マサムネ(独眼竜)②
「これがマサムネをこうしちまった原因だはんで――みんな、心当たりばあるが?」
オーリンが言うと、その場にいた全員が無言を通した。
前に向き直ったオーリンは、その《クヨーの紋》をしばらくじっと見つめた後――その紋に向かって右手を翳した。
「【破壊呪】!」
呪文破壊――いつぞやワサオの呪いを解いた時に見せた魔法だった。
途端に、バリンというガラスを叩き割ったような音が発し、紋章は幾つかの光の欠片になって消えた。
ふと――マサムネの鱗に覆われた鼻頭が動き、ブルン、と鼻が鳴った。
オーリンが一歩退ると、巨大な全身に力が戻り、マサムネはぐいと上体を起こした。
人々が恐れおののく声を発し、ざわっとその場を飛び退った。
しばらく、人間であるレジーナが見てもボーッとしたような表情で辺りを伺ったマサムネに、ワサオが人々の足の間を縫って進み出た。
ワウ、とワサオが一声吠えると、マサムネは巨大な鼻頭をワサオに寄せてきた。
しばらく、動物同士なら通じるのだろう会話が交された後――マサムネが鎌首を巡らせてオーリンとレジーナを見た。
「なるほど、そういうことか――礼を言うぞ、旅のお方」
臓腑を揺さぶるような低い声が発し、レジーナはぎょっと目を見開いた。
事態を見守っていた人々からも、おおお、という恐れを為したようなどよめきが上がる。
「え――!? しゃ、喋った――!?」
「我は栄えある竜族の裔ぞ。言葉は人間だけに限った特技とは言えまい」
思わず発した声をたしなめられて、レジーナは思わず「あ、すみません……」と平謝りした。
ぶるる……と再び喉を鳴らしたマサムネは「謝罪せねばならぬのはこちらの方だ」としわがれた声を発した。
「どうにも……長く夢を見ていたような心持ちである。己が己でなくなったかのような――ズンダーの民よ。我の乱心、心より謝罪する。平に容赦くだされたい」
まるで古株の騎士のような口調でなされた神妙な謝罪に、人々は雷に打たれたかのように恐縮した。
先程の老爺が「勿体ないお言葉に御座います、マサムネ様……」と声を詰まらせると、マサムネの鼻先が今度はオーリンに向いた。
「旅のお方、夢うつつによく覚えてはおらぬが、そなたが我を救ってくださった、そうだな? しかし、竜族相手にあれ程の立ち回り方――そなたは一体何者だ? 何故無詠唱で魔法が使える?」
マサムネの問いに、オーリンが「なんでって何が」と素っ気なく答える。
「なも、ツガルでばこのぐれぇは当たり前だ。ツガルは寒い土地だびの。あんまりでれでれど長く言葉喋てればよ、口の中さ雪ば積もって奥歯が霜焼けになるべし」
「ほほう、ツガル――そなたはアオモリの人間か」
その瞬間。
マサムネが驚いたようにオーリンを見た。
「久しく聞かぬ名だな。最果ての辺境アオモリ――そこに棲まう我の同族は、太古のままに強く、美しい――」
意味深な言葉とともに、マサムネは鼻先をオーリンに近づけた。
オーリンが不審そうにマサムネを見ると、マサムネがぐいと鼻先をオーリンに近づけ、鼻孔を開いて匂いを嗅いだ。
しばしの沈黙の後、マサムネの目が少しだけ細められた。
「やはり――そなたには内なる恩恵がある。慈しみ深き主の恩恵、奇跡の力……それが無詠唱魔法か」
えっ? と、レジーナはその言葉にオーリンを見た。
オーリンも今のマサムネの言葉に驚いたようで、マサムネを見つめた。
「なんだって? 主の恩恵ってどういうごとだえ? お前、アオモリの何を知ってらんだば?」
「その答えは我が答えるに能わず。己が探し求め、辿り着かねばならぬ。そなたらがこれから相手にするだろう存在はあまりに巨大だ。それと相対するその覚悟は、我に聞いては定まらぬだろう――」
ぶるる……と、再びマサムネは鼻を鳴らした。
マサムネは嗄れた声でなおも言った。
「そうか。今日この時に恩恵を授かりしアオモリの民がズンダーの地に来たのは運命と呼ぶべきものやもしれぬ。なんということだ、主は我々を試そうというのか――」
マサムネは懸念するように首ごと視線を俯け、鎌首をもたげて遥か向こうを見つめた。
まるでその安寧が足元から崩れ行くのを予期したかのように、その目には莫大な焦りと恐れが浮かんでいるように見えた。
「あの、マサムネさん」
その不穏な視線に、レジーナは思わず口を開いた。
マサムネがレジーナを見つめた。
「その――マサムネさんをこうした存在のことを覚えてますか? ここにいるワサオ――あの、フェンリルなんですけど、この子も王都で同じ呪いにかけられていたんです。その時、二人とも同じことを言ってたんです。人間たちに至上の罰をって……」
そう、ワサオもマサムネも、『人間たちに』と言っていたのだ。
となれば――この呪いをかけた存在とは一体何者であるというのだろう。
「その、あなたやワサオをこうしてしまった黒幕は―――人間ではなかったんですか?」
その質問に、マサムネはなんと答えようか迷うように目を細めた。
「……我を呪ったあの者はおそらく人間であっただろう。だがその者が別の何者の意志で動いていたのは間違いあるまい。ただ言えるのは、我は竜族の裔であるということだ。如何なる呪いであろうと、そう簡単に自由を許したはずはない」
つまり、相手はそれだけの実力者である、ということか。
マサムネはオーリンとレジーナを交互に見た。
「ベニーランドへ急ぐがよい。我の呪いが消滅したことを知れば、下手人はすぐさま次なる行動を開始するだろう。次の標的としてあり得るのはあの都以外に有り得ぬ……何としても次なる破壊活動を阻止するのだ」
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





