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3 ゴミ拾い

 「あぢ~。死ぬ~」


 土曜日。

 季節は春だが、今日は初夏の陽気。

 普段なら家でゲームをやっているころだが、今の俺は学校裏の河川敷に来ている。

 黒澤さんの命令でゴミ拾いにやってきたのだ。


 こんなクソ暑いのに軍手なんかつけてゴミ拾い、これなんて苦行?


 「く、黒澤さんはやらないの?」


 「やりません。肌焼けますし」


 なーにが「肌焼けますし」だ。

 女子っぽいところ出してんじゃねえよ。

 少なくとも髪バサバサのジャージ姿で言うことじゃないだろ。


 黒澤公子は日傘を差してこちらを見物している。

 上下とも学校指定の青いジャージを着て、相変わらずキツイ香水をつけている。

 見た目は根暗陰キャ女子なのに、日傘を差していることから日焼けは気にするらしい。

 

 あいつの狙いは何なんだ。

 いきなり「町内会のゴミ拾いに参加しろ」なんて。


 黒澤さんのお願いとは、町内会のゴミ拾いに参加してほしいというものだった。

 学校裏の河川敷は、近隣に住むマナーの悪い住民がゴミを捨てまくっていて荒れ放題。

 そこで、町内会の爺さん連中が休みの日になると有志を募ってゴミ拾いをしているのだ。

 

 「いつも悪いねぇ。公子ちゃん」


 「あ。大島さん。こんにちは」

 

 この会を仕切っている町長の大島さんが現れた。

 黒澤さんにお礼を言いに来たようだ。

 

 「助っ人を呼んでくれたんだね。人手が足りなくて困ってたんだ。助かるよ」


 「いえ。お気になさらず。彼のことは朽ち果てるまで使ってあげてください」


 「あっはっは。頼もしいねえ」


 「岩田くーん。ファイト、ファイトー。ペース落ちてるよー」


 部活のマネージャーか、お前は。

 そもそもなんで何もやってないお前がお礼言われてんだよ!

 町長! その女にも手伝わせろ! 日傘をぶんどれ! お澄まし顔をやめさせろ!

 ……とは、死んでも言えないが。


 俺はあの黒澤公子にとんでもない弱みを握られている。

 俺がクラス一の美少女、和泉さんのハーフパンツの匂いを嗅いで悦に入ってる姿を収めた衝撃映像だ。

 黒澤さんの機嫌を損ねれば、その映像は全校生徒どころか全世界に発信されてしまう。

 今の俺は彼女に逆らえない。


 「ほらほら、岩田君。ちゃんと頑張らないと、わかってるよね?」

 

 「ちきしょう! やったろうじゃねえか! うおおおおおおお!」


 耐えるんだ。

 この屈辱に耐えきれば、動画を消すと約束してくれた。 

 たった一日ゴミ拾いを頑張ればいいだけだ。


 一心不乱にゴミ拾いをする。

 その姿を見た町内会の人たちは感嘆の声を上げる。


 「暑いのに手伝ってくれてありがとうね~。偉い子だわ~」


 「本当だよ。うちの孫にも見習わせたい」


 町内会の爺さん婆さんたちが褒めてくれる。

 

 なんか久しぶりだな、こういうの。

 俺も昔はこういう町のイベントにはよく出てた。

 人のためにいろいろ動いて感謝されることが嬉しかった。

 小学校でも正義のヒーロー気取ってたよな。


 でも、『あの事件』があってから、俺は変わったんだ。

 他人と関わるのが怖くなって自分からは動かなくなった。

 だから、人から感謝されるなんて数年ぶりかもしれない。

 

 黒澤さんと俺は中学校が同じだったんだよな。

 もしかして、小学校も同じだったのだろうか。

 まさか昔の俺を知ってたりしないよな?

 そうだったら、嫌だな。

 昔の俺と今の俺じゃ、全然性格がちがうから。


 「ん? なんだ?」


 少し離れたところで、町長の大島さんが若者数人と揉めている。


 「ですから、ここではバーベキュー禁止なんです。そこに立て看板もあります」


 「っせえな。じゃあ、バーベキューのために用意したもの弁償しろや。そしたらどいてやるよ!」


 「そんな無茶苦茶な。それに、そこにある空き缶はあなたたちが捨てたものではないですか? ちゃんと持って帰ってくださいね」


 「ああ? ちげーよ。なんか証拠でもあんのかよ! 因縁つける気かジジイ!」


 うわ~。

 明らかにガラの悪そうな連中だ。


 浅黒い肌をした男二人。ギャル風の女二人。

 計四人でバーベキュー中のようだ。

 ただ、ここは大島さんが言った通りバーベキュー禁止だ。

 

 町長としても、ここは退けない。

 町の人たちがボランティアでゴミ拾いに参加してくれているのに、ゴミのポイ捨てをしている連中を見逃したら、ボランティアの人たちに申し訳が立たない。

 だが、パリピ四人も一切引く気がないらしく、それどころか余計にヒートアップしている。


 これちょっとまずいんじゃないか?

 下手すると暴力沙汰になるぞ。


 黒澤さんのほうを伺うと、両手の人差し指をパリピの方に向けてゴーサインを出している。


 うん。「死刑」ってこと?


 「黒澤さん。いくらなんでも無茶だよ」


 「あのパリピたちは邪魔なので、どけてください。やり方は任せます」


 「任せるって……えええ……」


 「できなければ動画をばら撒くだけです」


 「なっ」


 「ふふふ。ゴミ拾いに参加するだけで動画を消すなんて、信じてたわけじゃないですよね? さあ、岩田君の命運を賭けた闘いですよ」


 ぐっ。

 ここでその脅しかよ。


 「応援は任せてください。いけいけゴーゴー。いけいけゴーゴー」


 マジでやるのか?

 さすがに怖いんだけど。


 ドン!


 「あ」


 黒澤さんが声を上げる。

 振り向くと、町長がパリピの男に突き飛ばされて倒れるところだった。


 「大島さん!」


 俺は町長に駆け寄った。


 「あんた、なんてことするんだよ!」


 「はあ? うっせえ。そのジジイがしつこいから悪いんだろ。なあ!?」


 後ろのパリピたちに同意を求める男。

 それに同調して「マジしつこくない? このおじいちゃん」「ジジイはゲートボールでもやってろよ」とのたまっている。


 いくらなんでも横暴すぎる。

 お年寄りに手を上げるなんて、こいつら気が狂ってるぞ。


 「……おい」


 「はあ? 今度はガキかよ。つか、お前らなんなの? いい加減しつけーよ」


 「俺たちはゴミ拾いしてるんだ。大きなゴミが四人もいたら見過ごせないだろ?」


 「……ッ! 死にてえらしいな」


 男は拳を鳴らし、臨戦態勢に入った。

 俺もファイティングポーズをとる。

 

 まあ、年がら年中、女と遊んでるだけの軟派男なんて俺の敵じゃないだろ。

 いくぜ!


 バキ!


 「あん」



 

◇ ◇ ◇


 

 

 「無理です! 勝てません!」


 俺は腫れた右の頬を押さえながら黒澤さんに抗議した。


 「諦めよう! あんなベンチプレス百キロ上げそうなゴリラに勝つなんて無理だ!」


 黒澤さんは額に指を当てて「はあ~」とため息をつく。

 まるで残念なものを見るような目だ。

 

 「誰が暴力で解決しろなんて言いました?」


 「だって、パリピたちをやっつけろって言っただろ!」


 「言ってません。『邪魔だからどけてください』と言ったんです」


 「じゃあ、どうしろってんだよ!」


 「頭を使ってください。突っ込むだけが戦い方じゃないでしょう。脳みそゴリラ以下ですか?」


 いちいち嫌味な言い方だ。


 だけど、町長の説得で無理だったんだから、あとは力ずくしかないんじゃないのか?

 あいつら注意されたことでさらに意固地になってるし……。  

 

 俺が腕を組んで悩んでいると、黒澤さんがやれやれという感じで口を開く。


 「いいですか。中国のことわざに『彼を知り己を知れば百戦してあやうからず』というものがあります」


 「し、知ってるよ」


 「どんな意味です?」


 「えーっと。敵の情報と味方の情報を知っていれば、百回戦っても負けない、みたいなことだろ?」


 「そうです。じゃあ、まず、岩田君の特技って何ですか」


 「え? 俺? まあ、優しくて真面目で~」


 「そんなものは特技って言いませんよ。あるでしょう。もっと変態的なやつが」


 「は、鼻が利くとかってことか?」


 「はい。これで己を知れましたね」


 「あ、ああ。でも、敵のことは何もわからない。パリピだってことしか……」


 黒澤さんは口の端をキューっと上げる。

 

 でた。

 黒澤さんの悪顔。


 「私はここに来てからずっと彼らのことを見てました。彼ら四人の関係性も把握済みです。つけ入る隙もあります」


 「つけ入る隙?」


 「いいですか。彼らは……」


 黒澤さんは奴等に聞かれないよう俺に耳打ちをする。


 「ふむふむ。……え? ああ、そうなんだ」


 「そうです。だから…………してください」


 ええええ!?

 それを俺がやるのか!?


 驚いた顔で彼女を見ると、また悪い顔をしている。

 これから起こる出来事を想像して悦に入っている、そんな顔だった。

 


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