5 教室でお着替え
パリピたちは帰り、彼らが残したゴミを拾う。
黒澤さんも参加したことで、ゴミ拾いは早々に終わった。
「公子ちゃん。手伝いありがとうね」
「いえ、町に住むものとして当然ですよ」
町長のお礼の言葉に黒澤さんは爽やかに答える。
さっきまで口を三日月に曲げて暗黒微笑をたたえていた人物とは思えない。
「岩田君もありがとう。彼女に付き添ってゴミ拾いなんて、なかなかできないよ」
「か、彼女じゃありません! こ、こいつは、ただの、と、友達です!」
「あれ? そうなのかい?」
そう言って首をかしげる。
「そうですよ。私たち付き合ってません」
黒澤さんが素っ気なく即答する。
カップルだと勘違いされたことなんてなんとも思っていないという感じだ。
……なんだよ。
眉一つ動かさないのか。
俺はちょっとだけ悔しかった。
自分だけ動揺したのもあって悔しかったのだが、黒澤さんの俺に好意がないという素振りが気に入らない。
この間の俺の推理では、黒澤さんは俺に気があると結論付けた。
まるで、それが完全に間違いだったと否定されている気分だ。
ちぇ。
俺の一人相撲だったのか。
◇ ◇ ◇
「はあ~。疲れた」
今、俺と黒澤さんは自分たちの教室にいる。
汗だくで気持ち悪いので、教室に置いてある学校指定の体育着に着替えようと思い、休日出勤している先生に鍵を開けてもらったのだ。
「黒澤さん、教室の中で着替えていいよ。俺は廊下で着替えるから」
どうせ誰もいないんだ。
廊下で着替えったって問題あるまい。
廊下に出ようとドアに手を掛けると、服の袖をぐいと引っ張られる。
「え? どしたの?」
振り向くと、俺の袖を引っ張る黒澤さんがいた。
だが、いつもと様子がちがう。
掴んでないほうの手はグーに握り、顔の近くに構えてアイドルポーズをしている。
また、分厚いメガネとボサボサの髪でよくわからないが、上目遣いをしているようだ。
「岩田君も中で、いいですよ?」
「ふえ?」
中でいいですよ?
あ、ああ、教室の中で着替えていいよってことか。
なるほど、俺も一緒に着替えていいのね。
ふむふむ。そうか、そうか。
って、ええええええええええええええ!?
一緒に着替える!?
教室に差し込む西日がそう思わせているだけかもしれないが、黒澤さんの顔は赤くなっているように見えた。
なにより、今まで見たこともないような『萌えポーズ』をとっている。
あまりの衝撃に俺はパニック状態に陥る。
予想外!
完全に意識の外を突かれた。
しかもちょっとかわいい!
これがギャップ萌えってやつなのか!?
「もしかして、一緒はイヤでした?」
キュン。
いかん。
キュン死する。
「い、いいよ。じゃあ、俺も中で着替える」
◇ ◇ ◇
「私、こっち側で着替えますね」
「カ、カーテン閉めなくていいの?」
黒澤さんはカーテンも閉めずに窓際で着替えようとする。
「いいですよ。どうせ、西日で外からは見えませんし、そもそも誰も見てないでしょう?」
「そ、そうだな」
「あ、岩田君が見てましたね」
クスリと笑う。
地味な黒澤さんには似つかわしくない小悪魔的な笑い方だ。
「ば、馬鹿! 見ねえよ!」
「……そうですよね。ごめんなさい」
そう言って、黒澤さんは背中を向けてしまった。
少ししょんぼりしている。
「あ、いや、見ないっていうか、その、なんだ……」
「いえ、いいんです。どうせ、私の体なんて、誰も見たくないですもん」
「……」
俺の馬鹿! 大馬鹿! トンチキ! 童貞!
なんで千載一遇のチャンスを棒に振り、あまつさえ彼女を傷つけた!?
今のチャンスを生かせない奴は一生童貞だぞ!
覆水盆に返らず。
背後でスルスルと服を脱ぐ音が聞こえる。
夢の『脱衣シーン』は泡となって消えた。
仕方なく、俺も背中を向けて自分の服を脱ぐ。
い、いや、普通に着替え始めちゃったけど、とんでもない状況であることには変わらないぞ!?
今、背後では、黒澤さんが下着姿になっている。
そして、俺もパンツ一丁だ。
二人きりの教室、同級生の女の子と半裸、邪魔をする者はだれもいない。
……待てよ。
さっきは俺に気がないような素振りをしていたが、好きでもない男と同じ部屋で着替えるか?
今日だってなんだかんだ一日一緒にいたし、そもそもラブレターまで送ってきている。
普通に考えて好意はあるのではないだろうか。
黒澤さんは地味な感じの子だし、素直に自分の感情を出せていないだけなのかもしれない。
意識し始めると、急に心臓がバクンと動き出す。
「……ッ!」
……そうだよな。
やっぱり、惚れられてるんだよな。
はは、俺って鈍感すぎ。
やべー、だとしたら今ってめちゃくちゃドキドキのシチュエーションなんじゃ……。
「岩田君」
「ひゃい!」
黒澤さんが声を掛けてくる。
しかも、すぐ後ろからだ。
振り向けないから正確にはわからないが、一メートルも離れていない。
「な、なに?」
「タオル、使ってください。あと、水筒もあるんです。飲んでください」
背後からにゅっと手が伸びてタオルと水筒が差し出される。
クマさんがプリントされたタオルと、花柄模様のピンクの水筒だ。
意外と女の子らしいデザインだな。
てか、黒澤さんこっち向いて俺のこと見てるよな。
パンツ一丁なんだけど、いいのか?
いや、俺はいいけどさ。
「お、おう。サンキュー。あとで使わせてもらうわ」
「今、使ってください」
「え、なんで……」
「体が汗だくですよ。服を着る前にタオル使ったほうがいいです」
「あ、そうだな。たしかに」
「岩田君、タオルの匂いどうですか? 匂いのする柔軟剤で洗ったんです」
タオルを鼻に近づける。
「ああ、いい匂いだなぁ。上品な香り」
「……気に入ってもらえました? 岩田君のために高い柔軟剤使ったんです」
マジ?
匂いフェチの俺のために?
どんだけ俺のこと好きなん?
そして、黒澤さんはさらに攻めてくる。
「意外ですね」
「な、なにが?」
「背中です。意外と逞しいなって……」
いやメチャクチャ好きやん。
もう好きを通り越して発情しとるやん。
黒澤公子。
相変わらずの策士だな。
俺の裸を見るために汗をかかせ、着替えのタイミングでタオルを渡してくるとは。
だ、だが!
こちらだけ裸を見られているのは不公平ではないか。
ちょ、ちょっとくらい見ても罰は当たるまい。
俺はふくらはぎのあたりをタオルで拭く。
体を前に屈めることで、股の間から背後をこっそり覗く。
もちろん、相手にバレないギリギリの線をつく。
バレないように、慎重にだ……。
う、うおおおお。
見えた!
まだ下着姿だ!
自分の股の間から、黒澤さんの足が見えた。
ぷにぷにの白い太ももが二本。
お、女の子のふともも、これほど近くで見るのは初めてだ。
見ただけでわかるほど、もちもち、ぷにぷに、すべすべじゃないか。
普段からスカートの陰にこんな愛らしいものを隠していたとは。
「はあ、はあ……」
このシチュエーションに、この視覚的刺激。
健康な男子高校生である俺に興奮するなというのは無理だ。
心臓は爆発寸前。
全身が心臓になったかと錯覚するほどに鼓動がうるさい。
もし、このまま振り向いて抱きついたらどうなるだろう?
たぶん、いや、絶対に拒否はされない。
彼女の耳元で一言「好き」と囁けば、落とせるはずだ。
いっそのこと、そのままここで……、誰も来ないなら、それも……。
「どうしました?」
黒澤さんが俺の態度の異変に気付く。
やべ。
覗いたことがバレたか?
「はあ、はあ、いや、ちょっと暑いなって」
「水分も取ってください。スポーツドリンクだから、甘くて美味しいですよ」
「お、おお、いただきます」
受け取った花柄の水筒を開け、中の飲み物を流し込む。
冷たい。
興奮して熱くなっていた脳が冷却されていき、少し冷静さを取り戻す。
あ、危ないところだった。
理性がぶっ飛んで、黒澤さんに抱きつくところだった。
落ち着け!
もう勝利は約束されているんだ。
こっちから妙な行動をとって墓穴を掘る必要なんてない。
相手は俺以上に抱きつきたいはずだ。
だったら、相手の出方を待てばいい。
俺は相手の言動にうまく乗ってやるだけでいいんだ。
「タオルと水筒、しまっちゃいますね」
「あ、いや、ちゃんと洗って返すよ」
「そうですか。ありがとうございます。逆にお手数かけちゃいますね」
「い、いいんだよ。まあ、やるのは俺じゃなくて母親なんだけど……」
「お母さん。羨ましいです。うち、両親がいないから」
「え? そうなの?」
「はい、近くのマンションで一人暮らしです」
『一人暮らし』というワードが俺の頭の中でこだました。
女子高生が一人暮らし?
それ禁断の組み合わせだよ。
そんなの男子高校生に教えちゃダメだ。
ギリギリ我慢してたのに……。
俺の煩悩が脳内で超新星爆発する。
「あ、あ、あ、明日ってさあ! に、に、に、日曜日じゃん!」
「はい? そうですね」
「いや、だから今日の夜、どっか遊びに行きたいなーって思ってたんだよね! 全ッ然疲れてないし!」
「そうなんですか」
「しかも、うちの親ってわりと放任主義だから、連絡さえ入れときゃ一日くらい遊びまわってても文句言わないし! 友達の家とか泊っても問題ない!」
「へえ。寛容なご両親なんですね」
「黒澤さんのマンションて近いの? 俺なんかシャワー浴びたくなってきたわ! そうだ、ドラッグストア行って飲み物とお菓子買ってゲームやらね!? ソフト何持ってる?」
「あっ、いえ、あの……」
「ああ、コントローラー一個しかない? 大丈夫、家からコントローラー持ってくるよ。モン○ンやらね? 俺上手いよ」
「岩田君」
「大丈夫、俺マジで上手いから! ゲーム嫌なら映画でもいいや。一緒にツ○ヤに行こうぜ!」
「岩田君、私、もう帰りますね。着替え終わったので」
は?
振り向くと、黒澤さんはもう帰り支度を済ませていた。
「え? 帰っちゃうの?」
「ごめんなさい。その……」
恥ずかしそうに俯いてしまう。
なにかまずいことでも言っただろうか。
「えと……私にも心の準備があって……。だから、今日は、ごめんなさい」
絞り出すようにして答える。
俺は天を仰いだ。
そうだった。
女の子にはいろいろと準備が必要だと聞いたことがある。
もしかしたら、家がぐちゃぐちゃなのかもしれないし、ムダ毛の処理が甘いのかもしれない。
いやあ、しかし、そんな乙女心がなんともいじらしい。
俺は気にしないのにな!
「あ、ああ! だ、だよね! わかってる! 今度にしよう!」
俺がいきなりがっつきすぎたのも悪かった。
性欲丸出しじゃ、そりゃ怖いわな。
というか、そういう部分はきっちりした子なんだと逆に安心した。
仕方ない。今日は諦めよう。
「はい。また今度、お願いします」
黒澤さんはペコリとお辞儀をした。
かわいい。
昼間の高圧的な態度はやっぱり照れ隠しだったんだな。
「それでは。教室の鍵、返しておいてもらえますか?」
「おう。返しとく。じゃあ、また学校で!」
そう言って彼女は帰っていった。
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