クニデバ・ネバネ・モノ(故郷はなければならないもの)
はっ、とレジーナはオーリンを見た。
オーリンは鋭く言った。
「いいが、レズーナ、チャンスは一度っ切りだど! 今からお前の声ば俺の魔法で拡散する! お前の【通訳】であれば、亡者だにも話が通じるに違いねぇ! 門を開放する、その隙に故郷さ帰れと伝えろ!」
矢継ぎ早のオーリンの指示に、レジーナは得たりと頷いた。
しばらく、頭の中で今の言葉を【通訳】したレジーナは――頃合いを見て大きく頷いた。
それと同時に、オーリンが右手を振り抜いた。
「行くど――【超拡散】!!」
オーリンが言い終わるか言い終わらないかのうちに、レジーナは渾身の力で絶叫した。
【ウェノの皆さん、今から旧王国道への門を開放します。今のうちに皆さんのふるさとへ帰ってください】――!
うわん、と、自分の声が爆発的に広がり、ウェノの饐えた空気を震わせたのがわかった。
バリバリ――! と、【通訳】された自分の声が空震となって城壁に反響し、ウェノ一帯に遠雷のように響き渡る。
その途端、今まで門に取り付いていた亡者たちが、ぴたりと停止して天を仰いだ。
まるで天使の啓示に打たれたかのように、確実に理性の光が戻った目で虚空をおろおろと見上げる。
よし、通じた――!
快哉を叫んだレジーナの横で、いまだに全力疾走をやめないオーリンが亡者たちに向かって絶叫した。
「そごを退けァ! 城壁と一緒にふっ飛ばしてまるどォ! 死にでぐながったら道ば開げれァ!!」
「みなさん、今から城壁をふっ飛ばします! そこを退いてくださいッ!」
レジーナがオーリンの言葉を【通訳】すると、亡者たちは雪崩を打って逃げ出し始めた。
ガラ空きになった門扉は巨大で、鋼板と鎖とで厳重に鎖されている。
あの門扉を開ければ、ウェノの亡者たちが救われる――!
すぅ、とオーリンが深く息を吸い、意識を集中させるかのように沈黙し――。
次の瞬間、克、と目を見開いて、鋭く右腕を振り抜いた。
「行ぐでァ! 【極大破壊】!!」
その瞬間、進行方向にぐわっと広がった巨大な魔法陣が幾重にも連なり、折り重なり――まるで一本の石柱のようになった。
その石柱は一本の矢の如くに空中を疾走し――鎖された門扉に吸い込まれるようにして突き刺さった。
凄まじい質量同士が激突した衝撃音の直後、鋼鉄のひしゃげる音、石の砕ける音が同時に発生し――衝撃波がぶわんと空気をたわませる。
うわっ! と顔を庇って思わずしゃがみこんだレジーナは、その数秒後、のろのろと目を開けた。
鋼鉄の門扉が凄まじい力によって砕かれ、見るも無残に散乱していた。
大きく抉れた城壁の向こうに――光が見える。
一瞬、ウェノの空気が変わった気がした。
停滞し、淀んで腐っていた空気に爽やかな風が吹き込み――まるで雨雲のように世界に蓋をしていた絶望が、ゆっくりと吹き散らされていくのがわかった。
亡者たちが、呆然と穿たれた扉を見ていた。
その後、よろよろと歩いてきた亡者の一人が――やおら両手を突き上げて絶叫した。
「やった――! 帰れる、帰れるぞ――!」
わあーっ! と、左右に避難していた亡者たちが正気に戻り、次々と門に殺到し始めた。
このやせ衰えた身体のどこにこんな力があったのかと疑いたくなるほどしっかりした足取りで、亡者たちは城壁の外に這い出してゆく。
駆け出し、城壁を潜り抜けた先で、亡者たちの快哉は次第に激しい嗚咽に変わった。
そのまま両腕を振り回して駆けてゆくもの、膝をついてしゃくりあげるもの、大の字になって草地に寝転ぶもの――。
ウェノという地獄から解放され、ようやく帰るべき場所に帰れる喜びに、亡者たちは酔いしれ、誰もがその眩しさに涙していた。
「よかった――よかった!」
亡者たちを見ながら、レジーナは心からの安堵を口にした。
うんうん、と、オーリンも満足げに頷き、腕を組んで亡者たちを眺めている。
「誰でもよ、人には帰る場所がなければならない。成功しても、草臥れでも、おかえりってさ、笑って言ってくれる人がねば、誰も頑張れねぇもんださ――」
オーリンの朴訥な訛り言葉が、なんだか心に沁みた。
人間には帰る場所がなければ――その言葉はきっと、オーリン自身の信念だったに違いない。
見えなくても、聞こえなくても、心の中にあり続ける故郷の思いがあるから、人間はどんな困難にも立ち向かってゆけるのだと。
はぁ、とため息をついて、レジーナは言った。
「行きましょうか、先輩、ワサオ」
「あいさ」
喜びを爆発させている亡者たちの間を縫って、レジーナたちは城壁の外に這い出した。
途端に、さっ――と吹いてきた風が、目の前に広がる広大な草原地帯に吹き渡った。
「さ、行ぐか。こっからベニーランドまでは長ぇど。まずはグンマーの山を越えねばまいねね。死にくたばるほど過酷ど。覚悟しねば」
「グンマー……?」
「ああ、物凄く高いお山が連なる秘境でや――」
レジーナたちはやっとのことで王都を脱し、そして未知の旅へと足を踏み入れた。
しかし、この時点でレジーナはまだ予想していなかった。
この天と地との間には、レジーナの哲学では思いも寄らない困難が猖獗を極めているという事実を。
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





