第7話 恐怖
ドサッ。
彼女は力なく膝から地面に崩れ落ち、そこに倒れ込んで胸を押さえている。
「おい、アレイ!」
俺とメイセンは慌てて倒れたアレイに駆け寄っる。
「だ、大丈夫か!?」
倒れた彼女をしゃがんで上体を抱き上げるも、苦しそうに眉を顰めて呼吸が浅くすごく速い。
「過呼吸だ、救護員呼んでこい!!」
「は、はい!」
メイセンは一目散に格納庫へと走っていく。
残った俺はとりあえずアレイに回復体位の呼吸姿勢を取らせて、横を向かせて声をかけ続ける。
「もう大丈夫だ、落ち着いてゆっくり息をしろ!」
背中をさするも何も変わらない、怪我の手当なら分かるが過呼吸の対処は教わっていない、慌てるな俺、と自分に言い聞かせながらアレイに声をかけ続ける。
《ーー救護員、第一駐機場、急げーー》
メイセンのおかげで基地放送も流れた、救護員もすぐ来るだろう。
「何してるの!どいて!」
先に来たのは整備員のレノイ、いつもはイヤに落ち着いている彼女は声を張り、どうにも出来ない俺を肘で押し退けて彼女はアレイの手当を始める、少し大きめの紙袋を広げてそれを彼女の口元にやり吐いた息をそのまま吸わせる。
俺は尻もちをついてそれを見ることしかできない。
「あんたがパニックなってどうするのよ!隊長でしょ!?」
レノイに今までに無いぐらい怒鳴られた。
そうか、俺、パニクってたのか、だからなんにも出来なかったのか。
不甲斐ない自分に腹が立ってきた。
すると直ぐに基地内の救急車が到着し、アレイは手早くストレッチャーに載せられそのまま救急車に載せられる。
「ぼさっとしないで、載って!」
「あ、ああ!」
レノイに腕を引っ張られて俺も救急車に乗り込む。
「手を握ってて」
「お、おう」
手汗をかいている手のひらを飛行服でゴシゴシと拭いてアレイの片手を握ってやる、すべすべで俺より小さい手だが少し冷たい気がする。
「空で何かありました?」
アレイの脈を測って、なにかの注射を射つ救護員に説明を求められる。
「・・・・・・イエローラインに、追われた」
「えっ・・・・・・」
一瞬救急車の中は静まり返る。
「分かりました、一応鎮静剤は射ったんで大丈夫だとは思いますが、一応医務室へ連れていきます」
鎮静剤を射ったおかげなのかしばらくするとアレイの呼吸は落ち着き、医務室に着いた頃にはよほど疲れたのか気絶したのか、容態は安定しスヤスヤと眠っていた。
●
「アレイ、大丈夫ですかね?」
「怪我してる訳じゃないんだ、大丈夫だろう」
ここの医務室には心配だからって待機するような場所もないし、起きたら連絡するからと軍医に言われて俺とメイセンは売店のイートインでコーヒーを飲んでいた。レノイは機体の整備があるからと先に帰っている。
「はぁー・・・・・・」
ため息しか出ない、突然の事に何もすることが出来なかった俺、レノイがいなかったらどうなっていたことやら、隊長やってけるかな、不安になってきた。
「大尉まで・・・・・・、元気だして下さいよー」
「ああ、すまんすまん、俺まで暗くなっちゃダメだな」
頬を両手でパンパンと叩いて気合いを入れ直し、ふー、と息を吐いてコーヒーを啜る。
「そう言えば、報告、行かなくていいんですか?」
あ、忘れてた。
嫌なことを思い出させてくれるよ。
「クソッ面倒だなぁ・・・・・・、それ飲んだら待機室で待ってろ。俺は報告に行ってくる」
「あ、はい」
俺は残ったコーヒーを一気飲みし、ゴミ箱に投げ捨てると飛行隊長室に向かった。
●
待機室。
俺は報告を終えて帰ってきて、乱暴にいつも座っている椅子に座る。
「怒ってるねぇ、なんて言われたの?」
いつものように背もたれの上から俺を覗き込むラメイトさん。
「自国の領空を飛んでるのになんで逃げてきた、外交がやりづらくなるだろ、ってよ。ぶっ飛ばしてやろうかな」
飛行隊長の言いたいことは分からんでもないが、こちとら死にかけてるんだ、アレイにいたっては過呼吸で倒れている、労いの言葉ぐらいあってもいいと思う。
「まあ、そんなに怒らないで。アレイちゃんはどうなの?」
「医務室で休んでる」
「そう」
んー、と考えるラメイトさん。そのまま椅子を回り込んで俺の左隣に座る。
「クールなアレイちゃんがどうしたのかしら?」
本当にな、俺は一昨日までのアレイの姿を見ていたらそう思っていただろうが昨日のあいつを見ていたらそうとも思えない、二重人格じゃなくてただ強がってるだけじゃないのか?そんな気がしてきた。
「私も心配ぃ」
次に顔を出したのは朝アレイと話していたシャトールだ、仲はいいようだしそりゃ心配か。
「じゃあ、私たちは午後の訓練があるから」
「そんなに深刻に思うなよ」
そう言って、ウィンドブレイク隊とアストロン隊の人らは待機室を出ていく。
まあ、俺らの午後の訓練は取りやめになったし、アレイが起きるまでここで待っとくか。
アレイは起きたとしても多分今日は帰れってなるだろうし、一人にするのもマズイだろうし。
「今日の当直はっと」
胸ポケットからメモ帳を取り出して確認する、アストロン隊と、フレイヤ隊か・・・・・・。
頼める奴いねーじゃねーかよ!
ウィンドブレイク隊のラメイトさんに頼もうにも今の今訓練に上がってしまった、当分帰ってこないだろうし、他の女性パイロットはアストロン隊のシャトールと、フレイヤ隊のレンジャーしかいないしどちらも当直、レノイも面倒くさがりそうだから、困ったぞ?
んー、最悪ラメイトさんが帰ってくるのを待つか。
「何悩んでるんですか?」
頭を掻いていると隣のメイセンに心配される。
「アレイを一人にする訳にもいかないだろ?面倒見てくれる人がいないか考えてたんだよ」
「あー、大尉でいいじゃないですか?昨日の泊めたんでしょ?」
お、なんで知ってんだ?ついつい睨んでしまう。
「あ、いや!レノイさんと話してるのが聞こえちゃって!」
慌てて顔の前でブンブンと両手を振るメイセン。ああ、そういう事か。
「あれは酒が入ってたし仕方なくだ、別に何もしとらんからな」
「分かってますよー」
全く、彼女とかならまだしも、自分の家に女子を泊める恐怖が分からんのか?一歩間違えてみろ、社会的に殺されてしまうし下手したら実際に殺されてしまう。
「なんならメイセンの家でもいいんだぞ」
「あー、アレイの方から断られると思います!」
だろうな、どうしろってんだか。
プルルルル、プルルルル・・・・・・。
待機室の電話がなってメイセンが慌てて受話器を取る。
「はい、搭乗員待機室、メイセン中尉です。・・・・・・あ、はい。・・・・・・分かりました、すぐ行きます」
アレイが起きたか、席を立って出口に向かい受話器を戻して俺の元に来るメイセンを待つ。
「起きたって?」
「はい、軍医から迎えに来いと」
とりあえず俺らは早足で医務室へと向かった。
●
医務室に入るとアレイが椅子に座って待っていた。
「お、アレイ、もう大丈夫か?」
片手を上げてアレイを呼び俺とメイセン目が合うと、彼女は勢いよく立ち上がって俺の元へとやってきて、深々とお辞儀をする。
「ご心配かけて申し訳ありませんっ!私としたことが過呼吸なんかで倒れてしまうなんて・・・・・・、本当に申し訳ありませんっ!」
ペコペコと何回も頭を下げるアレイ、そんなに気にしなくてもいいのにな。
「なに、元気そうで何よりだ」
ニッと笑ってポンポンと頭を撫でてやると、アレイは少し顔を赤くした気がした。
「ちょっと軍医と話してくるな、メイセンと待ってろ」
「あ、はい・・・・・・」
アレイとメイセンを入口に残して部屋の奥にいる軍医にどうしたらいいか聞いておく。
「一週間はなるべく一人にしないようにな、薬は渡してるが突然一人で倒れたらどうしようもできん」
「分かりました、症状的には?」
「極度の緊張によるものだ、パイロットなら珍しものでもないがフラッシュバックしかねんからな。まあ、お大事に」
「はい」
極度の緊張による過呼吸か、単純にそれだけならいいんだが。一人にするな、か、困ったな。
軍医に敬礼してアレイ達の元に戻る。
「アレイ」
「はい?」
普段と変わらない鉄仮面で呼んだ俺を見つめる。
「突然同じように過呼吸になったらいけないから、しばらく一人にするなと言われた」
「そんな大袈裟な、大丈夫ですよ」
と、本人は言うものの本当に倒れられたら困ったどころでは済まされない。
「お前だけの身体じゃないんだよ。んでだ、夜とかも一人にする訳にもいかんから誰かの家に泊まって欲しいんだが、今日は他の女性陣がみんな出払ってる、ラメイトさんなら待てば帰ってくるが、どうする?レノイにも聞いてみるが」
選択肢は限られるが一応聞いておく、頭を掻いて少し悩む彼女、俺的にはラメイトさん家一択だと思っていたのだが。
「スレイヤ大尉の家じゃ、ダメですか?」
「ああ、俺の家、いいぞ。・・・・・・え?」
隣で俺よりもメイセンの方が目を点にして驚愕していた。