幕間:キガサッタ・フト(聞こえし者)
「知っての通り、先日、我らが兄弟アルフレッド・チェスナットフィールドが身罷った」
そこは――何もない空間だった。
人も、光も、物体も、塵埃でさえ何もない、世界からまるごと切り取られたかのような闇の空間に、ただ朗々と声だけが聞こえ続ける。
「我らが兄弟を失うは十指のうちのひとつを失うが如し。我らは謹んでその死を悼む。兄弟よ、どうか我らが神の御下で安らかにあれ」
嗄れた声でなされた弔事の後、小馬鹿にしたような女の笑い声が混じった。
「どうせ彼のことだから、いつものように大袈裟に自分の出自を嘆いて死んでいったんでしょうね。情けない男――」
ケラケラと、女の声は嗤った。
「どうして彼はああも卑屈だったんでしょうね? いつまで経っても自分から光の方に歩いていこうとしない臆病者だった。あんなに綺麗な顔してるのに性格はウジウジで最悪、勿体ないったらありゃしないわ」
「口を慎まんか」
別の声が女の声を叱責した。
「今日は通夜の席ぞ。兄弟の死を嗤うことは許さぬ。彼も等しく正しき神に愛された者だったのだぞ」
「へぇ、その愛された者が命令違反なんかするのか」
再び、別の声が茶化すように割り込んだ。
「あいつは一人で勝手に暴走して勝手にくたばっただけだ。誰もベニーランドを皆殺しにしろなんて言ってねぇのによ。与えられたスキルをちょろまかして、自分の復讐に利用した。それこそカミサマへの冒涜ってもんじゃねぇのか、え?」
荒々しい口調で吐かれた正論に、しばし空間は沈黙した。
そう、彼ら『兄弟』の一人――アルフレッド・チェスナットフィールドは、事実だけを見れば間違いなく暴走していた。
彼らが信じる神より与えられたスキルを悪用し、個人的な復讐を成し遂げようとした経緯はこの場の全員が知っている。
血よりも固い絆で結ばれているはずの一人が、そんな情けない行為に走ったということ自体、少々認めたくないことではある。
再生なき破壊――それはこの場にいる全員が最も忌むべき思考であり、してはならぬことだとわかっていて然るべきだ。
彼は自分の身に余る力を手に入れた途端、その力に呑まれてしまったと考えて間違いなかった。
ハァ、と、呆れたような野太い溜め息が空間を震わせた。
「確かに――我らの使命は、彼には少々重すぎたのかも知れぬ」
嗄れた声が、心底後悔するような色を帯びた。
「今一度確認する。我ら殉教者の使命は、破壊ではなく再生――世界の更新だ。各自、それはわかっておるな?」
その問いに、無言が応えた。
「我々は穢れた神から世界を奪還し、広くその教えを述べ伝えんとする者だ。世界を正しい形に更新させる――それこそが我々の、我らが信ずる神の望まれることだ、そうであろう?」
「それもどうなんだかな。何せ、俺たちのカミサマは何言ってるかわからないからな」
皮肉で応えたのは若い男の声だ。
その声に、嗄れた声が少し沈黙した後、「間もなく、そうではなくなる」と声を発した。
「我らが兄弟の死は決して無駄にはならなかった。彼は遂に見つけたのだ」
一瞬――場に息を呑むかのような沈黙が落ちた。
「何だと――?」
「それはどういう意味よ?」
「おいおい、まさか――」
「ああ」
嗄れた声が、はっきりと嗤った。
「アルフレッドが死の間際に報告してきおった。『聞こえし者』を見つけたと」
その報告に、ほう、と誰かが溜め息をついた。
まるで匣のような空間が、更にしんと冷やされたかのように感じられた。
聞こえし者――彼らがそう称する、ある特殊な力を持った人間。
彼らが、彼らと志を同じくする者たちが、何百年、或いは何千年の間、待ち続けた存在――。
それが、今この時代に現れたと――アルフレッドは死の間際、嬉々としてそう報告してきたのだ。
「聞こえし者、って――! それじゃあ――!」
「ああ。新たな約束の時は近い、ということだ」
嗄れたその声は、明らかに楽しげに聞こえた。
「兄弟たちよ、穢れし偽りの神との大戦は近いぞ。そうでなければ奴が聞こえし者を地上に降ろしたりするものか」
嗄れた声が一息に喋った。
「そして、我らは遂に我らが正しき神の正しき教えを聞くことができるようになる。千年間、我々の悲願だったことがようやく達せられる。正しき教えを、神の御心のままを、再び地上にあまねく知ろしめる日がやってくる――」
その言葉に、匣の中が俄にざわついた。
ざわめきが収まってから、男の声が言った。
「さて、そうと決まれば俺たちもボヤボヤしてられねぇな。そんで――誰が『聞こえし者』を迎えに行くんだ?」
逸った男の声を、嗄れた声が嗜めるように応えた。
「現時点ではその儀には及ばず。我らが神より必ずや取り計らいがあるはず。穢れた神を調伏し、世界を更新するための機会は――必ずや我らが神によって用意される。焦るべからず、今はそれをただ待つべし」
「あらあら、随分呑気ね。聞こえし者は私たちの味方ってわけじゃないのよ? 千年前と同じように偽りの神に奪られちゃわないかしら」
「ああ――その過ちだけは繰り返さぬようにしたいものだな」
誰かの声がふふふと笑った。
そう、二度と過ちは繰り返さない――穢れた偽りの神に地上の支配を許してしまった、あの千年前の過ちは。
「よいか、我らが神の、そして我らの悲願成就の日は近い。兄弟たちよ、ゆめゆめそれを忘れるな。通達は以上。我が同胞たちよ、運命の来る日まで健やかにあれ」
言うべきことは言った、という声で、嗄れた声が告げる。
それきり匣の中には沈黙が落ち――再びしばしの静謐の中に沈んでいった。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





