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セバダバ・マイネ・ビョン(それじゃあダメだろう)

「ぷ、大公息女(プリンセス)……!?」




そう、王家をも凌ぐ富、名声、力を保有する、この国で最も影響力のある存在、ズンダー大公家。

その発言は国際情勢をも揺るがし、そう願えば太陽や月星の運行さえ真逆にしてしまえるほどの力を持った存在がズンダー大公という存在である。

それが、その存在こそが、こんな小さな少女……!? その身に小国一国と同等の力を秘める、圧倒的な存在であるというのか。


レジーナの素っ頓狂な悲鳴に、フフン、と少女が得意げに鼻を鳴らした。


「そうそう、それでよい。それこそが然るべき反応である。先程の私への献身を鑑み、今までの無礼は平に許して遣わそう。だがそちらの男、そなたの先程の一発は……」

「プリンセス……い、い、いんろは、ごろはぢ……」


ブツブツとなにか小言を言いながら、オーリンは四苦八苦と表情を歪め、それから憐れむように少女を見た。


お前()の名前、エロハってんだが。呼びにぐい名前すてんなぁ……」

「なっ……!? そっ、そんなこと言われたの初めてだぞ! たった三文字だろうが! これ以上なく呼びやすいだろう!」

「イの後さロが来る時点でもう……みどりの窓口だけんた名前だね……エロハ、これで()な?」

「エロハになっているではないか! イだ、イ! いろはにほへとのイロハだ! 人をエロガッパみたいに呼ぶな!」

「アオモリでばイもエも一緒(ふとづ)だっきゃ。エロハ」

「だぁぁーもう! 不敬も不敬だぞ貴様! キィーッ!」


ドスドス、と地団駄を踏んで、少女――イロハは憤慨した。

それを見ていたアルフレッドが困惑したようにイロハを見た。


「プリンセス……」

「ぐぬ……もうよいアルフレッド。話が前に進まんのでな。それにこの男にも別に悪気があるわけではないらしい。単なる何喋っているかわからん田舎者ということで、これも平に許して遣わそう」

「は。ご憐憫の籠もったお言葉、誠にご立派でございます」


途端に、アルフレッドは剣を鞘に納めて畏まった。

なんだか一方的に許す許さないを決めるイロハは、うぇっほん、と咳払いをひとつして、それから再び口を開いた。


「大公息女、イロハ・ゴロハチ・ズンダー十四世の下問である。そなたらは一体何者だ? 何故ここにいる?」

俺たち(わだ)ばの……」

「あ、いいです先輩! 私が説明します!」


レジーナは口を開きかけたオーリンを遮って説明した。

どうせオーリンの操る言葉は、自分が【通訳】しなければ他人と意思の疎通など不可能なのである。


「私たちはズンダー大公家の執政と将軍閣下の依頼を受けてこの島に来た冒険者です。ある高貴なる方を連れ戻すように、との依頼で……」


ごくっ、と、レジーナは唾を飲み込んでから、確信を持って問うた。


「連れ戻すように言われたのは、あなた、なんでしょうね……」


レジーナの言葉に、何故なのかイロハが顔を歪め、ハァ、と溜め息を吐いた。


「全く、執政と将軍の考えそうなことだ、あの仲良しどもめ……。私はしばらく戻らぬとあれほど言っておいたではないか。それをこんなみすぼらしい冒険者まで雇って連れ戻そうとするとは」


呆れた、というように再びため息を吐いて、イロハは宣言した。


「それでは一言伝言を願おう。私は戻らぬとな」

「ちょ、それでは……!」

「それでも二人が四の五の言うようであればこう述べ伝えよ。――私は必ずやこのマツシマで祖先の誓いを立てて帰る、と。そうすればあの二人も手ぶらで帰ったそなたらをズンダー名物・油風呂に座らせるようなことはすまい」

「祖先の誓い?」


オーリンが口を開いた。


「なんだっきゃ、その誓いっつうのは?」


その問いに、イロハは視線を落とした。


「それを説明するには、我が一族の成り立ちから説明せねばなるまいな……もともと、ここベニーランドは中央から遠い、未開の辺境の一部だった」


すっ、と、その場の空気が変わった気がした。

今の今までは少女そのものとしか思えなかったイロハの声が、落ち着いた、威風ある姫君の声になった気がした。


(ひし)めく魔物たち、諍い合う人間たち、痩せている土、暴れる大自然――およそ五百年にも前になろう昔、この地はとてもではないが今のように人間たちが繁栄を謳歌できるような場所ではなかったと聞いている」


十四歳という実年齢、そしてその実年齢よりも随分幼く見えるこの見た目からは想像できないような流麗な口調で、イロハはベニーランドの歴史を語る。


「そこに現れたのが我が高祖、初代ズンダー王だった。彼は圧倒的な統率力と武力で散在していた周辺部族をまとめ上げ、この地に跳梁跋扈していた魔物を討伐し、治水と街の整備を行い、人間たちが生きることのできる世界を切り拓いた。それが我ら栄えあるズンダー大公家の事始め、今や王都を圧倒する百万都市・ベニーランド開闢(かいびゃく)の物語だ」


イロハはそこで言葉を一旦区切った。


「その初代ズンダー王――終生力を追い求め、力を奉じた彼が、若き頃に将来この辺境の王となる誓いを打ち立てた場所、それがこのマツシマ群島だ。彼はこの()しき島々に籠もり、海を渡り島を渡り、力を得て王となった。それである故、このマツシマ群島は聖域としてズンダー大公家が庇護しておる」


ただ外から見ていれば美しいだけの島々に、そんな隠された歴史が――。

レジーナが何故か胸打たれたような気持ちでそれを聞いていると、イロハは何らかの決意を固めた表情になった。


「今、私もその高祖と同じ誓いをここで打ち立てんとしておる。この島々で己を鍛え、磨き、力ある王となるために。大公息女として、ズンダーの王として、ゆくゆくは三百万にもなんなんとする民を背負って立つ人間になるために、な」


フンッ、と、そこでイロハは鼻を鳴らした。


「どうだ、雄々しいであろう?」


自慢げに腕を組み、胸をそらしたイロハに、レジーナとオーリンは顔を見合わせてしまった。


随分立派な志、といえば、その通りだっただろう。

なにせ年齢はともかく、目の前にいるイロハは小柄も小柄で、身長などはレジーナの肩、割と長身の部類に入るのであろうオーリンのそれにいたっては半分程度しかない。

こんな可憐で華奢な少女がそんな大層な覚悟を固めて宮殿から逐電するとは……全く呆れる、とも言えるが、反面、見上げたものだとも言えた。


けれど――それが今の所不首尾に終わっているのだろうことは、先程のゴーレムとの戦闘を見ていればわかった。

何しろ先程の戦闘では、イロハはゴーレム相手に全く手も足も出ていなかった上、踏み潰されそうになると真っ青になっていたのだ。

だいたい大公息女、つまり奥の院に閉じこもっていて然るべき大家のお姫様が剣……もとい木刀を振るい、魔物に飛びかかっていること自体、既に滅茶苦茶なことであろう。


よくぞ今まで死なずに生きてこれたな、と思ったのは、オーリンも同じだったらしい。

オーリンの興味がイロハから離れ、側に畏まっているアルフレッドに移ったようだった。


「なるほどなぇ……この護衛さんのおかげでなんどが今まで死にくたばらねぇで生ぎでこらえだど、そういうごどだびのぉ」

「なっ……!? わっ、私だってちゃんと戦っとるわ! 見たであろうさっきの勇姿を! ゴーレムに飛びかかってその頭を……!」

「護衛さんよ、お前()ば何者だぇ? さっきのゴーレムば斬った(きたぐった)腕、実に(わや)見事であったども」

「おい、無視するな! 我が名刀《月》と《調》は鉄をも砕く必殺の……!」

「護衛さん、あなたは何者なんですか?」

「ああ……」


銀髪の眼鏡の青年は居住まいを正して頭を下げた。


「私はズンダー大公家が禁裏護衛官主席……いえ、要するにプリンセス・イロハの護衛を勤めております、トーメ伯アルフレッド・チェスナットフィールドと申します。あなた方はプリンセス・ゴロハチを助けてくれたたようですな。私からもお礼を」


そう言って、青年は筋金でも入っているかのように真っ直ぐな背中をわずかにかがめた。

さっきゴーレムを両断してみせたこともそうだが、この立ち居振る舞い、そして武張ったところのない雰囲気、いずれもが相当の使い手であることを示している。


あらかた全ての説明が終わったところで、ほう、とオーリンが溜め息を吐いた。


「まぁ、プリンセスだの誓いだの、そんなことは(すたごだ)()さばわがんねけどよ……とにがくお前()、帰んのが帰らねぇのが」

「は? え? なんだって?」

「ああ、とにかくプリンセス・イロハ、あなたは宮殿に帰るつもりはないんですね?」


レジーナが【通訳】すると、くどい、とイロハは言い切った。


「私は戻らぬ。この地で結果を残せねば帰っても仕方がないのだ」

そんなこといっても(んだたて)お前()さっき(さきた)ばゴーレムさ思い切り(ノレソレ)ボコボコにされて(ふったづけらえで)いだでねぇがよ。それでは(せばだば)どうしようも(まいね)ないだろう(びょん)

「……? さっきからそなたは何語を喋っておるのだ? ダバダバ……?」

「プリンセス、どうすればあなたは宮殿に帰ることができるんですか?」


よかった、今のオーリンの言葉が通じていたら、このちんちくりんの姫は真っ赤になって憤激したことだろう。

レジーナが罵声の部分は除いた上で先回りをしてみると、イロハは「それは……」と言いかけてから、あ、となにかを思いついた顔になった。


「そういえば……そなたたち」

「は、はい?」

「お主はともかくとして、そこな何を喋っておるのか皆目わからん芋臭い男」

「なんだば?」

「お主、なかなかの使い手のようだな。私をも凌ぐ力を持っていたあのゴーレムを、満足な抵抗も許さずねじ伏せるとは……その力、まぁ、一部は私に匹敵すると評価してやってもよい」

「はぁ、そいづはどうも」

「そこでだな……そなたら」


イロハは、その小作りの顔に似合いの、実に憎たらしい笑みを浮かべて微笑んだ。


「イチ冒険者でしかないそなたらを、この私がこの島で誓いを立てるまでの、臨時の護衛として雇い入れてやろう。――どうだ、光栄であろう?」


護衛?

レジーナとオーリンが顔を見合わせると、イロハは腕を組んだまま、んふー、と実に傲慢な笑みを浮かべた。




「一も二もなく賛成するがよい」




「たげおもしぇ」

「続きば気になる」

「チェスナットフィールド……フフン、あそこのことだな」


そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。

まんつよろすぐお願いするす。

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163794872.jpg?cmsp_timestamp=20211210120005

『じょっぱれアオモリの星』第1巻、2022年12/28(水)、
角川スニーカー文庫様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
栗原市で草
[良い点] とめだかとよまだか みどりの窓口はグランクラスグリーン車ベンチシートのこどでいがすか?
[良い点] うーん、たげおもしぇ [一言] 西の人間からすると、東北は気軽にいけるところじゃなくて、妙に神秘的に感じられる分、こういう東北モチーフの物語は相当面白いです。
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