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7 ミッション

再開します。

第二章完結までは必ず書きます。

 東京台東区。

 古い町並みが残る街の一角。

 ここに一件のマンションがある。

 プロ奴隷の仕事場である。


 学校でただ一人のプロ奴隷。

 俺の仕事は決して教師父兄生徒に知らされるものではない。

 

 Q.朝、早いですね?

 

 「ははは、公子さまにお仕えする者として当然です。女性の朝は慌ただしいと聞きますから、俺がしっかりサポートしないといけないんですよ」


 日が昇る前、人々が行動する前から薫は動き始める。


 「俺なんかが平穏無事な学校生活を送れているのは、すべて公子さまのおかげですから。こうして誰よりも早く動き始めることで、彼女に貢献しないとね」


 そう語る薫の目は何よりも真剣だ。

 プロに一切の妥協はない。

 薫の誇りはそこにあるという。


 Q.手に持っているのは?


 「パンの耳、公子さまの朝食です。今朝、パン屋で貰ってきました。知ってましたか? これって無料なんですよ」


 そう語る薫の顔はどこか得意げだ。

 パンの耳が入った袋をマンションの宅配ボックスに入れ、素早くその場を立ち去る。

 一連の動作に無駄がなく、熟練のそれを思わせる。


 Q.公子さんには会わないんですか?


 「まだお休み中です。始業時間ギリギリまで寝ているので。登校するときにこのパンの耳を回収して食べながら学校に向かうそうです」


 そう言い、マンションの外から一つのドアを見つめる薫。

 あれが公子の家なのだという。


 Q.これから学校ですか。学校ではご奉仕されるのですか?


 「学校では奉仕はなしです。あ、いや、どうかな? もう公私混同しちゃって(笑)」


 照れ臭そうに笑う。

 骨の髄まで奴隷根性が染み込んでいる証だ。

 

 Q.毎朝これでは辛くありませんか?


 「もう慣れましたよ。それに、公子さまは案外お優しいんですよ。仕える者への感謝と敬意があります。彼女のそばにいられることが俺の誇りです」


 Q.本当にそうなんですか?


 「え? あ、はは。いやだなぁ。誘い水ですか? 止めてくださいよ? 変な編集するの」


 Q.怖いんですか?


 「…………」


 Q.怖いんですよね?


 「…………怖い」


 Q.残りの学校生活、ずっと奴隷ですか?

 Q.もしかして、一生奴隷ですか?

 Q.辞めたいんじゃないんですか?


 「……辞めたい」


 辞めたいに決まってるだろ。ぶっ飛ばすぞ。

 



◇ ◇ ◇




 誰もいない教室に入る。

 前日までの残り香があったが、窓を開け放って新鮮な空気と入れ替える。


 「いい朝だ。気持ちいいな」


 早起きは辛いが、これだけはご褒美だといえる。

 早起きとご奉仕で眠気はあったが、堪えて教科書を取り出す。

 公子の言いつけで勉強をしなければならないのだ。

 なんでも「留年して私から逃れようとする可能性がある」とのことで、万が一にも留年しないよう勉強を強制されている。


 そんなに成績悪くねえわ!

 むしろお前の奴隷なんかやってることが勉強の妨げになるわ!

 

 ちなみに現在、俺たちは「公子」「薫君」という名で呼び合っている。

 呼び名にだけ着目すれば恋人っぽい。

 最初は「あれ? 俺、告白成功したんだっけ?」と錯覚したほどだ。

 奴隷になれと言われて内心ドキドキしていたのも事実。

 ところが、蓋を開けてみれば、毎日の朝食を届けにいくのと、朝勉強の強制と、放課後の町内会の手伝い。

 公子との触れ合いは一切ない。

 完全に陰日向の存在なのだ。

 俺の男子高校生らしい淡い期待は弾けて消えた。


 公子の奴隷になると決まった日。

 俺は告白が失敗したことに落ち込みつつも、内心ちょっとワクワクしていた。

 もしかして、エッチなイベント盛りだくさんの毎日になるのかなぁと妄想した。


 だってそうだろ?

 女子高生の奴隷になるってことは、そういうことだって思うじゃん。


 なのに、毎日ロボットみたいに同じことの繰り返しで、公子はほとんど話してもくれない。


 ペットになれって言うのはなんだったんだよ。

 ペットなら餌くれよ! 可愛がってくれよ! いっそのこと布団に潜り込ませろよ!

 

 俺は誰もいない教室で地団太を踏んだ。




◇ ◇ ◇




 放課後。

 いつも通り、体育館裏に呼び出される。

 夕暮れどき、遠くのほうから野球部の気合の入った声が聞こえてくる。

 オレンジ色に染まった校舎をバックに二人っきり。

 最高のシチュエーションだが、俺たちの間に甘酸っぱい青春の雰囲気はない。

 あるのは、主人と奴隷、命令と服従、それらが生み出す非常に事務的な雰囲気。

 それだけだ。


 「悪い、待たせたな」


 「やっと来ましたか。それでは昨日の報告からお願いします」

 

 公子がぶっきらぼうに言う。

 相変わらずキツイ香水の匂いを漂わせているので、俺の鼻は曲がりそうだ。

 一般の人には「少しキツイかな」くらいの香水でも、犬並みの嗅覚をしている俺にとってはわりと堪える。


 「町長の家の草むしり、立花さん家の電球取り換えの作業は終わったぞ」


 「ご苦労様です。町長も立花さんもお喜びでした」


 公子はこちらを一瞥もせず、スマホをいじりながら答える。

 

 もうちょっと労いの言葉とかないのかね?

 あなたの奴隷は毎日頑張ってますよ?


 「あとは、飯野さんにパソコンを教えるのが残ってるな。今日はそれに行けばいいのか?」


 「いえ、それはもういいそうです。電気屋の人に直接教えてもらったそうです」


 放課後、俺は町内会の人のお悩みを解決している。

 お悩みと言っても、腰が痛いからマッサージしてくれとか、パソコンの使い方がわからないから教えてくれとか、そんな程度のものだ。

 公子はこれを『ご奉仕』と呼んでおり、奴隷活動の基本に組み込んでいる。

 

 「じゃ、今日はご奉仕なしか!?」


 「はい。ご奉仕はありません」


 「おお! マジか!」


 久しぶりの自由だ!

 わはははは!

 帰ってゲームするぞー!


 「それでは、ついてきてください」


 「ゲーム、ゲームぅ~……って、……なに?」


 「ついてきてください。急いで」


 そう言って公子は駆け出した。

 校門のほうに向かっている。


 も、もしかして、ついに公子の家に入れるのか!?

 そこで本物のご奉仕をさせられるとか……。

 だ、大丈夫かな。

 毎日、枕を使ってキスの練習はしてるけども、いきなり本番となるとなぁ。

 するときは眼鏡って外してあげたほうがいいのか?

 だ、誰か教えてくれ。

 



◇ ◇ ◇




 公子は校門を出たところで、生垣の裏に隠れた。

  

 「な、なにやってるんだ?」


 「いいから。薫君も隠れてください」


 よくわからないが、一緒に隠れる。

 下校する何人かの生徒が「こいつらなにやってんだ?」という目で見てくる。

 安心してくれ。俺にもわからない。

 わかってるのは、これから公子の家に行ってイチャイチャする可能性はゼロだということだけだ。

 俺は名刀ムラマサをそっとしまい込み、さも下心などありませんでしたという顔をすることに努める。


 「なあ、なんで隠れるんだ?」


 「薫君は、米倉澪という女子を知っていますか?」


 「あ、ああ。二組の米倉だろ」


 一年二組。米倉澪よねくらみお

 学年でも指折りの美人として人気の子だ。

 お嬢様っぽい縦ロールの髪型をしているので、すごく人目を集める。

 陰では、高飛車な性格と、その見た目とが合わさり「悪役令嬢」というあだ名がつけられている。

 

 「悪役令嬢に何の用なんだ」


 「そのあだ名。なんでついたか知ってます?」


 「知ってるよ。高飛車でお嬢様みたいな見た目だからだろ」


 「みたい、じゃありません。本当にお嬢様なんです。米倉グループって聞いたことありませんか? 彼女はグループの総帥である米倉剛三の一人娘なんですよ」


 「ええ!? マジでお金持ちなの!?」


 米倉グループ。

 たまにテレビのCMで聞く名前だ。

 公子曰く、総合商社の一角で、国のインフラを一部担っている巨大企業。

 その総帥たる米倉剛三の一人娘ってことは、米倉澪は天上人と言って差し支えないだろう。

 

 「最近、米倉さんの夜遊びが過激になってきていると、もっぱらの噂なんです」


 「夜遊び?」


 「はい。なんでも歌舞伎町で年上の男性と逢瀬を繰り返し、毎晩のようにシャンパンタワーを入れて大豪遊をしているという話です」


 わぁーお。

 我々の五歩くらい先に行っちゃってますね。

 毎朝パンの耳をもらってきてる俺との格差すごいな。

 そっちが夜遊びなら、こっちは朝活ってか?

 やかましいわ。


 「つーかさ。お酒も飲んでんの? 未成年だろ」


 「それもですが、どっちかというと不純異性交遊が問題だと思います。高校生の遊びの限度を超えてますよ」


 たしかに。

 酒やタバコは「ああ、ちょっと非行したい年頃だもんね。父さん、母さんも昔はやったよ」みたいなノリで済ませられるが(もちろん、それも絶対やめさせなければならないが)、年上の男性といかがわしいことをしていることのほうが問題だ。

 逮捕うんぬんの話も重要だが、高校一年生が巻き込まれる事件の内容としては非常にセンシティブであり、本人のみならずご両親などへの精神的ショックは甚大だろう。

 

 というか、米倉さんって彼氏いたんだ。

 しかも、もう……。 

 別に好きだったわけではないが、なんかショックだ。

 いや、まあ、「行為」をしたかどうかは、まだわからないけどさ。


 「あ、来ましたよ。米倉さんです」


 茶髪を縦ロールに巻いたお嬢様が校門から姿を現す。

 さっきの話を聞いたあとであらためて見ると、お金持ちオーラが漂っているような気がしてくるから不思議だ。

 米倉澪は校門を出て、俺たちがいるのとは反対方向へ歩いて行く。

 電車に乗るつもりだ。

 

 まさか、そのまま新宿歌舞伎町へ行くのか。

 

 「薫君には、『ミッション』を与えます」


 「ミ、ミッション?」


 「はい。米倉澪に夜遊びを辞めさせてください」


 公子はしれっと言う。


 「ちょっと待てよ。今日の『ご奉仕』はなしって言ってたよな!?」


 「これは通常行う『ご奉仕』ではありません。ミッション、つまり任務です」


 はああああ?

 なんで俺がそんなことをしなくちゃならないんだよ!

 

 俺が不満げな顔をすると、肥溜めの蛆を見るような目をされた。


 「二度言わせないでください。やれと言ったらすぐやること。それとも、動画ばら撒いてほしいんですか?」


 「ぐ……」


 「それに、学友である米倉さんが不純異性交遊、しかも犯罪に巻き込まれているのに見て見ぬふりですか? 冷たいんですねぇ」


 「ぐぐぐ……」


 「早くあとを追ってください。見失いますよ。……ああ、私はちょっと用事があるので、これで帰ります。明日、よい報告を待ってますからね」


 しかも、全部俺に丸投げして帰ろうとしてる。

 ご主人様としてそれってどうなのよ。

 労基の人、見てますか?

 内部告発させてください。なんなら解雇でもいいです。


 「……ていうかさ、俺たちの奴隷契約は、不純異性交遊じゃないのかよ」


 「…………」


 「なあ」


 「さ、帰って用事を済ませないと」


 ああ! 逃げようとしてる!

 労基の人! こいつです!

 早く捕まえてください!


 

 

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