ワザ、ワザ(ワザとだろう)
「プリンセスはいたか!?」
「いいや、こっちにはいない! あっちは探したか!?」
「当然だ! くそっ、どこに行ったんだ……!」
物陰で数人の《金鷲の軍勢》たちが大声を上げて騒いでいるのを、レジーナたちは物陰でやり過ごしていた。
イロハが消えたことにより、すでに宮殿内の騒ぎは大きくなり始めているようだった。
男たちが行き過ぎた後、オーリンが小声で言った。
「おいエロハ、もう一度訊くども、本っ当にこいでいいんだな!?」
「ああ――」
イロハは力強く頷いた。
「一応、暫くズンダーを留守にするという書き置きと手形は残してきた。もしそなたらが万一捕縛されるようなことがあった場合は、私が超法規的にそなたらを解放させる。その場合はそなたらだけでベニーランドを出よ、よいな?」
そう言ったイロハを振り返らないまま、オーリンは「馬鹿こげ」と素っ気なく否定した。
「一度連れて行ぐって喋たんだ、俺らだげでベニーランドを出はれるわけねぇずんだ。その時は俺が力ずくでも追っ手ば巻いてやる、心配するな」
一息にそう言ったオーリンに、一瞬驚いたような表情を浮かべたイロハは、やがてフッと笑った。
「正気か? そなたはベニーランドを全て敵に回しても私をここから連れ出してくれると?」
「なも。昔っがらお姫さんづうのはそうすてお城がら連れ出すもんだべ。相場が決まってるってだげよ」
「ふぅん……オーリン、そなたのことはただの田舎者だとばかり思っていたが、なかなかどうして洒落たことを言ってくれるではないか」
「褒めでくれでどうも。多少上がら目線だどもな」
「しっ! 誰か後ろから来ます!」
レジーナが言うと、二人はお喋りをやめて物陰に貼り付いた。
どたどた……と甲冑の足音が行き過ぎた瞬間を見計らい、三人と一匹は物陰から這い出した。
「エロハ、どっがらベニーランドば出る!?」
「まずは宮殿を出た後、川を渡って北を目指す! 大通りならば人通りが多くて紛れるのも容易いはずだ! ストリート・ジョーゼンジを目指そう!」
「アエキタ! 先導はお前に任せだどぅ!」
しばらく、深夜の人気のない廊下を走る。
イロハが消えてからまだ時間が経っていないためか、宮殿のこの区域には追手が着ていないと見えて、静かなものだった。
イケる、このままなら――と思いながらレジーナたちが角を曲がった、その瞬間だった。
あ、という声が向こうから発し、全員がぎょっと立ち止まった。
そこにいたのは、兵士二人――悪いことに、バッチリと目が合ってしまった。
しまった――レジーナは舌打ちしたい気分だった。
彼らが仮にイロハの捜索に駆り出された兵士でないとしても、客人であった冒険者がプリンセスを連れて歩いているのだ。
こんな深夜にどこへ行くつもりだ、と詰問される可能性は十分にあったし、事実そうするのが彼らの仕事だろう。
くっ、と奥歯を噛み締めたオーリンが右手を掲げようとするのを、「待って!」とイロハが止める。
この状況をなんと言い訳をするつもりなのか、イロハは覚悟を固めたような表情で一歩前に進み出た。
と――そのときだった。
急に、目の前にいた二人の兵士がこちらから視線を離し、無言で明後日の方向を向いてしまった。
え? と呆気に取られているレジーナたちの前で、兵士二人は不自然極まりない態度で首筋に手をやったり、かすれた口笛なぞを吹いたりし始める。
何が起こっているのかとんとわかりかねているレジーナたちを無視して、兵士たちはやがてくるりとこちらに背を向けた。
「行こうぜ」
「ああ」
なんだか、こちらに聞かせているかのような不自然な大声を上げて、兵士たちは廊下を曲がってどこかへ消えていった。
しばらく、誰も何も言えなかった。
それはまさしく『私は何も見ていません』のポーズそのもので、わざとらしいにも程がある所作だった。
一体何が――とぽかんとして、三人は視線を交錯させた。
「いたぞ! なんとしてもプリンセスを確保しろ!」
急に――背後から大声が聞こえてきて、三人は驚いて顔を上げた。
十数人の兵士たちが手に手に武器を持ち、なんだか殊更な大声を上げて迫ってきていた。
「やべぇ! 逃げるべぁ!」
オーリンのその言葉をきっかけに、三人はまた走り出した。
走りながら――どうにもこれはおかしい、とレジーナは思い始めた。
いくら深夜だからとは言え、いくらなんでも人と会わなさすぎる。
人とすれ違わないどころか、各所各所で警備の兵すらほとんど見ていない。
宮殿というものが普段どのように稼働しているかなどレジーナにはわからないが、これではまるで侵入者に入ってきてくれと言っているも同然のザル警備ではないか。
それに、さっきの兵士たちの挙動――アレは考えるまでもなく不自然だ。
まるでイロハがベニーランドを出ていくことを知っている、否、それどころか、どうぞこの宮殿を出ていってくれと言わんばかりの態度だった。
一体全体、何が起こっているんだろう。
そう考えているのは、オーリンも、そして当事者であるイロハも同じらしかった。
何だか釈然としないような表情を浮かべながらも暫く走って、宮殿の正門がある区画、宮殿の南に来た。
「エロハ、正門から出んのが!?」
「どうも他の出口はすでに固められているらしい! 方法は考えておらんが、とにかく正門を突破するしかない!」
「わい、本気がよ! どう考えても無茶でねぇのが!」
「ああ、無茶も無茶だな! しかし――」
イロハはそこで口を閉じ、何かを考えるかのように視線を下に落とした。
さっきの兵士たちの不自然な行動の真意を考えているのか、あるいはもっと違うことを考えているのか。
とにかく無言になったイロハにそれ以上尋ねるわけにもいかず、三人は正門の前まで来た。
広い、否、広大であるとさえ言える宮殿のエントランスまで来た。
一旦物陰に身を寄せ、エントランスの様子を伺う。
場所が場所だけに、流石に警備の兵たちがいたが――再びここでレジーナたちは不審なものを見ることになった。
やっぱり、何かがおかしい。
人が多い――否、今度は多すぎる。
見たところ、エントランスの広大な空間には、様々な服装をした人々が数百人もすし詰めだった。
しかもまるで誰かを迎えるかのように、エントランスから敷かれた赤い絨毯の両脇に整然と並び、沈黙している。
その脇を固めるように、兵士ではない侍女たちやメイドたち、そして料理人姿の人間までがずらりと並んでいるのは一体どういうことなのか。
その中にはさっきまでレジーナたちの面倒を見ていたあの口ひげの男までがいて、意図の知れぬ無表情でぼんやりと天井を見上げていた。
まさかこんな深夜に来客予定があるわけでもないだろうに、その場に居並んだ人間たちは確実に何かを待っていた。
思わず息を飲んだレジーナの横で、オーリンが流石に動揺した表情を浮かべた。
「おい、エロハ――!」
「ま――待ってくれ!」
まさか、と言いたげな表情で、イロハが物陰から這い出た。
「おっ、おい!」というオーリンの声も無視して、イロハはおっかなびっくり、広いエントランスの只中に出ていく。
居並んだ人々は――無言だった。
それどころか、誰一人イロハと目も合わせようとしない。
まるでイロハが透明人間にでもなったかのように、徹底してイロハを無視している。
なんだ、一体何なんだ。
まるで悪趣味な喜劇のような光景に、レジーナはオーリンと目を合わせた。
「行っても――いいってことですかね」
レジーナが思わず口に出すと、えっ、とオーリンが驚いた表情を浮かべた。
返答を待たず、レジーナも立ち上がり、きょろきょろとしているイロハの背後に近寄った。
相変わらず、エントランスの広間に居並んだ人々は微動だにしない。
その様子を見て、やっとオーリンも物陰から這い出てきた。
「行こう」
覚悟を決めたイロハが、そう言った。
まるで切り通された道であるかのような赤い絨毯を踏み、きょろきょろと辺りを見回しながら、三人は人々の間を歩いた。
巨大な正面入口の扉の前に来た。
口ひげの男が進み出てきて、両脇を固めた兵士たちに目だけで何かを指示する。
その途端、扉が兵士たちによって開かれ――真正面に、百万都市ベニーランドの美しい夜景が見えた。
思わず、レジーナたちは口ひげの男を見た。
口ひげの男はまるで三人をいざなうかのように、無言で微笑みを浮かべた。
いってらっしゃい。
口ひげに半ば隠された唇が、声を出さないまま、そう動いたように見えた。
それを見て、まるで感電したかのようにイロハの小柄が硬直した。
と、そのとき。レジーナは背後を振り返って――あ、と声を上げた。
固まっているイロハの肩を叩いて背後を振り返らせた先で、居並んだ人々が一斉に床に跪き、無言のまま、恭しく頭を垂れた。
イロハの出立を謹んで祝うかのような、無言のメッセージ――。
その圧倒的なメッセージを受け取ったイロハの息が、震えた。
「行ってくる――」
イロハが、震える声でそう言った。
「行ってくる――行ってくるぞ、皆のもの! 私は必ず帰ってくる! それまでにきっと留守を頼んだぞ! 見送りご苦労、いや……ありがとう! ありがとう、みんな――!」
言葉は、それ以上続かなかった。
全員が無言のまま顔を上げ、イロハに微笑みかけた。
ぶるぶると震えながらそれを見ているイロハの肩を、レジーナは叩いた。
「行きましょう」
イロハが何度も頷いた。
そのまま、三人は広い正門前の石畳を抜け、夜のベニーランドに向かって駆け出した。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





