第6話 ノーマルオペレーション
何も無いに越したことはない、俺たちは優雅に国境沿いの深く青い空、高度15000フィートを南西に向かって飛行していた。
《スカイレイン1から各機、訓練飛行だが一応国境沿いだ、気を抜くなよ》
ここから見えている右側の雲の下の大地は既にローレニア、あいつらがここからこっち側に入ってくることは無いだろうが、油断は禁物。
《スカイレイン3、あっ2了解》
《スカイレイン3、了解、今のところレーダー探知はありません》
なんかぎこちないスカイレイン2ことメイセンに、ひよっこなのに小慣れたスカイレイン3ことアレイ。
《スカイレイン1からスターアイ、なんかあったらすぐ言えよ》
《こちらスターアイ、了解、そう心配するな》
そうは言うが昨日のF-35は探知できていなかっただろうに、まあ、距離が離れていた事もあるだろうが。
このまま何も無いことを祈ろう。
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そのまま国境沿いを飛び続け、まもなくライスヤード地区だ。
ビ、ビ、ビ・・・・・・。
レーダー受信機が早速ローレニアかトリークグラードのレーダー波を受信する。感度は薄くて識別は不能、それに照射を受けたのは一瞬で方位も不明だった。
《各機備えろ、俺の指示以外で動くなよ》
《スカイレイン2、ウィルコ・・・・・・》
《スカイレイン3、ウィルコ》
こいつらにあまり怖い思いをさせたくないがこれも命令だ、まだライスヤードには入っていないし任務を続行する。
〈ーーこちらローレニア王立空軍第44飛行隊、国境沿いを飛行中のウイジクラン戦闘機へ、貴隊の所属と飛行目的を知らされたい、オーバー。ーー〉
ローレニア機から国際無線を使っての通信だ。女か男か分からない少し高い声で優しく問いかけてくる感じだが、油断を誘う気か?ここで対応を誤る訳にはいかないので、一度スターアイに確認する。
《スカイレイン1からスターアイ、ローレニア機からのコンタクトを受けた、返事をしてもいいか?》
《こちらスターアイ、正直に言って差し支えなし》
《スカイレイン1、了解》
別に俺らは悪いことをしてる訳でもない、AWACSスターアイの指示通りに本当のことを言う。
《ーーこちらウイジクラン空軍第112飛行隊、本隊はノーマルオペレーションを実施中、訓練終了後基地に帰投する、オーバー。ーー》
問題ない問題ない、深呼吸して相手の返事を待つ。
〈ーーこちらローレニア空軍第44飛行隊、ラジャー、アウト。ーー〉
ふぅ、何事もなくて良かった、俺ですら緊張してるんだからメイセンやアレイとか心臓バクバクだろうな。
しかし、44飛行隊というのはどこにいるのやら、無線が通じるってことはそんなに遠くには居ないと思うがレーダーにも映ってないし全く場所が分からない。
そして、そうこうしている間にまもなくライスヤード上空だ。
《まもなくライスヤードだ、警戒を怠るな》
《スカイレイン2、ウィルコッ》
《スカイレイン3、ウィルコ》
二人とも返事が硬い。
《大丈夫だ、何かある前に帰投する》
そう言って少しだけでも落ち着かせようと思うが、二人にはあまり聞こえていないだろう。
レーダー画面上、ライスヤード地区に入った途端。
〈ーーこちらローレニア空軍第44飛行隊、ウイジクラン空軍112飛行隊、再度確認する、飛行目的を述べよ、オーバー。ーー〉
先程の少し優しく感じていた声とはうって変わり少しキツめな口調になるローレニア機、俺だって怖いが任務は全うする。
《ーーこちらウイジクラン空軍第112飛行隊、本隊はノーマルオペレーションを実施中、訓練終了後基地に帰投する、オーバー。ーー》
本当のことを言っているだけだ、自分に自信を持たせる。
〈ーーローレニア空軍第44飛行隊、了解。これより貴隊の警戒に当たる、アウトーー〉
ブワッと目の前に突然戦闘機が現れた、いったいどこから!?と考える暇も与えず俺らは恐怖する。
宙の向こうどこまでも深く青い深青色のF-35、そして垂直尾翼には。
《イエローライン!?》
メイセンが叫ぶ。
マジかよ、そんなの聞いてねぇぞ!
《変なことするんじゃねぇぞ!》
慌てている自分を何とか落ち着かせて、メイセンとアレイに念押しする。
《ーーこちらウイジクラン空軍第112飛行隊、見ての通り無防備だ、警戒される筋合いは無い、オーバー。ーー》
こんなので見逃してくれる訳もないだろうが、俺たちの領土上空の領空を飛んでるんだ、多少は正当性を主張しておかなければ後が面倒だ。
〈ーーこちらローレニア空軍第44飛行隊、それはこちらが決めることだ。無駄な戦いはしたくない、反転し帰投しろ、オーバー。ーー〉
だよな、声に反してめちゃくちゃ威圧感がある。
しかし、無駄な戦いったってそっちの方が領空侵犯している、レーダーに映ならなければ何をしてもいいという話でもない。
《ーーこちらはウイジクラン領空をノーマルオペレーション実施中だーー》
変に引く訳にもいかないし、操縦桿を握る手に汗をかきながら言葉の攻めぎ合いを続ける。
〈ーーローレニア空軍第44飛行隊、ラジャー、アウト。ーーー〉
ヤバい!
前を飛ぶF-35三機が寸分の狂いも無く動きを合わせて機首を上げ、どうやったのか一瞬空中に止まって見せる。
《ブレイク!急降下!》
俺の咄嗟の声に後ろを飛ぶ二人は急降下、少し遅れて二人の後を追うように俺も機体を捻って機首を下に向け急降下しようとすると。
バババッ!
と、えい光弾が機体を掠めていく。
《進路080度、離脱しろ!》
F-35より俺たちのF-16Uの方が足が早い、急降下で速度を無理やり上げて離脱を試みるが。
ビビビビッ!
コックピット内にアラートが響き渡り、捕捉されていることを知らされる。
クソッタレが!
こんな所で落ちてられるか、フレアを発射しレーダー波から逃れようとするもアラートは鳴り止まない。
しかし、イエローラインは捕捉するだけで何もしてこず、低空まで降下してライスヤードを離れるといつの間にか後ろからいなくなっていた。
マジで、マジで生きた心地がしなかった。
《お前ら、大丈夫か?》
《だ、大丈夫です》
《・・・・・・はい》
何とか意識はある様子、強い奴らだ。しかしそれよりだ。
《おい、スターアイ!敵機がいたぞ、なんかあったら言えっつっただろ!》
恐怖のあまりにAWACSに怒鳴ってしまう。
《そう怒鳴るな、申し訳ないがF-35はさすがに探知できん、生きているだけでもありがたいと思え》
無責任にも感じるが正論だ、それ以上は何も言えず俺たちは任務を終了し基地に帰投した。
●
西クリンシュ空軍基地。
駐機場に機体を駐めてコックピットから降りると俺の足はまだ震えていた、隊長がこんなんじゃダメだろ、拳で太ももを叩いて無理やり震えを止める。
「いやー、マジでやばかったな」
「ホントですよ、大尉が叫んでないと今頃死んでますって」
恐怖を紛らわすためにメイセンとあえて笑いながら先程のことを振り返る、こうでもしないとどうかしてしまいそうだ。いや、むしろ既にどうかしている。
「でも、なんでイエローラインが国境警備をしてるんでしょう?」
「俺のが聞きたいよ!」
「ですよね」
ハハハと二人で笑う、傍から見ればついにおかしくなってしまったか?と思われていると思う、遠く格納庫の中にいるレノイもこっちを見てはいるが首を傾げているし。まあ、ここにいた奴らは無線も聞いてないだろうし、俺らの状況も分かっていないだろう。
「なぁ、アレイ、大丈夫だったか?」
メイセンと二人で歩いていた後ろを少し離れて歩くアレイに後ろ歩きをしながら向き直すと。
「は、はい・・・・・・」
ドサッ。
彼女は力なく膝から地面に崩れ落ち、そこに倒れ込むと胸を押さえている。
「おい、アレイ!」
俺とメイセンは慌てて倒れたアレイに駆け寄った。