タンゲダ・ジョッパリ(凄い強情者)
「ず、ズンダー大公家――!?」
レジーナはその言葉に驚愕した。
オーリンはゆっくりと頷いた。
「んだ。あのひとぎわ巨大な団子を囲む、合計九つの餅団子の紋章――間違いない、ズンダー大公家の紋章だ」
断言するオーリンの言葉に、レジーナは一瞬、この事件の下に口を開けた奈落を覗き込んだような、嫌な肌寒さを覚えた。
ズンダー大公とは、ここから更に北の方角――百万都市ベニーランドを中心とした東北の辺境を領有する、強大な貴族の名前だ。
肥沃で広大な穀倉地帯を支配し、海運にも強い影響力を持つ大公家は、王国のほか全ての貴族とは比較にならない力を備えた一大豪族である。
しかしズンダー大公家は、数百年前の動乱の時代は現王家とこの大陸の覇を競い合った犬猿の仲でもあり、政治的な決着により王家に服従した後も半独立の態度を貫いているという驕れる巨人である。
王家すら圧倒する、本朝無双の武力と莫大な財力を保有するズンダー家は、隙あらばこの大陸の覇権を狙っていると噂され、何か王都で動乱があればズンダー大公の名前が真っ先に上がる程だ。
そのキナ臭い貴族家、否、王家の紋章が、何故呪いに使われているのだ――?
そしてその紋章によって操られたフェンリルが、王都に躍り込もうとした訳は。
レジーナが回答を求めるようにオーリンを見ても、オーリンは首を振るだけだった。
「俺さもわがるわげねぇべ。これがズンダーの一族の仕業であんのが、それども誰かがズンダー家ば騙ってこんなごとし腐ったのが……どっちにすろ、放ってはおけないな」
オーリンは立ち上がると、まだ寝ているワサオの鼻先を撫で、そして静かに言った。
「【最小化】」
そう令した途端、思わず見上げるほどに巨大だったワサオの身体が――ぐんぐんと縮んでいく。
ええっ!? と目をひん剥いたレジーナの前で、ワサオはまるで飼い犬より少し大きい程度にまで縮まった。
「ええ――!? せ、先輩、何したんですか!?」
「何すたもこうしたもねぇでろ。このまま連れ歩くわげにはいがねぇ。何人もやっつげでまったべしな」
「こ、こんな魔法見たことないんですけど……何をどうやったんです?」
「簡単なこった。空間魔法と一緒に容積変換の式ば突っ込むだげだ。理屈さえわがれば誰でもでぎんべ」
空間魔法って――さらりと言ってのけたオーリンに、レジーナは半ば呆れてしまった。
第一その空間魔法を会得するだけで普通の魔法使いなら十年もかかるだろうに。
ましてやその空間魔法と複合して魔法を構築するなんて――天性の発想力とセンスがなければ出来ない芸当に違いない。
ふと――ぱちり、とワサオが目を開いた。
ぐっと上体を持ち上げた後、しばらくレジーナとオーリンを不思議そうに見た後、ワサオはくんくんとオーリンの指先に鼻を寄せた。
途端に、ワサオの尾が激しく揺れ、オーリンの指先を一生懸命に舐め始めた。
さっきまでの殺意丸出しの表情ではない、人懐っこい飼い犬そのものの反応に、レジーナはちょっと驚く気分を味わった。
ひとしきり指先を舐めたワサオは、ワン! と一声、元気に吠えた。
「レズーナ、ワサオばなんて言ってる? 【通訳】すてけへ」
「あ、ちょっと待ってください――えーと、『やーやや、まめしぐしちゃらが』、って言ってますから……【おお、元気だったか】ですね。ワサオは先輩のことを覚えてるっぽいですよ」
凄い、アオモリでは犬も訛ってるんだ……。
どうでもいいことに驚きつつ言うと、オーリンが安心したようにため息をついた。
「っつうごだ、やぱしさっきのは呪いか。なんだってな、畜生――」
オーリンは相変わらずぶんぶんと尻尾を振るワサオの頭を撫でながら、一瞬遠い目をした。
見つめている方角は、地平線の向こう――北の方角だった。
しばらく無言になってから、やがてオーリンは覚悟を決めたような表情で言った。
「これは、何さ北の方で奇妙なごどば起ぎでらな……いっぺん、北さば行ってみねばまいね。なんどしても黒幕ば突き止めねば」
オーリンの重いつぶやきに、レジーナは頷いた。
「そうですね。本当にズンダー大公が黒幕なら王国の平和そのものが危ないですから。急いで大公領に向かわないと……」
そう言うと、えっ? とオーリンがレジーナを見た。
「お前……まさがついで来る気が?」
「何言ってるんですか、ついて行くに決まってるじゃないですか。それに、一度関わり合いになった以上はほっとけませんよ」
「いや、そうは言ったって……」
「あーあー! もう、先輩はいちいち四の五の言い過ぎです!」
焦れったくなったレジーナが大声で遮ると、オーリンが口を噤んだ。
「一緒にパーティを組んで冒険者をやる、昨日の晩に自分で言ったことをもう忘れたんですか? もう先輩と私は同じパーティ、パートナー、相棒、運命共同体です! それに相手がズンダー大公だろうが王家だろうが、冒険者は名誉とおカネを求めて好奇心のままに冒険をする――そうでしょう?」
そう、それはどの冒険者にも備わっている、原始的な野望。
冒険者はこの世の誰よりも自由で、スリルを好む人種なのだ。
目の前の障害が大きければ大きいほど燃えてくるのでなければ、冒険者とは言えない。
そう言うと、へ、とオーリンが気恥ずかしそうに笑った。
「レズーナ、お前ば、やぱしかなりの強情者だな……ツガルの女みでぇだぜ」
「それ何回も言いますけど、褒めてるんですよね?」
「もぢろんだね。さぁ、そうど決まれば長居ば無用だで。すぐに北さ向がうべし」
オーリンが立ち上がると、当然のようにワサオも立ち上がった。
おや、とオーリンが振り返ると、ワサオはつぶらな瞳でオーリンを見上げて、ワン! と吠えた。
「置いてくな、って言ってますよ、先輩。彼も運命共同体になりたいみたいです」
レジーナが半笑いの声で言うと、オーリンは呆れたように笑った。
「そうだな、お前もアジガサワー湊さ帰さねばまいね――仕方ねぇな、ついで来いや」
そう言ってオーリンが頭を撫でると、ワサオが嬉しそうにしっぽを振った。
安心して眉尻を下げたレジーナは、挨拶をしようとワサオに歩み寄った。
「ということで、よろしくねワサオ。私はレジーナ・マイルズ、新米冒険者で――」
自己紹介とともに頭を撫でようとした瞬間、ワサオが歯を剥き出し、ガブ、とレジーナの右手に噛み付いた。
痛っ、と悲鳴を上げるより、ワサオのあまりの豹変ぶりに驚いて思わず固まると、ワサオがウーッと低い声で唸った。
「……え、ワサオ――!?」
オーリンも驚いたようにワサオを見た。
ワサオは鼻頭に皺を寄せ、敵意丸出しでレジーナを睨んだ。
「わい、つらつけねぐわばちょすな。わばなどきゃぐさなったおぼえねど。ほじねじゃっぱごのくせすてぶぢょほすな、もつけ。つぎでばただでねど」
【おい、気易く俺に触るな。俺はお前と友だちになった覚えはないぞ。新米のド三下の癖に無礼を働くな、阿呆。今度やったらタダじゃおかないぞ】
――ワサオは、はっきりとそう言った。
どうも、こう見えてワサオは気位が高い犬らしい。
絶句しているレジーナに、オーリンはちょっと慌てたように言った。
「ま、まぁ、そのうぢワサオも慣えで来るさ。まんず行くべし、な? レズーナ、そうすべし」
本当にこんなんで大丈夫なのだろうか――。
レジーナは先行きをかなり不安に思いながら、のろのろとオーリンの後に続いて歩き出した。
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
こごらがら第二章ば開幕っとなるはで。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





