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6 今日から俺は公子の奴隷

 次週の月曜日。

 今日は快晴。雲一つ見当たらない。


 「タッタラ~タララ~」

 

 俺はスキップしながら登校している。

 登校中のほかの生徒は「なんだこいつ?」という目で見てくるが気にしない。

 なぜなら、俺は、今、人生の頂点に立っているからだ。

 

 「タタラタ~フンフン~」


 学校に俺のことが好きな女子がいる。

 それだけで世界が煌めいて見える。

 普段は目に入らないような道端のタンポポ、電柱に止まっているスズメなどが愛らしく見えてくる。

 これが本当の上機嫌ってやつなのだろう。

 自然と鼻歌も出てこようというものだ。


 ウキウキで教室に入る。


 さてさて、黒澤さんはいるかなっと。

 あ、いたいた。


 「黒澤さん、おはよう」


 「……おはようございます」


 黒澤さんは朝から読書中で、俺の挨拶に顔も上げずに答えた。


 相変わらず素っ気ない。

 だけど、俺はわかっている。

 黒澤さんはこういう子なんだ。

 シャイで自分を出せない、ちょっとキツくて素直じゃない女の子。


 だけど、俺のことが……ね?

 ぷぷぷ。そう思うと素っ気ない態度も可愛く見えてくる。

 

 クラスを見渡すと、こちらに視線が集まってきていた。

 「あいつ、黒澤さんに挨拶したぞ……」「え、岩田君て黒澤さんと仲いいの?」「俺、黒澤さんの声、久しぶりに聞いたわ」そんな声が聞こえてくる。

 俺の意中の人である和泉さんまでもがこちらを見て目を丸くしている。

  

 和泉亜依いずみあい

 金髪のツインテールが大変よく似合う美少女で、俺がこの高校に入ってからずっと気になっていた女の子だ。

 

 和泉さん……もちろん、今でも好きだ。

 だけど、手の届かない高嶺の花と、手の届く野に咲くタンポポ。

 俺は後者を選ぼうと思う。

 まあ、黒澤さんだって髪の毛整えてちょっとお化粧したら可愛くなるだろ。 

 しばらくしたら、実は俺と付き合ってましたってクラスの連中にネタばらしするのも面白いな。

 ふふふ。みんなの驚く顔が目に浮かぶ。


 「あー、早く告白してきてくれないかな」


 待ち遠しい。

 どんなシチュエーションで告白してくるつもりだろう。

 ふふふ。まあせいぜい悩んでもらおうか。

 俺はそれに乗っかるだけでいい。

 安心しろ。イエスで返してやるから。

 

 先生が来てホームルームが始まる。

 だが俺はニヤつきながら妄想に耽り続けた。

 



◇ ◇ ◇




 気が付くと、帰りのホームルームが始まっていた。


 あれ? もう授業終わったのか。

 妄想してたらあっという間だな。

 ……ん? なんだ、この紙切れ?


 机の上に折りたたまれた紙切れが置かれている。

 紙を開くと、可愛らしいクマさんのキャラクターがプリントされている。

 いかにも女子が使いそうなメモ用紙だ。

 その紙の中央には、よれよれの文字でこう書いてあった。


 『放課後、体育館裏で待ってます。 黒澤公子』


 キターーーーーーー! 


 なんだよもう! 黒澤さんも待ちきれなかったんじゃないか!

 昨日の今日でもう告白か! 別にいいけどさ!

 

 俺は二つ後ろの席にいる黒澤さんを肩越しに覗いた。

 俯いていて表情は読み取れない。

 いつもの黒澤さんがそこにいた。


 ふふふ。

 冷静を装っているけど、本当は心臓バックバクだろうな。

 なんせ黒澤さんにとっては一世一代の大勝負だ。

 思考回路はショート寸前だろう。

 

 「ふっ」

 

 告白されたらどうするか。

 普通に答えちゃ面白くないな。

 ちょっと焦らすとか。

 なんなら、一回断っちゃうか。

 もちろんあとでフォローは入れるし絶対付き合うけどさぁ。

 それくらいのエンターテイメントがないと、ドキドキしないんじゃない?

 

 しかし、また手紙で呼び出しか。

 ワンパターンだなぁ。


 俺は手紙に視線を落とす。

 すると、あることが気になった。


 「どうして、こんなに文字がよれよれなんだ?」


 手紙の文字はすべてミミズがのたくったようによれよれになっていた。

 

 おかしい。

 黒澤さんは達筆のはずだ。

 前に黒板に文字を書いているのを見たことがあるから間違いない。

 あのときは習字を習ってるのかと思うほどに綺麗な文字だった。


 「……そうか」


 黒澤さんは、震える手でこれを書いたんだ。

 控えめな性格の彼女が、死ぬほどの恥ずかしさに耐えて書いたから、この文字はよれよれなんだ。


 バチッ!


 俺は両手で自分の顔を叩いた。


 ……どこまで性悪だ。岩田薫。

 いっぺん死ぬか? おい。

 黒澤さんが死ぬ気でぶつかってこようとしてんのに、なにがエンターテイメントだよ。

 十五歳の乙女が好きな男子に気持ちを伝えるなんて、清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟がいるだろ。

 きっとさんざん悩んで告白することを決意したんだ。


 なのに、なに無意味に一回断ろうとか思ってんだ。

 なにがワンパターンだ。

 なにが野に咲くタンポポだ。


 なんで先週、彼女のマンションに行こうとした?

 純真な彼女の恋心を利用して自分の欲望を満たそうとしていたな?

 このクズ野郎。

 

 お前のような男は、黒澤さんに相応しくない。

 お天道様が許しても、この岩田薫が見逃さねえ。

 彼女に相応しいのは、真面目で誠実で思いやりのある男だ。


 深呼吸して息を整える。

 

 もう一度よく考えろ。

 どうするのが一番いいか。

 自分の心に問い直せ。


 「……よし。腹は決まった」




◇ ◇ ◇




 放課後、体育館裏に向かう。

 角から顔を出すと、黒澤さんの小さな背中が見えた。


 「ごめん。お待たせ」


 「いいえ。私もさっき来ました」


 「……」


 「……」


 やばい。

 なんて切り出そう。

 

 「そ、そうだ。タオルと水筒! 洗ってきたから!」


 貸してもらっていたクマさんのタオルと花柄の水筒を取り出す。


 「お手数をお掛けしました。それと、この間は本当にありがとうございました」


 「え、あ、ああ、ゴミ拾いのこと? 全然いいんだよ。必要ならまた呼んでくれ」


 「……」


 「……」


 か、会話が続かない。

 当然か。

 別に会話しに来たんじゃないんだから。


 「あの、それで今日は、岩田君に伝えたいことがありまして……」

 

 黒澤さんが切り出す。

 だが、それを俺が制止する。


 「ま、待った! そのことなんだけど、俺も伝えたいことがあるんだ」


 「え……」


 黒澤さんには言わせない。

 ここまで外堀を埋めてくれたのは彼女だ。

 話すきっかけも、意識するきっかけも、告白のきっかけも、用意してくれたのは全部彼女だ。

 最後くらいは男らしく、俺から告白する。


 「スー、ハー」


 深呼吸をする。


 落ち着け、ちゃんと言うんだ。

 自分の気持ちを。


 「こ、この間は、いきなり家に行こうとして、ごめん。舞い上がってたっていうか、正直、調子に乗ってたと思う。反省してる。この通りだ」


 俺は頭を下げた。

 

 邪な想いがあったのは事実。

 まずはそのことを謝る。

 

 「気にしてませんよ。……あの、伝えたいことって、そのことですか?」


 「い、いや、まだあるんだ!」


 か、顔から火が出そうだ。

 頑張れ! 最後まで言うんだ!

  

 「俺、黒澤さんのこと、す、す、好きになりました! 俺と付き合ってください! お願いします!」


 言った!

 ちゃんと言えたぞ!


 黒澤さんはポカンとしている。

 あまりのことに頭が追いついていないようだ。


 「……」


 「……」


 気まずい時間が流れる。


 う……。

 何か言ってほしい。


 「ふふ。それは、助かります」


 黒澤さんがやっと口を開く。


 「うん。やっぱり、俺から言うのが筋かなって」


 「えっと、じゃあ、私の伝えたいこと言っていいですか?」


 え、どういうこと?


 「あの、黒澤さんが伝えたかったことって、俺が言ったこととちがうの?」

 

 「ちがいますね」


 は? 意味が分からない。


 「じゃ、助かりますって、なんのことなんだ?」


 「ああ、つまり、こういうことですよ」


 黒澤さんはスマホを取り出し、画面をこちらに向ける。

 

 ピコ。


 動画が再生される。

 そこには、鼻の穴を膨らませてハーフパンツを握りしめる俺が映っていた。


 「ちょ、ちょっと待ってよ。その動画、消してくれたんじゃ……」


 「元の動画は消しましたよ。この動画は編集されたものです」


 へ、編集?


 その言葉の意味は、動画の続きを見てすぐにわかった。


 「『ああ、いい匂いだなぁ。上品な香り』」


 タオルに顔を埋めて悦に浸る俺が映っている。

 ちなみにパンツ一丁の姿だ。


 これって、この間のゴミ拾いのあと、教室で着替えてたときの様子じゃないか!

 

 動画には黒澤さんの声は入っておらず、俺がタオルの匂いを嗅いで、水筒を飲み干す様子だけが流れる。


 「これが何だって言うんだ!」

 

 「意外と勘が悪いんですねぇ。このタオルと水筒に見覚えありませんか?」


 タオルと水筒?

 女の子が持ってそうなありふれたデザインだ。


 「これ、和泉さんが普段から愛用しているタオルと水筒です」


 そこまで言われて気が付いた。

 たしかに、あのタオルと水筒、和泉さんがよく使っている。


 「ま、まさか、おまえ……」


 黒澤さんは口の端をキューっと上げる。

 彼女が悪だくみをするときの顔。

 歪んだその笑顔を見て、俺はゾクリと寒気がした。


 「クフフ。やっと気が付きました? 岩田君が言っていた通り、ハーフパンツを持ち上げてる動画だけじゃ説得力が足りないなぁと思ってたんですよ。だから追加で撮影したんです。放課後、和泉さんのタオルの匂いを嗅いで、和泉さんの水筒をこっそり使っているパンイチ姿の岩田君をね。これなら完璧です。言い逃れはできません」


 「そ、それは和泉さんのじゃない! 黒澤さんが用意したものだ!」


 「でも、ハーフパンツは正真正銘、本物ですよ。刺繍が入っていますから間違いありません。このタオルと水筒も和泉さんのものだってなりますよ」


 「そ、そんな……」


 情けない声が出る。

 それを聞いて黒澤さんの口角がさらに上げる。

 

 「これ、ちょうど和泉さんの席の近くなんですよ。まあ、そうなるように私が誘導したんですけどね」


 「ま、まさか、でまかせだ!」


 「時間、場所、光の具合、岩田君の向いている方向、全部を調整しないと続きの動画だって思ってもらえないでしょう? 大変でしたよ。カーテン開けっ放しで同じ部屋で着替えたり、着替え終わる前に水筒を飲ませたり……」


 「ぜ、全部、黒澤さんの演技……だった?」


 力が抜け、その場にへたり込む。


 俺の立っている位置、パンツ一丁の姿、そのときにタオルと水筒を使うように仕向けた?

 そんなことができるのか?

 ……いや、できる。

 あのとき、俺の頭の中はエロいことでいっぱいで、細かいことなんて何も考えてなかった。

 黒澤さんが窓際で着替えると言ったから、その反対で着替えた。

 タオルで体を拭けと言われたから拭いた。

 タオルの匂いを嗅げと言われたから嗅いだ。

 水筒で飲み物を飲めと言われたから飲んだ。

 その背後で……きっと彼女は今と同じ悪魔の笑みを浮かべていたにちがいない。

 すべて計画通りに進んでいるとほくそ笑んでいたんだ。 


 なんて……。

 なんて恐ろしい奴だ。


 俺の心臓は、さっきまでのあたたかい胸の高鳴りとは全くちがい、不安と恐怖で気持ちの悪いリズムを刻んでいた。


 「この映像、ばら撒いたらどうなりますかね? 大好きな和泉さんにも嫌われちゃう? ああ、今は私のことが好きなんでしたっけ? クックック」


 俺はもらった手紙を手から落とす。

 黒澤さんはそれを拾って自分のポケットにしまう。

 

 「私からのメッセージを読んで、別のことを期待していたみたいですね。まあ、そうなるだろうと思っていました。……今の状況を想像したら可笑しくて可笑しくて、肩を震わせながら書いたので文字がよれよれになってしまいました。読みにくかったでしょう?」


 彼女の声には、人を小馬鹿にしたような響きが含まれていた。

 同時に、自分の罠が成功したことに愉悦を感じているようだった。


 俺は涙目で彼女のことをギロリと睨みつけた。

 それでも、黒澤さんは意地の悪い笑みを崩さずに見下してくる。

 

 人生で初めて告白したのに……。

 踏みにじられた!

 ゆ、許せるもんか!


 「け、消せよ! その動画!」


 黒澤さんに飛びつく。

 だが、ひらりと躱され、俺は地面に突っ伏した。


 「無駄ですよ。家のパソコンとネット上のデータ保管庫にも同じ動画がありますから。私のスマホを取り上げても意味ありません」


 「こ、こんなことして、お前に何の得がある!」


 「得? ありますよ。また一つお願いごとを聞いてください」

 

 一つのお願いごと。

 前回とまったく同じ要求。

 だけど、俺はわかっていた。

 こいつは前回と比にならないような要求をしてくるつもりだ。


 「今日から私に絶対服従。逆らうことは許しません。薫君には私のペットになってもらいます」

 

 体育館裏のジメジメとした、すべてのものが薄暗くなって輪郭を失う陰の中で、黒澤公子の悪魔のような笑顔だけは異様にはっきりと見て取れた。

 悪意と愉悦の入り混じったその笑顔はすごく印象的で、しばらく俺の頭から離れなかった。


 こうして、俺は黒澤公子の奴隷になった。 

 


第一章・完

早ければ明後日から第二章を始めます。

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