ドラゴンバ・チサヅ・フト②(ドラゴンスレイヤー)
ぐわっと、飛竜が顎を開いた。
コオオオ……というガスが噴出するような低い音が発して数秒、猛烈な火炎が迸った。
「【拒絶】!」
その詠唱とともにオーリンが鋭く蹴った地面を、一瞬後に巨大な火柱が舐め尽くした。
じゅう……という空気が焦げる不気味な音と匂いが発し、地面に叩きつけられた熱波がレジーナの髪を焦がしながら吹き抜けてゆく。
う……! とレジーナはその凄まじさに呻いた。
これに巻かれれば、どう考えても「熱い」では済むまい。
まるで溶岩が発するような猛烈な輻射熱は、ざっと百メートル程も離れたここにいても、その殺傷能力を想像させて有り余った。
レジーナが前を向くと、跳躍したオーリンは虚空に浮かび上がった魔法陣を蹴った。
そのまま、連続で詠唱を続けて虚空に魔法陣を出現させながら、カエル跳びの要領でぐんぐんと大空を駆け上ってゆく。
「凄い――あんな方法があるなんて……!」
通常、魔法にはある程度の詠唱が必要であり、なおかつ術者は魔法効果を発揮させ続けている間は魔力を消耗する。
魔法陣を足場にする――それはほぼ詠唱時間が存在しない無詠唱魔法の使い手だからできる方法に違いなかった。
アレもアオモリでは農作業用の魔法なのだろうか――などとレジーナが考えていると、飛竜がばさりと翼を羽ばたかせた。
飛竜が耳障りな咆哮を上げ、がつがつと歯を鳴らした。
どう考えても、生意気にも自分の領域に駆け上ってきた卑小な人間の存在に苛立っている。
ぐん、と頭を巡らせ、既に百メートルほどの高度に到達していたオーリンに向かい、ぐわっと口を開いて攻撃体勢を取った。
「【極大防御・転!】」
バッ、と盾のようにオーリンが右手を翳し――飛竜が咆哮した。
太陽の光さえ圧する光とともに火球が放たれ、容赦なくオーリンを飲み込んだ。
あっ、とレジーナが悲鳴を上げた途端、オーリンを包み込んだ火球が矛先を変え――あろうことかそれを放った飛竜の側に、まるで逆再生映像のように跳ね返される。
ドラゴンにとっても、この現象は予想外だったらしい。
人間のようにぎょっと虚空で制動をかけたドラゴンは、慌てて翼をはためかせ、すんでのところで火球を躱した。
じりじりと空を灼きながら空中を疾駆した火球は、王国道四号線の遥か向こう――だだっ広い草原地帯に着弾し、猛烈な火柱が上がった。
「魔法反射――!」
レジーナは呆然と空を見上げた。
魔法を反射することは防御魔法の基本ではあるけれど、それにしてもあれ程の攻撃を跳ね返すとは――。
一体、自分は今何を見ているのだろうという思いに駆られているレジーナの前で、今度はオーリンが仕掛けた。
再び魔法陣を蹴ったオーリンの全身が虚空に踊った。
ぐん、と膂力を総動員して空中で身を捻ったオーリンの一喝がここまで響いた。
「【水鏡刃】!」
瞬間、ぐわっと空間が歪むように収斂し、そこから飛び出したのは二対の水の刃だった。
空を切り裂く甲高い音とともに殺到した水の刃は、ドラゴンの皮膚に容赦なく直撃して爆散した。
バシャアッ! という強烈な音とともに、周囲に雨のように水飛沫が上がり、空中に美しい虹の輪を描く。
「グオオオオオオオオ……!」
ドラゴンは苦悶するように身を捩り、翼で顔を覆うようにする。
効いた――! レジーナが目を瞠ったのと同時に、オーリンは再び魔法陣を蹴った。
刃を喰らったドラゴンは挙動が遅れ、一瞬ににも満たない間、空中で静止する。
そこに向かって大きく魔法陣を蹴り、オーリンは猫のような身軽さでドラゴンの背中に飛び乗った。
「うわ、乗っちゃった!」
レジーナが思わず叫んだ途端だった。
揺れ動くドラゴンの背中の上で危うく体勢を整えたオーリンは、鱗の一枚を左手で掴みながらドラゴンの首によじ登り――まるで脳天を砕くかのように右手を振り下ろす。
「【極大防御・獄】!」
途端に、空中に数十枚、数百枚の魔法陣が垂直に踊り――積み重なり、折り重なって、虚空に巨大な魔法陣の円柱が出現する。
その魔法陣はまるでオーロラのような極彩色に輝きながら、次の瞬間、目標を逸する事なくドラゴンの脳天に吸い込まれた。
ゴォン……という、金属製の扉を一撃したような、重苦しい音が発した。
ゲェ、と、踏み潰されたトカゲのような声を上げ、ドラゴンの目から光が消えた。
だらん、と弛緩した顎からベロリと真っ赤な舌を垂らすと、ドラゴンの翼から揚力が消失した。
羽ばたくことをやめたドラゴンは、次の瞬間には重力法則に従い、地上へと真っ逆さまに墜落を始めた。
「や、やった――!」
レジーナが快哉を叫ぶと、腕の中に黙って抱かれていたワサオも、ワン! と嬉しそうに吠えた。
そのまま、首を下にして落下するドラゴンの首にしがみついたままのオーリンは、地面に接触する直前にドラゴンを蹴った。
オーリンがやはり猫のような身軽さで地面に危なげなく着地したのと、ドラゴンが土塊を巻き上げながら地面に激突したのは同時だった。
吹いてきたそよ風が土埃を吹き散らすのを待って――ようやくレジーナはオーリンに駆け寄った。
「先輩! オーリン先輩!」
レジーナにひと声かけられて、オーリンも安堵したかのように、ほう、とため息をついた。
「ややや、上手ぐ行ってよがったではぁ。金玉だっきゃ縮み上がったったねや」
「すっ、凄いです! 先輩! まさかドラゴンまでやっつけちゃうなんて!」
レジーナは思わずオーリンの両手を取り、ぶんぶんと上下に振った。
その挙動に驚いたように、え? とオーリンがレジーナを凝視した。
「な、なにすてるんだばレズーナ。すげぇって何がえ?」
「なに謙遜してるんですか! まさかドラゴンまで撃墜するなんて十分存分に凄いですよ! さっすがです! 私、オーリン先輩のパーティでよかった!」
思わずに思わずを重ねて褒めちぎると、途端に、オーリンが顔を逸らした。
うぇ? とレジーナが目を丸くすると、オーリンはぼそぼそと言った。
「なも――そった褒めるんでねぇよ。全く、俺ば慣れでねぇんだがらや、こういうのには――」
なんと――照れているらしいのだ。
この反応に驚いたレジーナは、そこでやっとオーリンの両手を握っている自分に気がついた。
赤面するオーリンから遅れること数秒、やっとレジーナにも当然の羞恥心が湧いてきて、レジーナは慌てて両手を離した。
「あ――すみません、なんか盛り上がっちゃって――」
「言うなえ。全く、人前で全く恥ずかしいごどを……」
ぶつくさと口を尖らせたオーリンは、ゴホン、とわざとらしい咳払いをして、さて、と話題を変えるように言った。
「次はドラゴンだな……こいづもどうやら、ワサオど同じ理由で滅茶苦茶やったすぃがらな」
え? とレジーナはオーリンを見た。
オーリンは地面に伸びているドラゴンにのしのしと歩み寄り、地面に投げ出されているドラゴンの顔に歩み寄った。
「先輩――?」
「頭さ飛び乗ったどぎにわがったんだ。見ながレジーナ。このドラゴン……片目だの」
その言葉とともに、オーリンはドラゴンの瞼をぐいと両手で押し上げた。
その下から現れた紋章を見て、レジーナはハッと息を呑んだ。
ひときわ大きな円を囲む合計九つの意匠――。
ズンダー大公家の家紋であるという《クヨーの紋》が、ドラゴンの眼球にべったりと貼り付いていた。
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





