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終章:ベニーランド(宮城県仙台市)

宮殿のある『アヤメ咲く(アイリス)大山』を降り、ベニーランドの市街地へ。

ヒロセ・リバーの流れる岸辺を眼下に眺めながら東に折れた後は、バンスイ・ストリートを北上し、ベニーランド最大の目抜き通りであるジョーゼンジ・ストリートへ入ろうとする。


「急げ! 兵士に見つかったら事だどぅ!」


オーリンが大声を上げる。

思えば、三人は宮殿からここまでほぼ走り通しだった。

既にかなりの距離を走っていたはずだった。

実際、足も重いし、息も切れていた。

けれど――何故かその時のレジーナは、もっと長く、もっと早く走れる気さえしていたのだった。


街は、奇妙に静かだった。

まるで入念に人払いがなされているかのように、すれ違う人すらまばらだった。

王都を凌ぐ百万都市の夜がこんなに静かなはずはなかったが――そのときのベニーランドはまるで人が消えたかのようにしんと静まり返っていた。


息を切らし、背後に追手の気配がないことを確認しつつ、ジョーゼンジ・ストリートに入った途端だった。




まるで夜空を埋め尽くす綺羅星のような輝きが迫ってきて、三人はあっと足を止めた。




「なんだや――これは――?」


あまりの光景を前にして、オーリンが呆気にとられたように空を見上げた。


そこにあったのは、視界を埋め尽くさんばかりの光の数々。

通りに植えられた、(けやき)と思しきどっしりとした木々の枝が――美しい黄色の光に彩られ、物凄い輝きを放っている。

まるで銀河の只中に直接放り込まれたかのような、魂さえ奪われそうな美しい光景に、三人は追われる身も忘れ、しばしその光を眺め続けた。


「どうして――」


イロハが、綺羅星のような光を見上げて呆然と呟いた。


「この光――魔法の光だ。ベニーランドの未来を祈る光の回廊――。冬に、冬に一日だけ灯されるページェント……それがどうして今――?」


イロハがそう言った途端だった。


「いたぞ! プリンセス・イロハ、どうぞお戻りを――!」


その声に、ぎょっと三人は振り返った。

今までどこに隠れていたのか、十数人の兵士たちが数百メートルほど後方から迫ってきていた。

どたどたと、何だか気が抜けたような足音を立てながら駆けてくる兵士たちを見て、頷きあった三人は光の只中に飛び込んだ。


視界全てを埋め尽くす美しい黄色い光の只中を、レジーナたちは必死になって駆け抜ける。

走っても走っても、まるで渦を巻くかのような光の奔流は終わらない。

あまりの美しさに目がくらむようだった。


「プリンセス! プリンセス・イロハ!」


と、そのとき――流れていく通りの陰からそんな声がして、はっと三人は声がしたほうを見た。

そこにいたのは太り肉の婦人だった。婦人は子供のかけっこのように走るイロハに向かって微笑むと、両手を口に添えて大声で叫んだ。


「プリンセス、いってらっしゃい! しっかり食べて大きくなるんだよ!」


え――? とイロハが驚いたような表情を浮かべるイロハに、次は別のところから声がかかった。


「プリンセス、どうぞご無事で! ベニーランドから祈っておりますからね!」


なんだこれは。一体どういうことなんだ?

イロハだけでなくレジーナも驚いているうちに、通りに面した家々の窓や扉が次々と開き、そこから大勢の人たちが顔を出して、走るイロハに声援を送り始める。


「プリンセス、いってらっしゃい! 無茶だけはするんじゃねぇぞ!」

「プリンセス・イロハ! 疲れたらいつでも帰ってきていいんですからね!」

「あんたたちも! ウチのイロハちゃんを頼んだよ! 任せたからね!」

「イロハ、イロハ様! 辛いことがあっても絶対に負けちゃダメだぜ!」

「ちょっと見ない間にすっかり大きくなってまぁ! プリンセス、頑張るんだよ!」

「プリンセス、どこに行ってもベニーランドを忘れないでくださいね!」


「いってらっしゃい」の声援は、まるで流星群のようにレジーナたちに降り注いだ。

まるで自分たちの到着を手ぐすね引いて待っていたかのような声援が、徐々に重くなっていく足を動かし続ける力になった。


「おい、エロハ、エロハって!」


はっ、はっ、と、息を切らせながら、オーリンが空を見上げた。


「エロハよ、お前(おめ)凄ぇな、こんなにみんながら可愛(めご)がらえで――!」


ぐっ、と泣きそうな顔でイロハが俯いた。

もはや投げかけられる愛情に怯えることもなくなったイロハは、雨あられのような声援に向かって右手を掲げた。

その途端、わぁっと、まるで地鳴りのような拍手が沸き返り、光の回廊を揺らした。


光りに包まれたジョーゼンジ・ストリートを抜け、ベニーランドの郊外へ向かう。

酸欠で、貧血で、疲労で――もういつ倒れてもおかしくないほどだった。


頭のてっぺんからつま先まで汗だくで。

それなのに道行く人々の声援は途切れることがなくて。

崩れ、地面に転がりそうになるたびに、人々の声援が励ましてくれる。

その声に支えられるようにして、レジーナたちは夜のベニーランドを走り続ける。


不意に――ばさっ、という羽音が発して、レジーナたちは顔を上げた。

満点の星が煌く夜空を――巨大な影が横切った。


「マサムネ――!」


イロハが汗だくの顔で叫んだ。

ぶわん、と周囲の空気を撓ませながら、隻眼の聖龍――マサムネは虚空に留まり、鎌首を曲げてイロハを見下ろした。


「幼きプリンセスよ、しばしの別れだな」

「ああ、いってくる! マサムネ、そなたにも留守を頼んだぞ!」


イロハの力強い応答に、マサムネは嗄れた、まるで地の底から響くような声で「任せてもらおう」と応じる。


「そなたがどこへ行こうと、そなたがここへ帰るその日まで、我はこの都を永遠(とわ)に護り続けようぞ。我が友、オーリン殿、そしてレジーナ殿、そしてワサオよ――我らがプリンセスのことを頼んだぞ」

「ああ、あんだにもすっかど世話になったなや! マサムネ、きっとまだ会うべしよ!」

「マサムネさん! あなたもきっとお元気で!」

「ワウワウ!」


オーリンとレジーナが大声を上げると、爬虫類のようなマサムネの目が細まった。

笑っている――レジーナにもその事がわかって、思わず笑みが漏れてしまう。


「幼きプリンセス……ズンダーの名を、そしてズンダーの未来を紡ぐ者よ。どうか健やかにあれ――」


それを最後に、マサムネは大きな羽音を立て、夜の空へ吸い込まれていった。


凄い――レジーナは走りながら空に浮かんだ魁星を見上げた。

まるでこの百万都市全体が生き物として声を上げているようだった。

人々が、マサムネが、光が、空に浮かんだ星たちでさえ。

走り続けるレジーナたちにしばしの別れと、そして精一杯の声援を送り続ける。


“いってらっしゃい”――と。







一体、自分たちはどれだけ走ったのだろう。

百万都市の灯が遠くに去った辺り、街の喧騒も遥か後方に過ぎ去る辺りに差し掛かった。

全力疾走が走りになり、走りが小走りになり――やがて誰彼ともなく歩きになった。もう一歩も走れはしない。


「よし――ここまで来れば……追っ手は大丈夫だろう……」


イロハがそう言うと、オーリンが膝に手をついて咳き込んだ。

いつの間にかレジーナたちはベニーランド郊外の、小高い山の中へ差し掛かっていた。

思えばあれだけ明明としていた街の()もすっかりと消え、代わりにささやかな星の光だけが唯一の光源になっていた。


「あー、疲れた(こいじゃ)。こいっだけ走ったのは生まれで初めでだっきゃの。よぐもまぁ……ぶっ倒れねがったのぉ」


オーリンがローブの裾で額を拭いながら言った。

レジーナも、頬に貼り付いた髪の毛を指先で払いながら胸を抑えた。

そのままじっとしていると――しばらくしてようやく普通に呼吸が出来るようになってきた。


しばらく、全員が無言だった。

咳き込んだり、洟を啜ったりしていると――不意に、オーリンが呟いた。


「なんだがさ俺たち(おらだ)、好き勝手逃げでるように見えで――実は上手ぐ追い立てられだんでねぇが」


イロハが、顔を上げた。


「あの兵士たちもさ、本当に俺たち(わだ)ば捕まえる気であったんだべが。なんだがそこらじゅうでタイミングよぐ兵士たちが出はってきて……なんだか、奇妙(えぱだ)だと思わねがったがよ」

「それは――まぁ、確かに――」


そのオーリンの言葉に、レジーナも流石に不審に思った。

あの宮殿の見送り、そしてジョーゼンジ・ストリートを埋め尽くす光、そしてあの声援――。

まるで自分たちがそこを駆け抜けていくことを事前に想定していたかのような、盛大な見送りだった。

自分たちはある一点に向かって、まるで勢子(せこ)に追い立てられた獲物のウサギのように追いやられたのかもしれない。

そう、今自分たちがいる、このなにもない小高い山の上へと。


一体こんな場所に追い立てて、何がしたかったんだろう――。

きょろきょろと辺りを見回していたレジーナの目が、遥か下のベニーランドの方を向いた瞬間――あっ、とレジーナは声を上げた。


「ん? どうしたのだレジーナ? 何か城下に……」




そう言って不審げに城下を見下ろしたイロハの体が――はっきりと震えた。




しばらく――何も言えなかった。

オーリン、そしてワサオまで――眼下に見えるベニーランドの夜景に釘付けになった。


あまりに圧倒的な光景に、誰もが息を飲んでいた。

一体どれだけそうしていたんだろう。


グスッ、と、洟を啜る音が闇の中に聞こえ、レジーナは隣を見た。


「みんな――」


そう呟くのが精一杯だっただろう。

それはあまりに壮大な見送りの光景――まるで光の魔法が創り出したかのような、奇跡的な光景だったのだから。


この光景を自分たちに見せるのに、一体何人が協力したのだろう。

宮殿、兵士たち、街の人々――全てが力を合わせて紡ぎ出したのだろう、壮大な、壮大すぎる旅立ちへの言葉――。

その言葉をしっかりと受け止めたらしいイロハの目から、ぼろぼろ――と、あっという間に大粒の涙が溢れ、頬を伝って地面に落ちていった。


レジーナは思わず、揺れるイロハの肩を支えた。

オーリンがイロハの頭を乱雑に撫で、静かに言う。


「見ろエロハ。ベニーランドがよ、お前()にいってらっしゃいって言って(へって)らじゃ」


その言葉に、嗚咽はますます大きくなった。

イロハの頭が揺れ、何度か大きく息を吸ったり吐いたりして――イロハが深く息を吸い込んだ。




「みんな――いってくる!」




街の灯に向かって、イロハが大声で叫んだ。




「いってくる――必ず、きっと帰ってくる! ありがとう、忘れないぞ! たとえどこまで行っても、私の、私の故郷はここだけだ! 私は、私はそなたたちのことを絶対に忘れないぞ――!」




それだけ言うのが精一杯だったのだろう。

わああっ、と、堰を切ったかのようにイロハが泣き始めた。


「なんだやエロハ、泣ぐなってや。みんな心配する(あんつがる)びの」

「痴れ者が! 私は泣いてなどおらん!」


ひっぐひっぐ、と、盛大な嗚咽を漏らしながら、イロハは全世界に宣言するかのように叫んだ。


「ズンダーの大公息女(プリンセス)は泣かん! 泣くものか! 大公息女は、プリンセスは強いのだ! プリンセスは……私は……わああああああああん!」


体の水分の一切を振り絞るようにして。

愛らしい顔を涙と鼻水でべちゃべちゃにしながら。

イロハは泣かぬ泣かぬと叫びながら泣き続けた。


あまりに強情なイロハに、思わずレジーナはオーリンと向き合って苦笑してしまった。










遥か眼下に広がる夜景――その夜景が、不思議な模様を描き出していた。


美しく弧を描き、整然と並んだ九つの円――。

まるで空に浮かぶ星々が整列したかのように、黄色く輝く街の灯。

どこまでも暖かな光が描き出した、それはそれは巨大な《クヨーの紋》だった。




どこへ行っても、たとえ地の果てまで行こうとも。

この街の()を、この紋章を、故郷(ふるさと)を決して忘れないで――。




揺らぐ大気のせいでまるで星々のようにちかちかと瞬く光が、オーリンに、レジーナに、そして誰よりもイロハに、穏やかに笑いかけていた。






”いってらっしゃい”





ベニーランド編、これにて完結となります。




そして表題でも触れました通り、本作が現在、書籍化企画進行中であります。

このご報告を皆様に申し上げる日が、ベニーランド編が完結するこの日が

東北地方にとって運命の日である3月11日であるというのもなにかの縁というものかもしれません。

書籍については続報をお待ちくださいませ。




つきましては、


「たげおもしぇ」

「続きば気になる」

「まっとまっと読ましぇ」


そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。

まんつよろすぐお願いするす。

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『じょっぱれアオモリの星』第1巻、2022年12/28(水)、
角川スニーカー文庫様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[良い点] 光景を想像して泣いてしまった。とてもよかった。
[一言] ヒカペー懐かしいです。
[一言] ええひとたちだっちゃ。
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