ツボケガ・コノ(この野郎)
オーリンが宣言した途端、ぶわあっと虚空に展開した巨大な防御障壁が、フェンリルの額に激突した。
火花さえ飛び散ったのではないかと思わせる激突に、ぶわんと空気がたわみ、周囲に派手な土煙を巻き上げる。
ギャン! と犬そのものの悲鳴を上げたフェンリルは、首をぶるぶると振り、その巨体に見合わない身軽さで飛び退る。
グルルル……! と怒りに燃えたような唸り声を上げながら、フェンリルが前足で地面を掻いた。
「あ、あんな巨大障壁を無詠唱で……!?」
昨晩一度見た防御障壁とは比べ物にならない規模の障壁を、やはり無詠唱。
やはりこの男、Sランク冒険者などとは根本的に比較にもならない力を持っているらしい。
再び目にすることとなった絶技に興奮しているレジーナをよそに――。
右手を降ろし、虚空から防御障壁を掻き消したオーリンに、再びフェンリルが咆哮した。
オーリンは凶相の中にもどこか哀惜を含んだ表情のまま、再び右腕を振り抜いた。
「【凍却】!」
オーリンがそう令したのと同時に虚空に巨大な魔法陣が複数乱舞し、そこから氷塊が擲弾のようにフェンリルに殺到した。
そのほとんど全てをその巨体で受け止めたフェンリルは、顔を背けて苦悶の声を振り絞った。
返す刀で今度は左手を前にかざし、オーリンが次々と魔法を詠唱する。
「【跳弾】!!」
そう詠唱した途端、地面の石畳が次々と捲れ上がり、フェンリルの顎を直撃した。ゴ! という凄まじい音とともにフェンリルの巨体がアッパーカットを喰らったように跳ね上がり、フェンリルの口から牙の数本が折れ飛んだ。
「凄い、全然相手にならない……!」
レジーナは物陰で目を瞠った。
フェンリルはその凄まじい敏捷性と凶暴性から、熟練の冒険者でもかなりの苦戦を強いられるだろう上位の魔物である。
ましてやあの巨体、村ひとつを呆気なく壊滅させるほどの魔物を、あんな風に完全に手玉に取ってしまうとは。
私は一体どんな男とパーティを組むことになったというのか――。
ズシン、と、フェンリルがもんどりうって地面に倒れた。
ほう、と呟いて右手を降ろしたオーリンに、レジーナはおっかなびっくり駆け寄った。
「せ、先輩――!」
「ああ、大丈夫。お前も怪我ばねぇが?」
「私も大丈夫です、あの……」
「いや、待て。まだ終わってねよんた……」
オーリンは再び殺気を纏って前を見た。
頭を持ち上げ、折れた牙を剥き出しにし、フェンリルが立ち上がろうと躍起になって地面を掻いている。
どう考えてももう立ち上がることなど出来ぬ傷を負っているのは明らかなのに、それでもその隻眼は全く殺戮を諦めようとしていない。
殺気を治めようとしないフェンリルに、オーリンが奥歯を食いしばった。
「こいでも目ば醒めねぇのがよ、この野郎がこの……! 俺さこれ以上やらせるなでぁ……!」
ぐっ、と、オーリンが右手を握り締めた。
はっ、とレジーナがその手を見ると、ぶるぶると震えている。
そうだ、オーリンとワサオは地元の友達だったはずで、さっきはあのフェンリルの背中に乗って遊んだとも言っていた。
オーリンにとってこのフェンリルは魔物ではなく、竹馬の友――親友の一人であったはずなのだ。
ふと――レジーナはひとつ、忘れていた疑問を思い出した。
通常、フェンリルの生息地域は集団で狩りがしやすい草原や森林に限られていて、こんな人口密集地帯に現れることは考えられない。
しかもオーリンの言っていることが本当ならば、このフェンリルは飼い犬同然にアオモリの人々に可愛がられ、人に懐いていたはずだ。
それがアオモリを脱出し、王都近くで急にこんな殺戮を始めたのには、何かよほどの訳があるに違いない。
もし、人間になにか恨みを抱くようなことが起こったのだろうか――。
そう考えていたレジーナに向かって、フェンリルが咆哮した。
【何をやっている、立ち上がれ巨獣よ、人間を殺せ――!】
はっ、とレジーナはフェンリルを見た。
【吼えよ、翔けよ、そして地上にあまねく知ろしめろ、人間どもに贖いの流血を、至上の罰を――!】
前足を踏ん張り、どうにか上体だけを起こしたフェンリルが、唸り声を上げた。
それと同時に、レジーナの脳内におどろおどろしい声が流れ込んできた。
なんだ、一体何を言っているんだ、このフェンリルは?
レジーナは無意識にフェンリルの言っていることを【通訳】している自分と、その内容に驚いた。
立ち上がれ巨獣よ――これはどう考えてもフェンリル自身の声ではないだろう。
フェンリルのものではない何者かの声が、フェンリルの口を通して聞こえているのだ。
人に懐き、可愛がられていたフェンリルが急に人々を殺戮し始めた不可解。
そして旧友であるはずのオーリンすら、全く意識せずに抹殺しようとする不可解。
まさか――。
レジーナの頭に電撃が走った。
オーリンが、何らかの覚悟を決めて右手をかざそうとする。
レジーナは右手でそれを制した。
「先輩、待ってください!」
レジーナは一歩前に進み出た。
オーリンが驚いたようにレジーナを見た。
「な、何だ――?」
「私のスキルは【通訳】です! あのフェンリル、いや、ワサオの言ってることがおかしい! 彼は――何者かに操られている可能性があります!」
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





