コイデ・オタッタ(疲れた、参った)
「ちぇっ! 結局、俺たちで船漕いで……探せって言うのがい……!」
「てっきり私たちの指示でアレコレ船を動かしてくれるものだと……! アッ先輩! 船が右側に曲がってます!」
「わい、潮さ流さえだが! えい畜生、曲がれ! 曲がれっつの!」
「よしよし、そんな感じです! ……ワサオ、本当にこっちでいいの?」
レジーナが手に持ったハンカチをワサオの鼻先に持っていって確認すると、ワン、とワサオは一声吠え、海の向こうを見据えたまま激しく尾を振った。
【なも心配ね、俺さついで来ッ】
【通訳】されたワサオの力強い言葉に、これは任せられる、とレジーナは確信した。
その鋭い嗅覚を活かし、確実に目的の人物がいる島まで自分たちを連れて行ってくれることだろう。
「ゼェゼェ……! あー、疲れた。こいだっきゃ島さ着く前に参ってしまうではぁ……! ふんぬ……!」
ズーズーと大騒ぎしながらオーリンは必死の形相でオールを漕ぎ、船を進めている。
たまにレジーナが漕ぎ手を代わってやるべきなのだろうが、この船の大きさでは立ち上がることもできはしない。
昨夜、ズンダー大公家が用意してくれた宿で作戦会議を開いた時に問題になったのは、その捜索範囲の広さだった。
何しろ、この絶景・マツシマ群島には、大小様々の島が実に200以上あると言われているのだ。
海の広さも含めれば、これは総当りで人探しをすることはまず不可能な数だった。
そのときワサオが「俺に任せろ」と自信満々に言い出さなければ、きっとオーリンもレジーナも途方に暮れていたに違いない。
このハンカチは、その「さる人物」が使っていたというゆかりの品。
こんな微量の匂い、潮風に吹き消されてしまうのではないかと心配だったけれど、ワサオは有能だった。
流石犬――否、フェンリルと言える嗅覚の鋭さで、ワサオはレジーナたちを確実に導き、ある島へと真っ直ぐに誘っていた。
あの島か――大小様々の奇岩が立ち並ぶ中で、レジーナはひときわ大きな島のひとつを正面に見た。
人一人がよじ登るのもやっと、島というよりは単なる岩礁と言える島も多いマツシマの中でも、その島は珍しく、一周歩いて回るのに半日もかかりそうな大きさに見える。
なるほど、一体誰が何のつもりでこんな島に潜伏したのかは知らないが、とにかく潜伏するには都合が良さそうな佇まいだ。
「よぉーし先輩! あの島で間違いありません! 頑張りましょう!」
「っく、他人事だと思い腐って……! お前も漕げよ……! ああ、まだ右さ曲がってら……!」
魔法以外は不器用なのかなんなのか、オーリンはともすればその場をぐるぐる回りかねない手漕ぎ船をなんとか制御している。
それからたっぷり三十分もかけて、レジーナたちはようやっと目的の島にたどり着いた。
適当な砂浜に船をずり上げ、島を注意深く観察してみる。
砂浜の先は鬱蒼とした林で、特に変わったところはなにもないように見えるが……ワサオは既に鼻を高く上げ、目的の人物の匂いを嗅ぎ取っているようだった。
「あー疲れた。早速もう帰りでぇよぉ……」
「なぁにを初っ端から弱音吐いてるんですか。冒険者が冒険心を忘れてどうなります。さぁ、行きますよ先輩」
レジーナはチャキチャキを言い放ち、ワサオを先頭に歩き出す。
ワサオは地面に鼻を寄せたり、高鼻を上げたり、実に巧みに嗅覚を操って、惑うことなく森の奥へと歩み入っていく。
当然無人島らしく、森からは時折鳥の声と、遠くに潮騒が聞こえるだけの静かなものだった。
そういや執政と将軍は、マツシマは完全禁足の聖域だと言っていたけれど――本当にこの中に人などいるのだろうか。
そもそも、探して連れ戻せと言われた人物は、何故こんな島に潜伏しているのか。
しかも執政や将軍が「あの方」と上げて呼んでいるのも気になるし、探すべき人物の氏素性を教えたがらないのも奇妙だ。
その人物が消えたという事実すら隠したいのか、あるいは……と考えたところで、オーリンが口を尖らせた。
「へっ、何の奇妙なごどもねぇ、普通の島でねぇが。俺たちさわざわざ人探しを頼む理由があるってがよ」
確かに――オーリンの愚痴はその通りだ。
ズンダー大公家には一体何人の兵がいるだろう、二万だろうか三万だろうか。
その兵士たちの一部に命じて島を総当たりさせれば、いくらかくれんぼの達人でもすぐに見つかってしまうだろうに。
そうはできない理由があるのか……と考えたとき、じゃりっ、とレジーナの靴裏が何かを踏んだ。
「おや、これは……」
レジーナは見つけたものを丹念に調べてみる。
これは――炭化した木片だ。ということは、誰かがここで火を焚いたことになる。
やはり人の痕跡があるのは間違いない。
「先輩、焚き火の跡です。やっぱり誰か島にいますね」
「へん、随分わがりやすぃ証拠を残してるもだねや。さっさとそいづ探して、首さ縄つげで引っ張って帰るべし」
「そんな、ヤギかなんかじゃないんですから……もう、先輩も少しは協力してくださいよ。いくらなんでも露骨に面倒くさがりすぎ……」
レジーナがそう言った、その瞬間だった。
ズシン……という、重い地鳴りが足を伝って響き渡り、うわっ、とレジーナは声を上げた。
「なんだや――地震が?」
ギャアギャア、とけたたましい声を上げて、森から一斉に鳥たちが飛び立ってゆく。
一体今のはなんだ、と考えた途端、メリメリ……と森の木立が引き裂かれる鈍い音が響き渡り、オーリンとレジーナはぎょっと目を瞠った。
ウーッ、と、ワサオが鼻面に皺を寄せて唸り声を上げる。
なにか来る、とその覚悟がさだまらないうちに――「それ」は地響きとともに現れた。
まず見えたのは、岩の塊であった。
その無骨で不細工な岩の連なりが、あろうことかまるで人間の掌のように太い幹を掴み上げ……まるで小枝をへし折るかように握り潰した。
うわあっ、とレジーナが悲鳴をあげた途端、巨大な岩の塊に手足をつけただけ、というような、アンビバレントな塊がのしのしとやってきた。
大きい――。
まるで岩山が生命を得てそっくり歩き出したというような、巨大で圧倒的な存在。
それは生物ではない。精霊が岩に宿り意思を持つことで成立する、れっきとした自然現象のひとつ――。
「ほう、ゴーレムがや……」
オーリンが多少感心したというように呟いた。
あわわわ……! と身も蓋もなく慌てたレジーナは、オーリンの身体の影に隠れた。
「せ、先輩! お願いしますね……!」
「ああ、任せろ。ゴーレムごどぎに負げるアオモリ人でばねぇ。ゴーレムでばオイラセでなんぼ戦ってきたがわがんねでの。……レズーナ、少し退いてろや」
一瞬で貫禄の魔導師そのものの顔に早変わりしたオーリンは、レジーナを避難させた上で、実に堂々とゴーレムを見上げた。
ぶしゅう、と、胴体に半ばめり込んだゴーレムの頭から蒸気が上がり、目なのであろう朧気な光がオーリンをぐっと見下ろした。
「さぁゴーレム、一対一の喧嘩だど……」
オーリンがそう言い、身体を開いて戦闘態勢をとった、
その途端。
「うるァあああああああああああああああッ!!」
――甲高い、奇妙な鬨の声が森の木立に響き渡った。
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「がんばれレジーナ・マイルズ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





