タンゲ・メ・デャ(すっごく美味しいじゃないか)
「明日、そなたたちは新たなる場所へ旅立つ。今晩の馳走は、我がズンダー家への、ベニーランドへの、そして何よりも……私への、そなたらの協力と献身を深く謝して供するものだ」
プリンセスの声そのものでそう言ったイロハは、いつもの見慣れた動きやすい服装ではなかった。
頭には巨大な宝石がいくつも光り輝くティアラを乗せ、ひと目で上等とわかる仕立てのドレスに身を包んでいる。
おそらく、レジーナが一生かかって働いたとしても、今イロハが身につけているもの分の金額は稼ぎ出せないに違いない。
最初はもっとこぢんまりとした食事会を予想していたのだけれど――。
イロハの挨拶を聞きながら、レジーナは周囲を盗み見た。
宮殿の、まるで運動場ではないかと疑いたくなる程の大広間には、重武装の《金鷲の軍勢》が勢揃いし、一分の隙もない服装のメイドたちがずらりと並び、二人と一匹でしかない客をもてなそうとうずうずしている。
正直、ここまで豪華にしてもらうと、料理の味などわからなくなってしまうのではないかと思わせるほどの歓待ぶりだった。
「成り行きとは言え、そなたたちには本当に世話になった。我が一族の因縁に付き合わせてしまった挙げ句、そなたらにベニーランドの命運まで預けてしまった。大公息女として、そしてズンダーを代表するものとして、そなたらには深く陳謝する」
イロハは少しだけ頭を下げた。
その頭を下げさせることが如何なる意味を持つことなのか、レジーナにだってわからないはずはなかった。
豪勢な食器と調度品を前にし、しゃちほこばって椅子に座るレジーナは、恐縮する気持ちでイロハの挨拶の終わりを待っていた。
「まぁ、堅苦しい挨拶はこれまでにしよう。今日は気絶するまで飲み、食べ、騒ぎ、そして何も心置きなく旅立ってほしい。ベニーランドが誇る珍味の数々を、たとえ地の果てに行っても忘れてくれるなよ――」
イロハがグラスを掲げ、乾杯の挨拶をした。
それと同時に、ずらりと居並んだメイドたちが一斉に動き出した。
「ややや、すっかり国賓待遇だなぇ。レズーナ、すげぇな」
オーリンが半ば呆れたように苦笑した。
確かに、これは正しく国賓待遇と言えるだろう。
ただのしがないイチ冒険者には過ぎる歓待ぶりに、レジーナは改めて凄い人と知り合ったものだ、と今更ながらにその事実を嬉しく思った。
「さぁさぁ、どんどん料理が運ばれて来ますよ。今夜はベニーランドの山海の珍味を胃袋が破裂するまでご堪能ください!」
口ひげの男がまるで舞台役者のように両手を広げて謳い上げた。
それと同時に、純白のテーブルクロスの上に次々と皿が並べられた。
これは――見たことのない料理だ。
白いライスの上にぎっしり敷き詰められているのは、鮮やかなピンク色に照り輝くサーモンの切り身、そして宝石のような紅い魚卵だ。
まるでそれ自体が工芸品のような鮮やかな色合いの料理に、思わずレジーナは声を上げた。
「おおっ、これは……!」
「素晴らしい色合いでございましょう? ズンダー名物、ハラコ飯ですよ」
口ひげの男が指先で髭を撚りながら説明した。
「当地方では古くからサーモン漁が盛んでしてな。まさに山海の珍味を一度に召し上がることのできる料理ですよ。サーモンの切り身とイクラの取り合わせは色合いだけでなく味も絶品でございます。さぁ、召し上がれ」
「わい、イグラだじゃい!」
説明を聞きながら、オーリンはまるで子供のように顔をほころばせた。
「懐かすぃなぁ、アオモリを思い出すぜホニッ。アオモリの人々でばうんとこいづが好ぎなんだ。――すみません、醤油くれるが?」
オーリンが手を挙げて言うと、すぐさま醤油の小瓶が運ばれてきた。
それをいそいそと受け取ったオーリンは――何のためらいもなくハラコ飯の上に醤油をかけ……否、注ぎ始めた。
「えっ――!?」
一瞬、場の空気が凍った。
じょー……と音を立て、醤油はハラコ飯の上に注がれてゆく。
醤油の色でハラコ飯の鮮やかな暖色はあっという間に黒く変色していった。
口ひげの男も、メイドたちも、そしてレジーナもイロハも、呆気にとられてそれを見つめているが、ひとり恍惚の表情を浮かべるオーリンはその視線に気づいていない。
小瓶の半分ほども注いだだろうか。
すっかり醤油でヒタヒタになったハラコ飯をスプーンで一口口に運んだオーリンは、うっとりと溜め息をついた。
「すっごく美味だ……」
ああ、そう言えばこの人、滅茶苦茶な塩党だったんだっけ――。
レジーナは一ヶ月も前に食べたカヤキの凄まじい塩味を思い出していた。
あの時は本当に、口の中に芝刈り機か何かを突っ込まれたかと思ったが、やっぱりあれは嘘でも幻でもなかったのだ。
いや、なんだか知らないがアオモリの人はみんな塩辛いものが大好きらしいが、それにしてもこれは……。
「さ、さぁ! 次々と料理は運ばれてきますよ! お前たちも散れ! 仕事仕事!」
口ひげの男が気を取り直すように言い、メイドたちも頭をどつかれたかのようにハッとして仕事に戻っていった。
料理は次々と運ばれてきて――やがて本格的な宴が始まった。
◆
「……んでそのどぎさ、俺の魔法がオークにクリティカルヒットさ。なも造作もねぇごったね、あんさなものなど一捻りださな。魔導師でばどんなどぎも、ちんとして、冷静でねばならねぇんだ。わがるべ?」
「え、ええ……それはそれは……」
「なんだやその反応? まぁいいべ。んでさ、その後ば冒険者パーツーのみんなでダンジョンさ潜たの。すげぇんだどシンジュークの地下ダンジョンは。一瞬で自分がどのどさいるがなんてわからなくなるの。攻略には来世紀までかがるって話だずおな。そごさ潜たらなもかもハー黴臭くてさ。俺が光魔法で先さ立って歩き始めでな。危険なんだじぇパーツーの先頭っつのは。わがるべ? なや? な?」
「あ、はい、そうでしょうねぇ……あはは……」
「んでさほでさ……」
オーリンは赤い顔で口ひげの男をヘッドロックし、延々と過去の自慢話に花を咲かせ――否、一方的に管を巻いている。
どうもこの男、酒はかなりイケるクチのようだが少々酒癖が悪いらしい。
まぁ百歩譲ってこの自慢話を聞いてやるにしても、この訛りではそもそも何を言ってるかわからないから二重で困惑するだろうな――レジーナは嗜む程度にシャンパンを飲みながら苦笑した。
宴会の開始からもう二時間も経過しただろうか。
イロハは宴の途中から「やることがある」と言って中座してまだ席に帰っておらず、後は延々とオーリンとレジーナだけで食事を楽しんでいる。
はらこめし、牛タン、温麺、フカヒレのスープ、イチゴのシャーベット……これを全て食べるとなるだけで年収分は使い果たすのではないかと思える豪勢な料理の数々を腹に入れて、流石に満腹になってきた。
「んでなほでな、そいで俺が『こいだば左行った方がよぐねぇが』って喋たらさ、他の連中でば『いいや右さ行ったほうがいい』って喋りやんの。左でば歩ぐ時間でば長いけども安全な道なんだ。右は近ぇども危険な道なんだもな。冒険者でば少し臆病なぐらいがいいんだ。俺がいいや絶対左だべやって喋ったら、えづらも大層主張するんだもなー、いいや絶対右さ行ぐってムキになるなんの。パーツーずのは本当に面倒くしぇもんだじぇ。喋れば喋たで喋らえるし喋ねば喋ねで喋らえるしなー」
「あっ、あのっ! お前たち! 客人もそろそろお疲れのご様子だ、デザートをお持ちしなさい!」
口ひげの男がヘッドロックをかまされたままメイドたちに号令した。
すぐさま運ばれてきた、なにか鮮やかな色のもの――それを見たレジーナは、しばらく器の中を観察した。
これは――見たことのない料理だ。
白い団子に、輝くような緑色のソースがかかっている。
王都では見たことがないデザートだった。
「これは――?」
「おお、なんだやこいづは? ――おいあんだ、説明せ」
「これこそがベニーランドの象徴、ズンダー餅です」
オーリンに頭を揺さぶられると、口ひげの男は説明を始めた。
「枝豆を磨り潰して餡にし、白玉餅にかけてございます。これは数百年前、このベニーランドを開いた初代ズンダー王が発明した料理だと伝わっております」
「えっ、初代ズンダー王がこの料理を?」
「ええ、当家の紋章である《クヨーの紋》にもこの餅があしらわれていることからも、この菓子がベニーランド成立の歴史に深く関わっていることがわかります」
ガッチリとヘッドロックされたままだというのに、口ひげの男の口調は流暢だった。
「初代ズンダー王がここベニーランドを都として定めた時、この土地は痩せておりましてな。どんな作物もあまりよく育ちはしませんでした。初代ズンダー王は農民たちの困苦を見かね、痩せた土地でもよく育つ大豆の栽培を根気よく奨励したと聞いております」
それはイロハからも聞いていた。今でこそ百万都市として大陸中に名声を馳せるベニーランドも、もともとは人の住めない不毛の大地だったのだ。
「大豆はこの地でもよく育った。同時に初代ズンダー王が初めた土壌改良や治水が実を結び、ようやく農民たちの生活も安定した。農民たちは初代ズンダー王の偉業を讃え、この餅の製法を代々伝えたと言われております。当家の紋章にこの餅があしらわれているのは、初心忘れるべからずの精神――ベニーランド、いや、ズンダーの歴史すべてが、この小さな餅から始まったことを示しているのですよ」
へーっ、と、レジーナは器の中を覗き込んだ。
今や王都をも圧倒する勢力を誇るベニーランドに、そんな苦闘の歴史があったとは。
大公家の紋章に餅団子を使うなんて最初は奇妙な話だと思ったが、それには初代ズンダー王がこの地に注いだ情熱を示すものなのだ。
「さぁさぁ、耳で聞くのはもう十分です。どうぞ召し上がって、ズンダーの歴史を味わってくださいませ」
そう促されて、レジーナは団子に刺さっている楊枝をつまみ上げ、一口で食べた。
途端に――ふわっと感じた甘さの後に、枝豆の風味が爽やかに口内を満たした。
どこか青臭いとも、懐かしいとも思える味に、頬の一部がきゅうっと痛くなり、んーっ、とレジーナは嬉しい悲鳴を上げた。
「おお、こいづはなかなが美味もんだなや……ホレ、あんだも食え」
「あ、いや! け、結構です! お客様のものを食べるなんて……!」
「何遠慮すてっけな。ホレ、ばくっと行げ、行げって」
「あ、ああ! ヒゲが! ヒゲが汚れます! わかった、食べます! 食べますからお手をお離しください……!」
「ちょ、先輩! いくらなんでも無礼講すぎますって!」
レジーナがたしなめても、泥酔したオーリンは聞いているのか聞いていないのか不明な表情だ。
オーリンに頭を抱えられたまま、口ひげの男は緑色になった口ひげを震わせて大騒ぎをした。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「ずんだシェイクは日本の宝」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





