マサムネ(独眼竜)①
「先輩、これは……!?」
レジーナが戸惑いの視線を向けると、オーリンも頷いた。
「わがってる。何故この紋章があるドラゴンがわざわざズンダー大公領を荒らしてるんだべ? こいでばはぁ、自分の首ば自分で締めてるよんた話だ。話が滅茶苦茶だ」
オーリンも予想外の展開に混乱しているようだった。
この一月とちょっとの間、レジーナとオーリンは、ズンダー大公が呪いによって魔獣たちを操り、国王とその膝下である王都に何からの破壊活動を仕掛けた可能性を考えていたのだ。
だが、今まさにズンダー大公のお膝下であるここを襲ったドラゴンにまでこの紋章があるということは、どう考えても不可解な話であった。
黒幕はズンダー大公ではないのか? レジーナは眉根に皺を寄せた。
まさかズンダー大公が乱心し、この国をまるごと滅ぼそうとしているわけでもあるまい。
一体何がどうなっているんだと訝しむレジーナの前で、オーリンも無言でその紋章を睨んでいる。
「くそっ、どういうことだってな……! ワサオだけでねぐ、ドラゴンなど操るでば普通ではないど。一体どごの誰がこんなこどできるんだってや……!」
オーリンが顔を歪めた、その途端だった。
「マサムネ……マサムネ!」
甲高い悲鳴が発し、レジーナははっと声がした方を見た。
見ると、一人の少女が沿道の飯屋から飛び出し、危なっかしい足取りでこちらに駆けてくる。
思わずオーリンと顔を見合わせると、少女はわあっと悲鳴を上げながらドラゴンの顔に縋り付いた。
「あ、ちょっと! まだそのドラゴンは危険で……!」
「マサムネが! マサムネが死んじゃった……!」
レジーナが諌めるのも耳に入らないのか、少女はボロボロと泣きながらドラゴンに顔を寄せた。
その悲鳴に触発されたように、今まで息を殺すようにして閉じこもっていた沿道の店子の扉が開き、ひとり、またひとりと人間が這い出てきた。
みんな、王国道四号線上に墜落したドラゴンを見て一瞬立ちすくみ、その後よろよろと駆け寄ってくる。
「マサムネ様が……!」
「みんな大変だ! マサムネ様が死んだぞ!」
「おおお、なんということだ! マサムネ様!」
マサムネ? このドラゴンのことか?
レジーナが驚いているうちに、沿道の人々は次々とドラゴンの周りに集まってくる。
一体なんだろう、この反応は。
ついさっきまでこのドラゴンに襲われ、沿道ごと丸焼けにされそうになっていたというのに。
襲われたことを意に介していない、それどころか、まるでこのドラゴンが絶大に人々に慕われていたかのような反応である。
「慌てるな! なも殺したわけではねぇ!」
と、そのとき。
オーリンが大声を上げ、人々が雷に打たれたかのようにはっと顔を上げた。
「ドラゴンがあの程度でくたばる訳ねぇべ。ちょっと頭ば殴られて気ィ失ってるだけだ――それより、一体なんだっきゃの。このドラゴン、マサムネってそうのが?」
「み、皆さん落ち着いて下さい! このドラゴンはまだ死んでません! あの、私たち、今ズンダー領に着いたばかりの冒険者なんですけど……みなさん、このドラゴンのことを知ってるんですか?」
「ドラゴンじゃないもん! マサムネだもん!」
そう叫んだのは、いの一番に駆け出してきた女の子だった。
「マサムネはベニーランドを護ってるんだもん! 悪いドラゴンじゃない! お父さんとお母さんは、マサムネはしゅごのドラゴンだって……!」
「守護の――ドラゴン?」
舌足らずな少女の言葉をなんとか通訳すると、ドラゴンの周りに集まっていた人々の中で一番高齢と見える老爺が進み出て言った。
「如何にも。この隻眼のドラゴンは独眼竜マサムネ様。遥かザオー連峰の頂きにおわし、遥か高みよりベニーランドを護ってきた守護の聖竜でしてな……我々は何代も何代もマサムネ様を神の御使いとして崇め、ここに暮らしを立てて来ましたようなことで」
「え――? いや、だって」
レジーナはしどろもどろに言った。
「今……皆さん襲われてましたよね? 扉を締めて、まるで息を潜めるようにして……」
レジーナの指摘に、人々は一斉に下を向いた。
「恥ずかしながら――その通りです。最初のお怒りは一月ほど前でしたかな。マサムネ様が突如ここにやってきて、我々に襲いかかった。マサムネ様がそのようになったことは今まで一度もなかったのに、あれはまるで天の怒りでございました。我々が何かマサムネ様のご機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうと、そのお怒りが鎮まるのを待つしか……」
老人の言葉に、レジーナは息を呑んだ。
それで、逃げるわけでもなく、やり過ごすしかなかった。
彼らにとってマサムネは単なるドラゴンではなく神の使いであるのだ。
その板挟みに遭った彼らの苦衷は如何なるものだっただろうか。
レジーナは地面に顔を押し付けたままのドラゴンを見下ろした。
「なるほど、そういうごとだっきゃの――」
今まで沈黙していたオーリンが深く頷き、一歩前に出た。
マサムネの首に縋り付いたままの少女が、オーリンの姿に身体を固くした。
これ以上マサムネを傷つけさせてなるものか、と全身で主張する少女の頭を、オーリンは優しく撫でた。
「大丈夫だ。これ以上はなんもすねぇ。少しばかり退いででくれへ」
オーリンの優しい声に、少女は迷ったように立ち上がった。
ドラゴンの顔の側にしゃがみこんだオーリンは、ぐいっと瞼を押し上げた。
途端に――人々がざわめいた。
隻眼のドラゴンの眼球にべったりと貼り付いた《クヨーの紋》――ズンダー大公家の紋章を見て、人々は一瞬で顔色を変えた。
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





