ドラゴンバ・チサヅ・フト①(ドラゴンスレイヤー)
飛竜の縦に裂けた瞳を見て――レジーナは盛大に混乱していた。
嘘、なんで? なんでドラゴンなんかが降りてくるの?
というよりも、この世にドラゴンって実在するの――?
確かに、この世界にはドラゴンに纏わる話や物語は多い。
だがそれは創作であったり単なるお伽噺であるはずだ。
聖なる力を持った騎士が悪いドラゴンを退治しただの、暗黒の力を持つ魔法使いがドラゴンを使役して火の雨を降らせただの――そんなことが現実に起こりうるとは考えても見なかった。
だが――目の前の光景を必死に否定しているレジーナの前で、飛竜は鱗に覆われた巨大な身体をくねらせ、ぐい、とレジーナに鼻先を突きつけた。
ぶわっと、生臭い息が顔中に吹きかかったと思った次の瞬間――飛竜の顎が開き、桃色の口腔が裂けるように広がった。
コォォ……という飛竜の吐息が灼熱を帯び、そこからちろちろと火花が散ったのが見えた。
逃げなければ、という思いとは裏腹に、脚は竦んだままで、全身の筋肉に力が入らない。
飛竜の巨大な目に射竦められた瞬間――既に自分の体は全力で生きる希望を放棄していた。
「【超加速】ッ!」
不意に――そんな声が耳に聞こえたと思ったのとほぼ同時に、横腹に何か凄まじい速度でぶつかってきたのがわかった。
ドスン、という身体を突き抜ける衝撃に、はっとレジーナが我に返った瞬間――ドラゴンの口腔から物凄い勢いで火炎が放射された。
なんて熱量――! 何が何だかわからない中で、レジーナが感じたのはそれだけだった。
ビリビリと肌を焼くドラゴンの炎に目玉の表面の水分すら蒸発したような気がしたとき、何者かに頬を平手で叩かれて怒鳴られた。
「何のさらどしてんだっ、レズーナ! あと少しで丸焼げだったどっ!!」
瞼に貼り付いた目の焦点を苦労して合わせて――やっとレジーナはオーリンに横抱きに抱えられている自分に気がついた。
徐々に徐々に目の前の光景が現実であるという理解が追いついてきて――レジーナは呻くように言った。
「せ、先輩……!?」
「どうしたってな、レズーナ! しゃきっとすろっつの! ぼーっとすてれば今度ごそオソレザン行きだどっ!」
がくがくと頭と身体を揺さぶられて、ようやく気分が落ち着いてきた。
とにかく――とんでもない大ピンチが空から降ってきたことだけは間違いない。
オーリンは焦燥を露わにしながら飛竜を見た。
「参った……何故飛竜なんぞがこったどごさいるんだってや! しかもあんな巨大なドラゴン、オイワキ山にもいねぇど……!」
「せっ、先輩、ドラゴン見たことあるんですか……!?」
「アオモリにはコブラもいるしゾウもいる。ドラゴンぐれぇトワダに行けばなんぼでも捕まえられるでの。でもあれは少々規格外だでぁ……!」
確かに――目の前の飛竜は、いくら巨大と言っても限度があるような巨大さだった。
翼を広げれば三十メートルにも達すると思える巨躯は、馬車がすれ違うことができるだろう王国道四号線を身体だけでまるっと塞ぐ非常識さだ。
生まれてこの方ドラゴンなど見たことがない――それどころか、今の今までドラゴンなどお伽噺の世界の住人だと思っていたレジーナにはよくわからないが、とにかく目の前の飛竜がとびきり危険であることだけはわかる。
どうしよう、と横抱きにされたままオーリンの顔を見ると、オーリンはちっ、と舌打ちをした。
「参ったじゃ……ここでお前とワサオば庇って戦うのは無茶も無茶だばって。しかもここは屋台も飯屋もある……こごらべろっと焼け野原になってまるど」
「場所を変えられませんかね?」
「いや、無理だ、俺が引ぎつけだどごろで、こごさはまだ人々がたくさんいる。そっちの方を先に襲われたら意味がねぇばてな」
「な、なら注意をそらすことぐらいは――! その隙に住人たちを避難させて――」
「いや――見ろじゃ、あの飛竜。どう考えてもタダで見逃してはくれそうにねぇど」
そう言って、オーリンは街道の真ん中に降り立った飛竜を顎でしゃくった。
グルルル……と不機嫌に唸り声を上げる度、飛竜の顎からは煙とともに炎が上がる。
あの飛竜が一度空に舞い上がり、人々を連れて逃げ惑ううちところに頭から火炎を浴びせられたら――どう考えても助かる道などないだろう。
どうしよう……焦るレジーナをよそに、オーリンは不審そうに辺りを見回した。
「しっかし……ここらの飯屋の連中は何故逃げねぇんだ? びっちり戸ば締め切ってるだけだ。まるでドラゴンに襲われるのが初めてでねぇよんたね」
確かに、とレジーナも考えた。
さっきそこらの飯屋に入ろうとした瞬間、ドラゴンの羽音が聞こえた途端に飯屋は中に引っ込んで自分を締め出したのである。
肝を潰して逃げ回っているのは何も知らない旅人や行商人だけで、ずらりと居並んだ店子は息を殺してじっとしているだけだ。
「なんだがさっぱりわがんねぇども、ズンダー大公領でば予想より滅茶苦茶どなってららすぃの……レズーナ!」
「はっ、はい!」
「これは少々派手にやんねばまいねでの。ワサオば連れて少しの間退いてろ」
そういうオーリンの横顔は、いつぞやの夜見たような凶相である。
この茫洋とした青年がこういう表情を浮かべる時は、おそらく本気の証拠。
オーリンは――力づくであのドラゴンをねじ伏せるつもりなのだ。
レジーナは慌ててオーリンのローブの袖を引っ張った。
「せ、先輩! まさかドラゴンと戦う気ですか!?」
「それ以外に何しろってや。とにかぐ退いてろっつの」
「むっ、無茶ですよ! ドラゴンは地上最強の魔物なんですよ!? いくら先輩でも……!」
必死に食い下がって止めようとしたレジーナに、へっ、とオーリンはニヤリと口元を歪めた。
「なも心配するごどねぇばってや。お前さば今がら、ツガル衆の本気の喧嘩ば見へでけるへの。吃驚すて腰抜がすなや」
その一言に、本気なのか、とレジーナはオーリンの黒い瞳を見た。
その時、グルル……と飛竜は唸り声を上げ、翼を羽ばたかせて大空へ舞い上がった。
地鳴りのような咆哮を上げながら、飛竜は輪を描いて高度を取る。
「さ、早く!」
オーリンはレジーナを地面に降ろし、退避を促した。
それでも暫く迷ったレジーナだったが、オーリンの表情をもう一度伺い、それが虚勢ではないことを確かめて――レジーナはワサオを抱き抱えた。
「オーリン先輩!」
レジーナはオーリンに言った。
「私、先輩を信じますよ! ダメだと思ったら私が治せない怪我を負う前に逃げてくださいね! 約束ですよ!」
いいですね!? と念を押すと、レジーナに抱き抱えられたワサオも、ワウ! ワウ! とオーリンに向かって吠えた。
その声に、大丈夫だ、というように手を挙げたオーリンをもう一度見て、レジーナは王国道四号線の端に退避した。
「さぁドラゴン、こっからが本気の喧嘩だど――」
空高く舞い上がった飛竜を睨むように見上げて。
オーリンは、とっておきの、けれど冴えない内容の啖呵を切った。
「お前のごでば、俺がぶっ散らばすてバラ焼きにしてけるでぁ!」
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





