2 黒澤公子のお願い
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次の日。
俺は黒澤公子に呼び出されて体育館裏にきていた。
昨日の件で話があるのだそうだ。
『昨日の件』とは、もちろん俺が和泉さんのハーフパンツの匂いを嗅いでいたことを指すのだろう。
一睡もできなかった。
黒澤さんがその気になれば、昨日の写真をばら撒き、すぐにでも俺を破滅させることができたはず。
だが、今のところクラスで妙な動きはない。
黙ってくれているようだ。
「遅いな……まだかよ」
黒澤公子はまだ現れていない。
まあ、向こうにしてみればこちらの優位に立っているのだから、重役出勤でも問題ないと考えるのは当然か。
遅い、といえば、昨日のラブレターの差出人は誰だったんだ。
結局、あのあとも現れることはなかった。
「まさか。ラブレターの差出人って……」
そこまで考えて俺は一つの可能性に至った。
そうか、それなら……。
まだ逆転の芽はある。
対応さえ間違えなければ……!
俺は高速で思考を巡らせる。
このあとの展開、俺の予想通りなら今度はこちらが優位に立てる。
いや、立たなければならない!
それができなければ、俺は和泉さんに変態男として嫌われ、犯罪者予備軍筆頭という不名誉な称号を得ることになる。
下手をすれば、この学校にいられなくなることだってあるんだ。
事態は深刻だぞ。
「お待たせしました」
必死に打開策を練っていると、背中から声を掛けられた。
俺はビクリと肩を震わせる。
集中していたとはいえ、こう音もなく現れるとは不気味だ。
「く、黒澤さん……」
「すみません。掃除の当番で遅れました」
「あ、ああ、全然いいんだよ」
でた。
黒澤公子だ。
クラスでのあだ名はサダコ。
髪は振り乱したかのようにバサバサで、お化けにしか見えない。
相変わらずツンとした香水の匂いをまき散らし、俺の鼻を曲げてくる。
「それで、何の用かな」
「……わかりませんか?」
黒澤さんはジッとこちらを見る。
「昨日の放課後のこと……」
「そうですよ。わかってるじゃないですか」
高圧的な言い方だ。
くそ。
今はまだ我慢だ。
「その、あれは誤解なんだ。ちゃんと説明を……」
「『あれ』というのは、岩田君が和泉さんのハーフパンツの匂いを嗅いでいたことを指していますか?」
「……ッ」
こ、こいつ。
やはり、あの場面をそのように捉えていたか。
「ちがうんだ。誰かのハーフパンツが落ちていたから、拾っただけだよ」
「ふーん。でも、不自然な間がありましたよね。パンツをジッと凝視してましたよ?」
パンツ言うな!
ハーフパンツじゃ!
落ち着け。
まだ弁明は可能だ。
「だ、誰のものかたしかめていたんだよ。ほら、床に落ちてたからさ」
「腰のところに名前の刺繍が入ってますよね? すぐにわかるのでは?」
「す、すぐに確認して和泉さんの席に戻しただろ!」
「十秒は眺めてましたよ。いえ、嗅いでいたが正しいですか」
「だから嗅いでないって! だいたい、十秒ってのは黒澤さんの体感ではって話でしょ!?」
そうだ。
黒澤さんは十秒と言っているが、嗅いでいた秒数なんて正確にはわからない。
仮に写真が出回ったとしても、大丈夫だ。
ハーフパンツを顔に押し当てたりしていないんだから、いくらでも弁明できる。
俺がニヤリとすると、黒澤さんはスマホを取り出し、画面をこちらに向けた。
ピコ。
「十秒ですよ。この動画が証拠です」
「ど、動画!?」
スマホの画面には、和泉さんのハーフパンツをいやらしい目で凝視する俺が映っていた。
鼻の穴を膨らませて胸いっぱいに息を吸い込んでいる。
ぎゃああああああああああ!
ばっちり映ってるーーーー!
「で、でも、嗅いでるかどうかは、わからないんじゃ……」
「中学のとき」
「は?」
「みんなの朝食を言い当てたり、トイレに行った子が大か小かを言い当てたり、クラスの女子の生理の日を言い当てたり……」
「な、なんでそのことを!」
「自他ともに認める匂いソムリエで、一部の生徒からはエスパーと言われていた。ですよね?」
こいつ、まさか同中!?
あ、ありえない。
俺はわざわざ高校から別の県に変えたのに!
「その情報と一緒に、この動画が拡散されたらどうなりますかね?」
「あ、あ……」
俺はがくりと膝をついた。
終わった。
これで生殺与奪の権は完全に黒澤さんのものだ。
そのまま土下座のポーズをとる。
今の俺にできるのはこれだけだ。
「お、お願いします。どうか、その動画を消してください」
地面に頭をこすりつけて懇願する。
あの動画が流失したらヤバい。
残りの学校生活ずっと変態犯罪者と蔑まれることになる。
それだけは……それだけは回避しなければならない!
黒澤さんは数秒の間のあと、口を開いた。
「消す? タダで?」
「お、お金なら、頑張ってかき集めます!」
「お金は要りませんよ。タダって、そういうことじゃないです」
「じゃ、じゃあ、どうすれば……?」
「そうですねぇ。一つお願いごとを聞いてもらいましょうか」
「お願いごと……」
「もちろん、それ相応のお願いごとです」
黒澤さんは口の端をキューっと上げる。
何かとんでもないお願いをしようとしているのかもしれない。
「……そんな」
「どうしますか。嫌ならいいんですよ。動画をばら撒くだけです」
冷たい目で見下しながら脅迫してくる。
その場に瘴気にも似た空気が流れ、俺のことを包み込んでくる。
「一つの、お願いごと……」
こ、この要求、完全に……
予想通り!
俺は土下座しながら、心の中でガッツポーズをした。
やはり、そうきたか黒澤公子。
予想していた通りの要求。
ここまでの展開は読めていた!
読者諸兄、なぜ俺がここまでの展開を読めたか知りたいか?
くっくっく。ほうほう。知りたいか。知りたいよな。
求めれば答えん! 答えてしんぜよう!
まず、あのラブレター!
あれは黒澤公子が出したものだ。
昨日、黒澤さんはラブレターのメッセージで俺を呼び出した。
おそらくは告白するつもりだったのだろう。
だが、彼女は教卓の裏から出てくることができなかった。
当然だ。十五歳の乙女が好きな男子に告白するなんて容易にできることではない。
そのプレッシャーを想像してみろ。
キミならできるか?
俺ならできん。
彼女が緊張して飛び出すタイミングを失っているとき、俺が和泉さんのハーフパンツに気が付いた。
そして、ハーフパンツを拾い上げる様子をとっさにスマホで撮影したのだ。
なぜ彼女がそんなことをしたのかって?
決まっているだろう。
あの瞬間、彼女は俺の弱みを握れると直感したのだ。
もともと同じ中学だった俺が匂いフェチであることは知っていたのだから、そのような思考になるのも頷ける。
これが事の真相だ。
そして、さらに予想できるぞ。
黒澤さんは冷静を装っているが、怒っているはずだ。
なぜなら、大好きな俺が和泉さんのハーフパンツに夢中になっていたのだからな。
怒るのも当然。
見ろ! あの冷たい目を!
あれは彼氏の浮気を詰めるときの女の目だ! 間違いない!
要求の内容も当ててみせようか?
簡単だよ。
「私と付き合って」「私とお友達になって」このあたりだろう。
いやいや、相手は十五歳の思春期少女。そんな生易しい要求では済まないかもな。
「今日、家に両親いないから」「薫君の家、行ってもいい」いきなり性を匂わせてくる可能性もある。
まてよ。黒澤さんはもっと癖のある要求をしてきそうだ。
「私のパンツも嗅いでほしい」「私も薫君のパンツを嗅ぎたい」かなり大穴だが。これもあり得るぞ。
どの要求でも問題ない!
同じクラスの女子と付き合えるという、全男子憧れのスーパーイベントに不服などあろうはずがない!
どぎつい香水だけは止めてもらうと思うが、安心しろ! 俺がもっといい香水を選んでやる!
「くくく……」
この間、たったの二秒。
俺の思考スピードは音速を越えた。
……要は、これは昨日の告白の続きなんだ。
何もビビる必要はない。
「さあ、どんな要求なんだ」
「そうですね……」
黒澤さんは顎に指を当てて考える。
くくく。考えてるふりしちゃって。
本当はもう決まってるくせに。
恥ずかしいねぇ。素直に好きって言えないねぇ。
安心してよ。断ったりなんかしないからさ。
「では……」
さあ、言え!
俺が受けとめてやる!
「ゴミ拾い、なんてどうですか」
そうそう、お前は俺にしてほしいんだよな。ゴミ拾いを……。
え? ゴミ拾い?