ボダサエデ・コンツケル(追い出されて腐る)
あの後、ずいぶん苦労して探し当てた酒場は――お世辞にも綺麗とは言い難い路地裏にあった。
おっかなびっくり扉を明けると、ただでさえ薄暗い店内の雰囲気はなんだか酷く淀み、沈んでいる気がした。
それもそうだろう。店内にいるすべての客が、一体アレはどうしたんだと言いたげな視線をチラチラと店の隅に注いでいる。
そしてそのテーブル席に座っているのは、魔術師のローブ姿の青年で――その青年はしくしくと泣きながらコップ酒を煽っていた。
一瞬、レジーナはどう声をかけようか迷った。
もしもし、とでも言おうか、それとも、大丈夫ですか、と気遣うべきだろうか。
レジーナがまごついていると、オーリンは涙に震えた声で呻いた。
「わだばってわがっであったさ……こすたらじゃごくしぇ男、かみでば馬鹿にされるって……」
その言葉は酷く訛っているだけではなく、離れたここから聞いただけで、強く酒の匂いがした。
オーリンは机に突っ伏しながら、コップを握る指の力を強くしたようだった。
「んだたてわさどうすろっつのや……なぼ努力すても標準語などしゃべらいねし、何遍もしゃべてるごと聞きかえされるし……こえでも努力はすたんだ、努力は……」
なんだか、相当気の毒な独り言だった。
それ以上、弱っているオーリンを見るのが忍びなく、レジーナはパンパンと背中を叩いた。
「もし、先輩、オーリン先輩!」
オーリンがゆっくりと顔を上げた。
うわぁ、悪くない見てくれの顔が涙と鼻水でべちゃべちゃになっている。
内心顔をしかめたレジーナを、オーリンは焦点の合わない目で見た。
「――ああ、おかわりはいらねす。あんつごどねぇ、落ちづいだば帰るはで……」
「私は酒屋の店員じゃありませんよ! 覚えてませんか!? レジーナです! レジーナ・マイルズ! イーストウィンドの新米冒険者です! ほら!」
イーストウィンド。その単語に、オーリンの目が少しだけ正気を取り戻したように見えた。
オーリンはしぱしぱと目を瞬かせて――結局申し訳なさそうに首を振った。
「ややや――悪ぃどもおべでねぇ。堪忍すてけろや」
ああ、覚えてないんだ――レジーナは少しだけ落胆する気分を味わった。
これでも彼の机にも毎日お茶汲みしてたんだけどな。
とにかく、とレジーナは言った。
「先輩、これ以上飲んだら身体に毒ですよ! とにかく今日は宿を取って寝ましょう! 明日からのことは明日から考えるべきです!」
「しゃすねな、ほっとげっつの」
素っ気なく、オーリンは吐き捨てるように一息に唸った。
「なもわのごどバガにしてけつかんだべや。こしたらなさげねあんこ、いまでばどすたらあほづらさげてあしぇでるんだべどわざわざみにきたってがや。ホニごくろうなごったの。なぼでもわらったらいいべな」
【お前も俺のことを馬鹿にしているんだろう。こんな情けない男、今ではどんなアホ面を晒して歩いているんだろうとわざわざ冷やかしに来たのか。本当にご苦労なことだ。いくらでも笑えばいいだろう】――。
「いいえ! 私は馬鹿にしにきたわけじゃありません! ギルドマスターのマティルダさんからあなたに随行するように言われてきたんです!」
レジーナが少し大きな声を発すると、びくっとオーリンの背中が跳ねた。
「ギルドマスターはあなたのことを考えてあなたを追放したんです! でなければ私にあなたのことを託したりしませんよ! とにかく、落ち込まないでください! お酒も今日はもういいでしょう!」
レジーナの言葉に、酒で潤んだオーリンの目がちょっと驚いたように見開かれた。
そしてしばらく後、オーリンは呻くように言った。
「な、なんだや、なば――わのしゃべてらごどわがるんだが」
【な、なんだよお前は。俺の言っていることがわかるのか】
レジーナは大きく頷いた。
「私のスキルは【通訳】ですから。たとえ犬猫の言ってることだって私には筒抜けですよ。先輩の喋っていることぐらい理解するのは簡単です」
「【通訳】――? なんだばそのスキル? 聞いだごどねぇど」
「私だって同じスキルを持ってる人に出会ったことはありませんね。なにせ、何の役に立つのか自分でもよくわかりませんから」
そう言って、レジーナはオーリンの向かいの席に腰を下ろした。
「とにかく、今の言葉聞いてました? マティルダさんはあなたの将来を考えています。決してあなたが何を言ってるかわからないから追放したわけじゃありません。現に私にはそう言いました」
「へ、慰めでくれんのももういいでば」
オーリンは酒臭い声で吐き捨てた。
「どうせわだっきゃ、王都のどさいってもなにしゃべてんのがわがらねってどこさも蹴たぐらえるに違ぇね。もう尾羽打っ枯らして田舎さ帰るすかねぇのさ」
「そんなことわかりませんよ! それに冒険者するなら必ずしもどこかのギルドに入らなきゃならないわけじゃありませんよ。あなたと、私で、冒険者すればいいじゃないですか!」
「ふたりで、ってが。は、夢物語だな、そいづば」
予想はしていたけど、オーリンは相当腐っているようだ。
この田舎者に一体どんな言葉をかけたものか――悩んでいたときだった。
「おい、兄さん」
ずん……と効果音が聞こえそうな圧とともに、目の前に筋骨隆々の男が立った。
うわ、とレジーナが息を呑むと、男は傷だらけの強面でこちらを睥睨しながら、脅すように言った。
「なんだか事情はわからないがよ、アンタみたいに陰気な客に居着かれると場が沈んで仕方ねぇんだ。とにかく、今日のところはそのお嬢ちゃんの言う通り、宿でも取って帰んな」
それを拒否するなら嫌でもそうなるぜ、と聞こえそうな声に、レジーナは思わず固まってしまった。
どうしよう……と震えていると、ゆらりとオーリンが立ち上がり、男の肩を叩いて言った。
「ああ、めやぐでした。しゃべらいだとおり、けるでば」
【ああ、すみませんでした。言われた通り帰ります】
そう言って、オーリンはゆらゆらと千鳥足で店を出ていった。
「あ、ちょっと!」と慌てて、レジーナも後に続いた。
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
次の更新ば20:00を予定すとぐす。
「おもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星ッコ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。