カワラケズゴク・デ・ハーレムバ(川原毛地獄でハーレムを)
一戦所望仕る――。
その声に、トキ以外の三人は顔を見合わせた。
「我ら三名、ただ最強の頂を目指し流浪しおる者! 全国津々浦々の霊場霊峰にて修行を積み、己の技を磨いておる!」
なんだか、今時は芝居の中でも滅多に聞かない、古株の騎士のような言い草だった。
明らかに言い慣れていない口調に完全にヒいているこちらにも構わず、どうやらリーダー格であるらしいニキビ面の死霊術師は高らかに宣言した。
「最初に言っておくが、背を向けるは死霊術師の恥ぞ! 貴殿も名のある死霊術師であるならば、いざ尋常に勝負いたせ!」
そう言って、三人の男はニヤニヤと嗤った。
声を出さずに嗤うところが、また如何にも、らしい。
死霊術師には厄介な性格の人間が多い――その評判に相違ないらしい、なんとも時代錯誤で気の抜けた挑戦状。
日陰者の鬱屈と屈折がそのまま顔に出ている風の三人の死霊術師は、こちらの困惑を怯えと受け取ったのか、下卑た笑みをますます深くした。
無言でいる三人をよそに、トキはじーっと死霊術師たちを見つめ――それから鋭く、低く吐き捨てた。
「キッショ――」
その短い罵倒は――遠雷のように低く轟いた気がした。
今度は三人の死霊術師のほうが唖然とした。
はえ? と間抜けに呻いた死霊術師たちに、トキは顔を歪めて畳み掛けた。
「何が修行だよ、何が最強だよ、くっっっだらね。つーかなんだその口調。調子ブッこくなクソダサ男ども」
「な――!?」
多分、予想だにしていなかっただろう罵声に、三人の死霊術師が狼狽した。
その狼狽にねじ込むようにして、トキは凄まじい勢いで罵倒を続ける。
「だいたい死霊術師ってのは憑いてくれる死霊がいなけりゃ何の力も発揮できないモヤシだろうがよ。誰だって他人のふんどしで相撲取ってんだ。何が最強だよ。死霊の威光をカサに着て調子に乗んなってまともな師匠からなら耳タコんなるぐらい教わるはずだけどな」
「ぬっ、そ、それは――!」
「だいたい女ひとり相手に三人がかりで来てる時点でどこが尋常な勝負だよ? どう考えても三対一でフクロにする気満々だろうがよ」
トキは据わった声と目でズバズバと指摘した。
「大方、たまたまちょっといい霊と契約できた日陰者三人が、果し合いにかこつけて女にちょっかいかけてみようってんだろ。実際はナンパしたい下心がミエミエなんだよキモ男ども。一人ならまともに人と話もできないネクラの癖に」
「んな! な、なんで――!?」
三人の死霊術師たちがあからさまに動揺した。
その無様な狼狽ぶりにはさっきまでの威勢はどこにもなく、ただただハグレ者が三人、うろうろと視線を泳がせているだけだ。
「図星かよマジでキッショいな。なんでわかる、ってか?」
ハァー……と、トキは心底うんざりしたようにため息をついた。
「服装見りゃわかるわ。お前ら着てるの冬用のローブだろそれ。このクソ暑いのに季節もわきまえないで汗ダラッダラ流して腕まくりまでして本当に見苦しい。暑いなら脱げよ。その黒一着しか持ってない時点でモテない男なのが確定的だ。だいたいさっきから一度もお前らの誰とも視線が合わないんですけど? サシで女と話すのが怖いの丸わかりじゃね?」
辛辣ッ――他人事であるにも関わらず、レジーナは思わず耳を塞ぎたくなった。
如何にふっかけてきたのが向こうとは言え、今今会ったばかりの人間にここまで罵倒されることが、果たして人生で有り得ることだろうか。
下品に、辛辣に、口先だけで容赦なく人を丸裸にしてなじるトキは、唇を歪め、眉間に皺を寄せ、汚物を見るような口調で吐き捨てた。
「キッツいわー、ただただキッツいわお前ら。もう臭いがキツい」
「にっ、臭い……!?」
「シコシコ隅っこでなんかしてる陰キャの臭いだよ。自分ではわかんねぇんだろ? まともに女に相手にされないからちょっかい出して構ってもらおうって魂胆が酸っぱくて酸っぱくて嫌んなるわ。おおかたそのニキビも日陰もんの怨念が顔中に吹き出てやがんだろ」
ギロリ、と音が聞こえそうな勢いで、トキはやけに白が多く見える目で三人を睨み据えた。
「こんなとこでイキんなくていいからせめて顔ぐらい毎日洗え。まともな化粧水も持ってないからそんなことになんだよ。死霊憑ける前に化粧水つけろや。唯一優しくしてくれるお母さんにスキンケアのやり方を教わらなかったのかイキリガキども。なんならこっちでテメーらのニキビを一個一個潰してやろうか、あァ!?」
ズシン――と、最後の罵声は巨人の足音のように地鳴りを持って轟いた。
正真正銘、その筋の人間そのものの威圧感と迫力に、三人の死霊術師は完全に威勢を削がれ、まるで身ぐるみ剥がされたかのようにぶるぶる震えた。
オーリンが吐きそうな顔で顔を背けた。
おそらく、この姉に以前も似たような口調で散々罵倒されてきたのだろう。
七年ぶりともなればその威力も絶大なはずで、オーリンはひくっ、ひくっと弱々しく痙攣した。
困ったことになったのは三人の死霊術師の方だ。
三人いれば普段怖い女相手でも怖くない、と踏んだのだろうが、それはあくまで相手がアオモリ一の暴力女ではなかった場合である。
特大級の地雷を思いっきり踏み抜いた動揺にニキビだらけの顔面は蒼白になり、泣きそうな顔を見合わせてまごつくばかりである。
「びっ、ビビんなよケンちゃん! 俺らは最強だろ!?」
ケンちゃん――? レジーナがびっくりする間にも、短躯の死霊術師がニキビに向かって叫んだ。
「ここまで言われて黙ってられるのかよ! この間ホロレアの死霊ゲットしただろ! これならどこでも俺TUEEEEできるって喜んでたじゃん! これでパーティに見せかけた奴隷ハーレムを作るんだってわざわざイバラニから出てきたんじゃないか! あの俺らに優しくないヤンキー女をわからせてやれよ!」
「おっ、おおそうだった! これが奴隷ハーレムの第一歩なんだった! ……こっ、この俺らに優しくないヤンキー女め! 馬鹿にできんのも今のうちだかんな! 俺の死霊術でわからせメス堕ち全裸土下座させてやる!」
なんだかよくわからない啖呵とともに、ケンちゃんというらしいニキビ面は詠唱を開始した。
それを見たトキが、何故なのか楽しげにクスリと笑った。
「あーあ、やるってか。ならこっちもやるしかねぇなオイ」
その言葉とともに、トキは首にかかっていた木の珠のネックレスを外し、じゃらじゃらと音を立てて右手に巻き付けた。
途端に――オーリンがはっと何かを察した表情になった。
「じゅ、数珠のメリケンサック……! おい、やんべぇど! 避難すべし!」
「は!? ひ、避難って……?」
「避難だ避難! どこかに隠れる場所は……そうだ! あのお堂の影さ隠れんべし! 早ぐせ!」
「ど、どうしたんですか急に!? そっ、それより! このままほっといたらトキさんがあの死霊術師たちに……!」
「何言ってんだ! その姉ぢゃんから避難すんだってばな!」
ええ!? とレジーナが驚く間にも、いいから急げというようにレジーナの手を掴み、オーリンは全力でその場から逃走を開始した。
その尋常ならざる様子を見たイロハも慌てて後に続くと、「顕現せよ、我が下僕よ!」という声がして、秋口の空が暗く変色した。
地の底から這いずり出てくるような微震とともに、ケンちゃんニキビの背後から後光のように黒い霧が立ち上る。
その黒い霧はせめぎあい、渦巻き、やがて人の形を成し始めると、ゴォ……と生臭い風が吹き、白茶けた大地に砂埃を巻き上げた。
大きい――それは人の形をしてはいたものの、通常の人間の三倍はありそうな体躯だ。
頭と思しき部分にはまるで牡山羊のような角がとぐろを巻き、血の赤に光る双眸が異様な光を発した。
開いた両手にはそれ自体が腕ではないかと思える太い鉤爪が並び、陽光を受けてぬらりと妖しく輝いている。
「どうだ! これが俺たちがゲットしたホロレア死霊だ! 数百年前に悪魔と契約したまま死んだ魔人の死霊だぞ!」
ウィーッイッイッイッ! と、異様な笑い声でケンちゃんニキビは笑った。
「コイツと契約するのには苦労したぞ! 三人分の魔力を使う上、奴隷ハーレムの使用権を半年分明け渡さなきゃならないけどな! このヤンキー女め、お前が奴隷ハーレムの第一号になんだかんな! 今のうちに大人しくギブした方が……!」
言い終わらぬうちに、トキが地面を蹴った。
まるで瞬間移動か何か、という速度であっという間に間合いを詰めたトキに、ケンちゃんニキビは一瞬、ほぇ? と間抜けな声を発した。
左手で、垢染みたローブを内側に巻き込むようにふん掴み――。
大きく振りかぶられた木の珠つきの右拳が、なんの容赦も遠慮もなく、ニキビ面に突き刺さった。
ゴ! と、凄まじい音が発し、思わずレジーナは顔を背けた。
背けた後、ゆっくりと視線を戻すと――ケンちゃんニキビは激しく鼻血を吹き出させながら、目だけで呆然とトキを見つめていた。
「え――?」
まだ状況が飲み込めていないらしいケンちゃんニキビに、トキは薄く笑った。
「おーおー、こりゃ確かに凄い死霊だな。でも、お前は凄くない、全然弱い」
だよな? というように、トキは胸ぐらごとケンちゃんニキビを揺さぶった。
「だーれがまともに死霊の方とケンカするっつった? テメーをクソミソにボコった方がよっぽど楽しいだろ、ん? 全裸土下座、いいよなぁアレ。私も何回も見てきたよ。いや、させてきたっていうかな――」
まるで夢から覚めた表情で目を点にしたケンちゃんニキビの表情が――次の瞬間、凄まじい恐怖の表情になった。
あ、あう……! とトキの手首を掴んで身体を捩るものの、トキはまるでそういう形の岩であるかのように微動だにしない。
「あ! あぃ、いやっ……!」
「嫌って何がだ? お前から吹っかけたんだよなぁ。お望み通り全裸で土下座させてやるから有り難く思いな」
「うっ――お、おい魔人! なにやってんだ、コイツを攻撃しろ! 命令だぞ! どっ、奴隷ハーレムがどうなってもいいのか――!?」
「無理だよ、アレ見ろ」
トキがケンちゃんニキビの前髪を鷲掴みにし、ぐい、と上を向かせた。
上では巨大な魔人、そしてケンちゃんニキビ以外の二人が――なにかの力によって縛られていた。
レジーナが見たことのない不思議な意匠の文字が鎖のように魔人と死霊術師とを取り囲み、強い力で締め上げている。
その文字の鎖がぎしりと音を立てる度に、魔人は苦悶の声を上げ、声も上げられないらしい死霊術師二人が命乞いをするかのように目だけで哀願した。
「あいっだけの魔人を拘束する緊縛呪か。姉ぢゃん、また腕が上がってらな……」
オーリンの呻くような声に、レジーナはハッと横を見た。
オーリンは食い入るようにそれを見つめている。
「オソレザンのシャーマンキングの十八番だ。悪霊だろうが人間だろうが容赦なく拘束すて、死ぬまで締め上げる特級の拷問術式……生身の人間さかげる術でねぇ、死にくたばった方がマシだ。あの術だば、たとえ地獄の悪魔でも泣いて赦してくれって言うびょんな――」
だがそれだけの術式を展開しているのに、やはりトキが何かを詠唱した記憶はない。
ということはトキもオーリンと同じ、無詠唱死霊術師――ということか。
こんな人間がゴロゴロ巷にいるというのか。
一体アオモリとは如何なる魔境であるのだろうか――。
いや、それ以上に――。
レジーナの背筋がつららを突っ込まれたかのように冷えた。
人をいたぶっているとき、果たして人間はあれほど楽しげな表情をするものだろうか。
今のトキの表情はまさに悪魔の微笑み、汚いネズミをつつき回して虐め殺す残虐なカラスそのものだ。
どうやらあのイタコ、人を痛めつけることに何の躊躇いもないどころか、楽しんですらいるらしい――。
その事実に恐ろしくなったのは、ケンちゃんニキビも、他の二人も一緒だったらしい。
ニタァ、と酷薄に嗤ったトキの顔に、ケンちゃんニキビは絶望の表情で視線を飛ばした。
焦点の合わなくなった目を現実に連れ戻すかのように、トキは平手でその顔を二、三度張った。
「おい、勝手にトんでんじゃねぇよ。奴隷ハーレムの第一歩なんだろ? あと二、三十発、このゲンコでテメーのニキビ全部潰したら勘弁してやっからよ。あぁでも、それまでにくたばらねぇように、丁寧に、慎重に、気をつけて殴んないとなァ――?」
その死刑宣告に、じょろろろろ……と音がして、ケンちゃんニキビの股間から激しく液体が漏れ出し、真っ白い大地を汚した。
「おいお前ら、今がら起こるごどば見んなや……」
オーリンがそう言ってケンちゃんニキビ一行から目を逸らし、ぶるりと震えた。
「姉ぢゃんがああなったらもう止める方法だっきゃねぇでの。あいづには気の毒だども、落ち着ぐまで好きにやらへるすかねぇ。ここだば悲鳴も聞こえねぇ、少しの間、難のがれすべし……」
オーリンはそれきり、姉に背を向け、膝を抱えて膝頭に顔をうずめ、何も聞こえない貝になった。
避難――とは、これから起こる惨劇からの避難だったのか。
そんな弟の恐怖を知ってか知らずか――。
黒と金のどぎつい色の鴉は、再び悪魔の微笑みで嗤った。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読まへ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





