べた温麺に少し似ているが、特徴的なのはつけダレがめんつゆと胡麻だれの二種類あることで、それぞれに違った味・風味が楽しめる。

このツルリとした喉越しとモチモチとした食感はまだしつこく消え残っている残暑には十二分に涼やかに感じられるもので、一口ごとに秋が深まる感じさえする。ヴリコ全土にも名を轟かせる名店の名に偽りはないようだった。


「さて、腹ちぇぐなったどごろで作戦会議すべか」


既に饂飩を食べ終わり、楊枝で歯をせせっているオーリンが切り出した。


「今後の道取りについでだけどよ、今後はミヒラの庄を目指すべし」

「ミヒラの庄?」


胡麻だれの風味を楽しみながら饂飩を啜ったレジーナに、オーリンは大きく頷いた。


「んだ。少し戻って山沿いを抜けて、そごからヨゴテ盆地さ行ぐルートだな。本当は平野部の王国道十三号線に一気に抜げてすまいでぇどごだども、まぁ――」


そこでオーリンは言葉を濁した。

ん? なんだろう、何が引っかかるのだろう、と思っていると、イロハが指摘した。


「なるほど。その顔を見てわかったぞ」

「わがったって何が?」

「オーリン、王国道十三号線沿いには温泉がないのだな?」


その指摘に、オーリンが「当だり」と苦笑いした。


「もうしんばらぐは(やんた)べ? あんな垢染みた(かぷけだ)格好で街歩く(あさぐ)のは。ちょっと遠回りさなるけども、その代わり温泉(ゆッコ)だげは入れだ方がいいべ」


な? な? と同意を求めるかのようなお為ごかしの言葉に、レジーナはパチリと箸を置いた。

ん? とレジーナに二人の視線が集中する。


「先輩、ちょうどいい。話さなきゃ話さなきゃと思ってたことがあります」

「な――何だや急に?」


改まったレジーナの態度に、オーリンが少し気圧されたような表情で目を丸くした。

ハァ、とため息をつきながら、レジーナはオーリンの目をまっすぐに見た。


「確かにそのルートを行くなら、旅の疲れを癒やしながら歩けるのでとてもいい。私は先輩に反対するつもりはありません。ですが、それには大きな問題があります」

「問題って何が?」

「もうおカネがありません。温泉どころか今晩の宿取りが危ないです」


は――? と、あまりに直接的な物言いに、二人は大層驚いたようだった。


「まさが……王都を出はるどきに有り金全部下ろしたべよ。あ、あいがもうないってが? ()の全財産だど」

「ないですよ。だってここまで何回宿取りしたと思ってるんですか。結局冒険者らしくなんのクエストもしてないし……ここまで収入のアテそのものがなかったじゃないですか」


オーリンの顔がうっすら青白くなった。

確かにレジーナとオーリンは王都を出るとき、コツコツ貯めたらしいオーリンの預金をすべて下ろしてから出発していたものの、実家に仕送りもしているらしいオーリンのこと、大した金額ではなかった。

なんだかここまで、やけにやれ温泉だやれ酒盛りだと景気がよかったオーリンだが、それはつまり散財しているということで、早晩路銀が尽きることはよく考えれば自明の理だった。


「そ、そんで……今なんぼ残ってらのや?」

「1万と2800ダラコです」

「は?」

「1万と2800ダラコ」

「う、嘘つくな(すな)でぁ……! そ、それっぱがししか残ってねぇって!? れ、レズーナ、今まで何故(なして)そいを喋らながったのや!?」

「な――なんですか人のせいですか!? アンタが散々今まで宿屋で飲み食いしたんでしょうがッ! しかも勘定は私に預けっぱなしで! 私はアンタの秘書じゃないんですよ!」


いきり立って反論すると、ぎくっ、とオーリンが言葉に詰まった。

レジーナはなおも追い打ちをかけた。


「それにベニーランドを出る時にズンダー大公家からの報酬は後回しでいいってカッコつけて言ったのはどこのどいつなんですか! あの時ちゃんともらうものさえもらっておけばこんなことには……!」


ズンダー大公家。その単語が出た途端、二人の視線はそのズンダー家の大公息女(プリンセス)であるイロハに集中した。

ぎくっ、と、イロハが体を震わせた。


「イロハ……」

「エロハ……お()……!」

「な――なんだその目は!? 私に責任があると!?」


胡麻だれで口の周りを汚したイロハが激しく狼狽した。


「そっ、そなたらが悪いのであろう! コソコソ私を置いて出ていこうとするから! あの時ちゃんと言ってさえくれれば報酬はきちんと払ったわ! ズンダー大公家にカネがないわけではなかったんだぞ!」

「エロハ、お()ちょっとそごでジャンプすてみへ」

「そ、そんなにどうあっても見逃してくれない感じになるのか!?」

「イロハ、あなたヴリコに知り合いとかいないの? 銀行七つやってるおじさんのおじさんとか」

「お、おらんわそんなもん! 第一私にカネの無心をさせるつもりか!? このプリンセスにか!?」

「プリンセスだぁ? ケッ、笑わへなや。すったもの、ケツ拭ぐ紙にもならなげれば漬け物にもなりゃすねぇべや」

「物凄く酷い言い草やめろ! わっ、私はカネなどないぞ! 第一自分で財布開いてモノを買った経験すらないのだ! な、なぁレジーナ、そなたならわかるであろう?」

「うーん、プリンセスで学もあるし力もある。何よりもこの顔ならまぁ……最低でも五百万ダラコぐらいにはなるかも……」

「や、やめろォ! それは一体どこに何を売るつもりの勘定なのだ! わ、私を女衒にでも売る気か、この人でなし! そなたが一番鬼畜な思考しとるわ! こんな外道に話振った私の馬鹿ちん!」


大人二人の、本気で下卑た視線で見られたイロハは真剣に怯えたようだった。ヒィィ、と悲鳴を上げたイロハが、そこで、ん? となにかを思い出した表情になった。


「いや……待て。そういえば……」

「おお、やっぱり親戚がいるのね! 銀行を十二個やってる脚長おじさんとか!」

「お、おらんと言っとろうが! いやな、そういえば前に執政と将軍がなにか言っとったと思ってな」


イロハはそこで、自分の着ている豪華な誂えの服の、胸の辺りをサワサワと触った。


「万が一、ベニーランドの中で家臣とはぐれ、おうちに帰れなくなったときは、この胸の縫い付けの中にある御守りが役に立つとかなんとか……」

「え、えぇ……なにそれ……」


その一言に、レジーナとオーリンは隠さずドン引きした。

あの執政と将軍、あんな何人ぶち殺してるかわからないぐらいの顔とナリをしていたのに、そんなお母さんみたいな甲斐性を持っていたというのか。

というよりも――更にドン引きなのはイロハ本人だ。それって七歳ぐらいの子供が迷子の時に困らないよう、名札の裏にやってもらうヤツではないか。

確かイロハは十四歳。だいたい七歳と言い張っても通るに違いない身長と体重と顔立ちであるが、そんなものをいい年した娘がやってもらって恥ずかしいと思わないなんて……。


憐れなものを見る目で見つめられているのにも気づかず、イロハは胸に糸一本で縫い付けられていた御守りを外した。

外した途端、何か小さい粒がコロコロ……とテーブルの上に転がった。


「――ん? なんだこれは。御守りではないではないか。おはじきが入っとる」


おはじき? なんだってそんなものを入れたのだろう。

テーブルの上に顔を寄せたレジーナとオーリンは……うひゃっと悲鳴を上げた。

このキラキラと光り輝く色とりどりの、しかも規格外に大粒の石、これは……!


「お、おはじきじゃないですよコレ! こ、これ……!」

「ダイヤモンドとエメラルド、サファイヤも……うぉぉ、ほ、宝石でねぇがよ……!」

「何を驚いとるんだふたりとも? 単なるおはじきではないか」


イロハはキョトンとした表情でそう言った。どうも本気でこれをおはじきにして育ったらしいその反応に、オーリンとレジーナは色めき立った。


「いやしかし、こんなつまらんものが御守り? 執政と将軍のヤツ、なにを考えておったのだ?」

「いやーんカネ持ちって素敵! こんなのをおはじきにして育ったなんて! イロハ、あなたってもしかして万札でお尻拭いて育ったんじゃないの!?」

「しっ、失敬な! そんな不潔なものでこのプリチィな尻が拭けるか! 宮殿ではちゃんと絹を使っとったわ!」

「エロハでがしたど! お前()のお陰で今後ばお金(じぇんこ)さば困らねぇな! さっすがプリンセスだでぁ!」

「ですねですね流石はズンダー大公家のプリンセスですね! よっ、プリンセス! プリンセ凄い!」

「そ、そうか? なんだかそう言われると照れるというか、まぁ予想より上手く行ってよかったというか、急にボールが来たので焦ってしまったというか……」

「イーロハ! イーロハ! イーロハ!!」

「エーロハ! エーロハ! エーロハ!!」

「テレテレ……おいあまり褒めるでない、テレテレ……」

「ちょっと、あんたたち」


そう声をかけられて横を見ると、この饂飩屋の店員であろう恰幅のよいおばさんが心配そうな目つきでレジーナたちを見ていた。

おっ、いっけね、騒ぎすぎたか……とレジーナが小さくなると、しかしおばさんは意外なことを口走った。


「さっき聞いてたんだけどあんたたち、ミヒラの庄に行くのかい?」

「え? そんな話してましたっけ?」

「おお、そういえばそった話すてらったな」

「わ、忘れておったのか……」

「悪いことは言わないからやめときなよ。王国道十三号線を行った方がいい」


おばさんは言い聞かせる口調でそう言った。その心配そうな表情はどう見てもただごとではなさそうな表情である。


「まぁ、王国道十三号線を行った方がいいのは自明のことなのだがな……しかし、我々が山道を取ることに対してなにか心配事でもあるのか?」


イロハがそう尋ねると、おばさんは大きく頷いた。




「クマが出るんだよ、クマが」

「クマ――」




その一言に、レジーナたちは顔を見合わせた。


「クマなぁ。でもクマでばシラカミでもハッコーダでも出るがらなぁ。第一こっつは冒険者だってな。クマなど恐れる(おっかながる)ごどばねぇね」

「は――? お連れさん、この人は今なんて?」

「私たちは冒険者なんです。クマぐらいなんとかなりますよ」


レジーナが【通訳】してやると、おばさんは断固として首を振った。


「そんなもんじゃないんだよ、大グマなんだ。しかも人喰いグマなんだ。ヴリコの山をナメたら行けないんだよ。どんな冒険者だってこの山道は避けて通ってるぐらいさ。それに……」

「それに、なんです?」

「最近ではなんだかとんでもない奴が現れたって聞いたんだ。それ以来、ミヒラの庄のマタギたちが異常なぐらいに殺気立ってるんだよ」

「マタギ――?」


不思議な語感である。思わずオウム返しに問うてしまうと「ヴリコにいる狩猟組のごどだ」とオーリンが補足した。


「一応シラカミやアジガサワーどころか、東と北の間の辺境全域にマタギはいるども、その本家本元はやぱしヴリコだな。マタギはよ、とても(たげ)高度に統率されたプロのクマ撃ち連中のこった。そごらのなんちゃってハンターなんどとは腕コも比べ物になんねぇらすぃど。どんな険すぃ山もひと跨ぎに越えていぐがらマタギって呼ぶんだずんだな」

「へぇー、そんな骨っぽい人々が今どきいるんですねぇ」

「そうそうそのマタギだよ。そのマタギですら手をこまねく奴が出たんだ。どういうことかわかるだろ?」


おばさんは真剣な表情で言い張った。


「あんたたち、悪いこと言わないから山道はよしな。警告はしたよ」


言うべきことは言った、というようにおばさんは饂飩のお盆を下げて引っ込んでいった。

しばらく三人とも顔を見合わせ、どうする? という視線を交錯させてみたものの、誰一人としてそれじゃあやめとこうと言い出すものはいなかった。

第一、あの厳冬期のクリコで閉じ込められて頭の天辺からつま先まで垢まみれになった体験は、各々の中でもよっぽど応えていたのだった。

メシより宿、危険より風呂――多少危険を冒してでも温泉に入ってくつろげるならそっちの方がいいと、全員がそう思っていたに違いない。


「まぁ、クマぐらいなら、ねぇ――」

「ああ、なんとかなるべさな」

「もし現れてもこの私の剛腕で絞め落としてやるとも」


口々に全員が大丈夫である根拠を並べ立てたが、実際は単純に温泉がないのがイヤなのである。

決まりだ、というように会話が終わり、オーリンが手の中に楊枝を包み込んで立ち上がった。


「話は決まりだな。まずはそのおはじきを換金できる両替屋に寄ってがら、ゆっくりどミヒラの庄を目指すべしよ」


はーい、と間延びした返事をしながら、レジーナたちは店の外に出た。


店の外に出ると、一人店の外で待っていたワサオがなんだかじっとりとした目でこちらを見ていた。

またお前たちだけで美味いもの食べやがって。【通訳】などしなくとも目線だけでそう言っているワサオに、レジーナは苦笑した。


「いやははは、ゴメンゴメン。ちゃんとミヒラの庄に行ったらあなたにも美味しいもの食べさせてあげるからさ」

「そうだ、クマが出るというならちょうどいい! 全員で袋叩きにしてそのクマを食べようではないか、ワサオ! そなたもジビエ肉は好きであろう?」


イロハの言葉に、ワンワン! とワサオがしっぽを千切れんばかりに振った。

血の滴るような新鮮な肉――フェンリルならごちそうに違いないその想像に、ワサオも大いに興奮したようだった。

全く、本当は規格外に巨大なフェンリルなのに、こうして小さくなると犬そのものだな……などとレジーナが思った、そのときだった。




「ケッ、余所者の癖に随分大きな口叩くじゃねぇか。ヴリコのクマを袋叩きにするだと? そんな生意気言ってると肉にされるのはテメェの方だぜ、お嬢ちゃんたちよ」




野太い、やさぐれた声に、え? と、レジーナとイロハは後ろを振り返った。

振り返ったが、周囲にはそんな声を発しそうな人物は誰もいなかった。

ただ、じっとこちらを見つめている、見事な虎毛の大型犬が一匹、こちらをじっと見つめているだけだ。


空耳にしてはやたらとハッキリ聞こえたその声に、イロハとレジーナは顔を見合わせた。

聞こえたよね? ああ聞こえたな、そんな視線を交錯させると、再び野太い声が聞こえた。




「それと、そこの白いの。ミヒラの庄を目指すのはよしな。この山はテメェみたいな生っ白い新参者が歩いていい場所じゃねぇ。この山は真の男たちの山なんだからよ」




えっ? と振り返っても、やはりそこには誰もいない。ただ犬が一匹いるだけである。

しばらくそれらしい人物を捜索してから、レジーナはじっとこちらを見つめる虎毛の犬を見た。


まさか……。レジーナとイロハは、おそらくそんな馬鹿げた想像に、同時に至ったに違いなかった。

だがそれが確信に変わる前に、虎毛の犬はスッと立ち上がると、脇目もふらずにどこかに消えていった。


「ん? 何すてっけな、レズーナ、エロハ。行くど」


会計を終えたらしいオーリンが、店の前で立ちつくしているレジーナたちを不思議そうに見つめ、街に向かって歩き始めた。

なんだか釈然としない気分でその姿を追うレジーナの頭の中に、さっきの野太い声が反響した。




『この山は真の男たちの山だ――』




なんだか異常に骨っぽいその言葉の印象が、レジーナの頭の中に強く消え残った。




「たげおもしぇ」

「続きば気になる」

「まっとまっと読まへ」


そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。

まんつよろすぐお願いするす。


【VS】

お金の単位を変更いたしました。新しい通貨単位は『ダラコ』となります。

津軽弁で「小銭」の意味です。

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163794872.jpg?cmsp_timestamp=20211210120005

『じょっぱれアオモリの星』第1巻、2022年12/28(水)、
角川スニーカー文庫様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
マタギの意味(由来)を初めて知りました…!! 実はずっと知りたかったのですごく嬉しいですわー
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