ホンツケ・ホジナシ・タグランケ(馬鹿、阿呆、間抜け)
「は――!?」
レジーナも、そして流石のオーリンも、ぎょっと空を見上げた。
何かはわからない、とにかく「黄色いなにか」がまるで石礫のように視界に割り込んできたと思った瞬間、それはあろうことかゴーレムの頭の上に着地した。
「な、なんだえ――!?」
そう叫んだオーリン以上に慌てたのはゴーレムの方だ。
突如頭の上に降ってきた何かにバランスを崩し、まるで人間がそうするかのように腕を振り回し、「それ」を払い落とそうとする。
だが着地した何かはよほどしぶとくしがみついているらしく、ゴーレムは半ばパニックを起こし、足を踏み鳴らして暴れまわる。
グオオオオ……! と、ゴーレムが苦悶の声、というよりは苛立ちの咆哮を上げた途端、レジーナの目にも「それ」の佇まいがやっとわかりかけてきた。
あれ――あれは。
まだ若い――否、幼いと表現した方がしっくり来るであろう、愛らしく整った顔立ちの人物。
肩まで切り揃えた金髪を振り乱し、唇を噛んで、必死の形相でゴーレムにしがみついているもの――。
あれは――少女だ。
それも天使のように愛らしく、どことなく気品漂う貴人のような――。
一瞬、その光景をありのまま全て飲み込むことを、脳が拒否した。
混乱、の一言のまま思考停止したレジーナの前で、少女が立ち上がった。
ぐらぐらと揺れるゴーレムの上に危うく仁王立ちした少女は、腰の両側に提げた剣の柄に両手をかけ、一息に抜き放った。
照覧あれ、これが音に名高き二刀流、白く光る氷の刃――。
脳がその先の光景を勝手に紡ぎ出そうとしたものの、少女の手に握られていたのは、なめらかに磨き抜かれて艶光りする――木の棒であった。
「え、木刀――?」
そんなまさか、と思いかけたものの、少女はその剣――否、木刀をまるで剣闘士のように構えると、膂力を総動員し、気合の一言とともにゴーレムめがけて振り下ろした。
「やああああああああああああああああああああああッ!!」
熱意と気迫だけは十分に伝わる怒声とともに振り下ろされた木刀が、ゴーレムの頭を粉微塵に砕く――結果には、ならなかった。
ゴツッ、ビィン……と、湿っていて間抜けな音が響き、木刀を叩きつけた少女の腕から頭のてっぺんまで、震動が駆け抜けたのが見えたような気がした。
「いっ……! つぅ……!!」
見てくれ相応の、少女そのものの悲鳴を上げて、闖入者は顔をしかめた。
なんだ、一体何なんだ?
一体全体、何がしたくてやってきた人間なんだ、こいつは――?
オーリンもレジーナも、おそらくワサオも、全員がそう思った。
ともかく――黄色い少女が手の痛みを嘆くのを座して待つゴーレムではないようだったことは確かである。
ぐっ、と思い切り仰け反ったゴーレムは、フンッ、と高速でお辞儀を繰り出し、黄色い少女が遂にずり落ち……否、振り飛ばされた。
「おぶっ! あべべべっ……!」
まるでゴムボールのように地面に転がった少女は、あわわ、とへたり込んでゴーレムを見上げる。
その顔には既に先程の闘志はなく、踏み潰されるのを待つネズミそのものだ。
ゆらり、とゴーレムが動き――右足を少女の脳天めがけて持ち上げる。
ヤバい、踏み潰される……! とレジーナが目を瞑った、その瞬間。
「【拒絶】!」
鋭く響き渡ったオーリンの声、ガキン! という音が連続し、レジーナははっと目を開けた。
少女を踏み潰すはずだっただろうゴーレムの右足を、極彩色に輝くオーリンの防御障壁が受け止めていた。
「やい、そごの黄色い奴ァ!」
オーリンがものすごい形相で少女を怒鳴りつける。
黄色い奴、と言われた少女が、ぎょっとオーリンの方を見た。
「何すてらんだばアホこのォ! 戦闘の邪魔だ、退きくされァ!」
ああ、先輩の口から「くさる」が出た、これは本当に怒ってるな、と直感したレジーナは、木立から身体を出して叫んだ。
「そこのお嬢ちゃん! こっちに来なさい! 早く!」
弾かれたように今度はレジーナを見た少女は、一瞬迷ったような表情を浮かべた後、ひぃぃ、と情けない悲鳴を上げ、ハイハイで近づいてきた。
「大丈夫、怪我はない!?」
肩に手を回して擦ってやると、少女ががくがくと頷いた。
よほど怖かったのか、触れた方はまるで氷のように冷たく感じられ、まるで錦糸のような金髪が小刻みに震えた。
その間にも――グオオオオ! と怒声を張り上げたゴーレムが右手を振り抜き、オーリンを狙う。
オーリンはその場から微動だにすることなく、無詠唱で防御障壁を展開した。
「【拒絶】!!」
ゴォン! と、鉄の一枚板を一撃したような轟音が響き、ゴーレムの拳から火花が飛び散った。
レジーナの前で崩折れている少女が、その光景を見て息を呑んだ。
「今度こっつがら行ぐでぁ! ――【連唱防御】!!」
その宣言とともに、ゴーレムの眼前に一瞬で防御障壁が展開され、ど突かれたゴーレムの身体が後ろに弾き飛ばされた。
そこへ二枚目、三枚目、四枚目……と、次々と防御障壁が現れ、ゴーレムを猛然と森の奥へ押し戻し始めた。
「すっ、すごい……!」
少女が、まるで手品師の手品を見たように声を上げた。
ゴォン、ゴォン……! と凄まじい硬度同士が激突する音が連続し、オーリンの展開した障壁が最後にゴーレムの鼻先を捉え――ゴーレムがもんどり打ってひっくり返る。
ズシン、と、巨岩が崩れ落ちる音が響き渡り、ゴーレムが沈黙した。
やったのか……とレジーナがほっとため息をつくと、手を下ろしたオーリンがのしのしとこちらに歩み寄ってきた。
ん? なんだろう……とレジーナが思った矢先、オーリンがまだ両目が飛んだままの少女の脳天に、ゴツンと拳を振り下ろした。
「あいだぁっ! ……んな、何をする!?」
思わず両手で頭を押さえた少女が、涙目になってオーリンを見上げた。
「何をするってこっつの言葉だ、馬鹿阿呆間抜けこのォッ!!」
その少女の怒りに倍する怒りで、オーリンが少女を怒鳴りつけた。
「あと少しでお前ば煎餅汁の煎餅みでぇになって死にくたばるどこだったんだど! 殴られるぐらいなんだや!」
その怒声の物凄さよりも、今まで一度も聞いたことのないだろう言葉に、はっ? と少女は目を点にした。
「全く、たまだま俺がいだがらよがったようなものを……! こごはお前のよんた子供の走り回るどこでねぇっ! さっさと家さ帰れ!」
ああ、いつもよりも格段に訛っているし早口だ。どうやらオーリンは相当に興奮しているようだった。
まだ目を点にしたままの少女の肩を背後から抱き、レジーナは努めて優しい声で話しかけた。
「ね、ねぇあなた、どこから来たの? ここは禁足地のはずでしょう?」
小さい子供に話しかける口調で、レジーナは続けた。
「バレたらお父さんとお母さんに怒られちゃうわよ。さぁ、私たちが後で送ってあげるから帰ろう、ね?」
その言葉に、少女は燃えるような目つきでレジーナを見つめた。
えっ、とレジーナが気圧されるものを感じると、少女は顔を歪めて叫んだ。
「誰に向かって口を利いている! 私はこれでも十四だぞ! もう十二分に大人だ!」
「十四? やぱしガキッコでねぇが」
冷やかすようにオーリンが言うと、少女の怒りの矛先が今度はオーリンに向いたようだった。
「貴様もだ! 私は別に助けてくれと言った覚えなどないぞ! さっきは油断したが、もう少しであの岩の塊をこの豪剣で真っ二つにするところだったのだ!」
「真っ二つ? その棒きれッコ二本でば何年かかんだが」
オーリンが少女の握った木刀を見て鼻白む。
かなり剣に近いデザインになってはいるものの、やはりどう見ても金属ではなく、単なる木の棒である。
本当に、なんでこんなものを振り回してゴーレムに立ち向かえると思ったのか、不思議というより噴飯ものである。
「くっ……! わ、私の《月》と《調》を馬鹿にすると手は見せんぞ、下郎! おのれ、この私に向かって何たる狼藉を……!」
「はぁ? 狼藉ってなんだや? 田堰小堰の狼藉か? 水コが出はって泥鰌コど鰍ッコが喜ぶが!」
「ちょ、先輩! 可哀想ですよこんな小さな子に! とにかく落ち着いて……!」
と、そのとき、ズリ……という鈍い音が聞こえて、レジーナたちははっと顔を上げた。
青天井を見てひっくり返っていたゴーレムが短い手足を精一杯伸ばし、ぐいと上体を起こしたところだった。
それを見た少女が「ひぃ……!」と悲鳴を上げ、真っ青になってレジーナの首に抱きついてきた。
「ややや、やぱしちゃんと叩かねばまねが……」
オーリンがゴーレムに向き直り、左手を剣のように掲げた、その途端だった。
ゴォ……と、なにか風が通り抜けるような擦過音が聞こえたと思った次の瞬間、鋭い太刀音が森に響き渡った。
「うわっ――!?」
その轟音にオーリンがぎょっとたじろいだ刹那――ゴーレムの身体の正中線に亀裂が走り――それは見る間に広がって、遂にゴーレムを両断した。
見る間に崩れてゆく己の身体に、ゴーレムはあたふたと自分の身体を検めたが――もうその時にはゴーレムの運命は決していた。
数秒後、ゴーレムの身体はガラガラと崩れ落ち、再びモノ言わぬ石塊の連なりに戻っていった。
「ゴロハチ様、ご無事か!」
不意に――呆気にとられていた頭をそんな言葉で蹴飛ばされ、オーリンとレジーナは声のした方を見た。
ゴロハチ――? なんだか凄まじく厳つい単語だが、人の名前だろうか?
一瞬そんなことを思ったレジーナの腕の中で、震えていた少女がパッと顔を輝かせた。
「あ、アルフレッド――!」
「ゴロハチ様! ああもう、また勝手にいなくなったと思ったら……! ゴロハチ様!」
「ごっ、ゴロハチって呼ぶな! イロハと呼べといつも言っておるだろうが! 厳つくて気に入っておらんのだ、その名前は!」
アルフレッド、と呼ばれたのは、銀髪の美しい青年である。
如何にも武人、という美しい立ち姿、右手に抜き身の剣をぶら下げているところを見ると、さっきのゴーレムはこの青年が両断したものらしい。
青年は抜身の剣を鞘に収めることもなく歩み寄ってきて……そこで初めて、少女をかばうように抱き締めているレジーナの姿を視界に入れたようだった。
「ん? ゴロハチ様、この方たちは……?」
「おお……それについてなんだがな」
少女はレジーナの腕の中から脱し、レジーナの前に立ち、偉そうに腕を組んで仁王立ちした。
途端に、さっきの怯えた小動物のような空気は消え――代わりに、妙な威圧感が少女の身体から放たれ始めた。
「ところで……そなたらは一体何者だ?」
「へっ?」
「この島はズンダー大公家が完全禁足地に指定している聖域ぞ。漂着したのならともかく、勝手な理由で立ち入ったら極刑も有り得る。こんなところでそなたらは何をしておったのだ? 苦しゅうない、包み隠さず委細を申し述べるがよい」
さっきから一転、なんだろう、この猛烈な上から目線は。
一体全体この少女とこの青年は誰なんだ、とレジーナが困惑していると、オーリンが口を開いた。
「俺たちがなにもんかよりもまず最初に、そっつが誰なのか教えろでぁ。ガキの癖してこすたらどごで何を――」
「これ、貴様!」
オーリンの言葉に、青年がいきり立ったように声を上げた。
その剣幕の激しさにオーリンが目を丸くすると、青年は少女とオーリンの間に身体を差し挟み、オーリンの顔に顔を押し付けるようにした。
その行為に、うわ、とオーリンが思わず身体を仰け反らせる。
「ガキ、とはなんだガキとは! 貴様、ベニーランドにいながらこの方を誰なのか存じおらぬのか!」
「な、なも……」
「こちらにおわす方をどなたと心得る!? 本来ならば貴様ら市井の者はおいそれと声もかけられぬ貴人であるのだぞ!」
「はぁ……貴人て?」
皆目訳がわからないというように顔をしかめたオーリンに、銀髪の青年は苛立ったようだった。
青年は眼鏡のブリッジを一度中指で押し上げてから、実に大仰な所作で仁王立ちした少女を指し示した。
「この方こそは畏くもズンダー大公家が《大公息女》……イロハ・ゴロハチ・ズンダー十四世様であらせられる! 揃いも揃って頭が高い! 控えよ、下郎ども!」
遂に新キャラ登場です。
気に入っていただければ幸いです。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「《月》と《調》……ふふん、アレのことだな」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。
【VS】
昨日、まさかまさか、拙作『じょっぱれアオモリの星』が、
本物の青森の新聞サイトである弘前経済新聞様に記事として取り上げられる事態となりました事をご報告致します。
私も先方から取材依頼が来たときは一体何の冗談なのかと動揺いたしましたが、
本家本元である青森の方々がこんなめちゃくちゃな小説を笑って受け入れてくれたことについては
もう感謝の念しかございません。
この場でもあらためて、弘前経済新聞様に篤くお礼を申し上げます。





