第41話 無理やり
気がつけば朝になっていた。
カーテンの隙間から入り込む朝日を瞼に感じ、ふと目を開けると隣にいるはずのツバサくんはベッドから降りて、傍の床に座っている後ろ姿が見えた。
「おはよう・・・・・・」
ふーっ、と伸びながら息を吐いて体を起こす。タンクトップのシャツはちゃんと着ているが、少し肌寒く傍にあったブランケットを羽織ると。
「ごめん・・・・・・」
私の方を向かずにツバサくんは俯き気味に呟く。
「酒を飲んでたからって言っても、僕は最低だ・・・・・・」
まだツバサくんの暖かいものが私のお腹のやや下に残っているような不思議な感覚があり、そこを優しく擦りながら起き上がる。
「いいの」
お酒の缶と瓶がゴチャゴチャになったままの台所に行って、二つのコップに水を注ぎ彼の隣にゆっくりとまた座り肩をくっつける。
「はい」
「あ、ありがとう・・・・・・」
震えている彼の手、私はその手をそっと握って水を一口飲んだ。
「本当にごめん・・・・・・」
「いいの、私が誘ったんだから」
今にも泣きそうなツバサくん、そんなに気にすることないのに、と言っても無理か。でも、拒否しようとする彼を無理やり誘ったのは私だし、それは彼だからできたことだ。もちろん他の人だったら絶対にやらない。
「もしなんかあったらさ、ちゃんと責任はとるから」
「うん、ありがとう」
まだ震えている手を両手でゆっくりと摩り、彼のその提案は快く受け入れる。
それまで生きていたらの話だけど。
「私さ、ツバサくんのことちゃんと好きだから。気にしないで」
順番は逆だったかもしれないけどこれは本心だ。ジルの事、もうこの世に居ない人のことをずっと思っても仕方がないしジルも本望ではないと思う、そう思いたい。だから、無理やりにでもそうしたんだ。
ここに彼が初めて来た時から、エレメントなのに冷たく当たっていた私のことを物怖じせずずっと傍に一緒にいてくれて、色々話しかけてくれて、ましてや一度殺そうとしたのにそれでも一緒にいてくれた彼のことをいつの間にか好きになっていた。
だけどどうしてもジルのことが頭から離れず、いけないことなじゃないのか、これはダメな感情なんじゃないか、そう思っていた矢先の夢。
都合のいい自分勝手な夢だとは思うけど、彼から許された、そんな気がした。
「・・・・・・僕も、アレイのこと好きだよ。だから心配だったし死んで欲しくなかった」
よかった。嘘だとしてもそれが聞けただけで私の胸のモヤモヤは消えた。
「良かった、ありがと」
ツバサくんの頬にチュッとキスをするとまた頬を赤くして目線を逸らすツバサくん、子供みたい。
「なに赤くなって、今更だよ?」
「そーだけどさ」
目を泳がしポリポリと頬を掻くツバサくん、本当に可愛い。
「よっ!」
「わっ!」
私はツバサくんに抱きついて彼の上に乗る形になり、勢いそのままに床に倒れ込む。
「いてて、なになに、どうしたの!?」
無言でギューッと抱きついたままの私に彼はそれ以上何も言わずに背中を摩ってくれる。
「このままどこかへ行ってしまいたい・・・・・・」
できることならこんな所から逃げてしまいたかった。
「でも・・・・・・」
ツバサくんが困っているのが分かる。
「出来ないことぐらいわかってる!それに、ここで逃げたらみんなに顔向けできない!」
「うん・・・・・・」
ついつい荒らげてしまう声、それをツバサくんは静かに聞いてくれる。
「イエローラインを殺すまで私は飛ぶ、飛び続ける」
「うん・・・・・・」
そうは言ってみるけど。
「でも、ツバサくんはイエローラインと友達なんでしょ?」
「う、うん・・・・・・」
「だからね、ツバサくんは私の後ろを守って。私が直接落とすから」
「・・・・・・」
彼は困惑しているが、ツバサくんにイエローラインを落とせと言ってもそれは酷な話しだ。どうしても手加減してしまうだろうし、もし私が同じ立場だったらよっぽどの恨みがない限り友達にそんなことはできない。
だったら彼には私の後ろを守ってもらって、私が排除すればいい、簡単ではないと思うけどそれしかないと思った。
「・・・・・・わかった。アレイは、絶対に死なせない。僕が守る」
それが彼の答えだった。
「ありがとう」
そして私は決意に満ちた彼の顔に顔を近づけて、優しく唇と唇を重ね合わせ、彼のまだ震えている手を握った。
●
数日後。
西クリンシュ基地。
仮眠室にて私はツバサくんとベッドに座って作戦会議をしていた。
「みんなと一緒に話した方が良くない?」
「なんで知ってるんだ、ってなるでしょ。僕が元スパイって知ってるのアレイだけなんだから」
「あ、そっか」
会議というのはイエローラインの対処方法、ツバサくんはあいつら、イエローラインと一緒にに飛んでたらしいし、作戦も1番機の癖も理解しているとの事から彼から全部聞くことになったのだ。
「まず、イエローラインことブルー隊の作戦はただ一つ、無謀にも程がある囮戦法」
「というと?」
戦法だけ言われてもよく分からない。
「イエローラインで馬鹿みたいに強いのは一番機のツルギだけ、二番機はそれなりだけど、三番機はそこまで強くない。それで彼が編み出したのが囮戦法、一番機が敵を引き付けて隙を見計らって僚機が落としていって、撃ち漏らしたやつを理不尽機動で一番機が落としていく」
ほうほう、あまり想像できないが私は頷く。
今思えばシャトールさんとかもそれで落とされていた気がする。
もしかしたらジルもそうだったのかもしれない。
「じゃー、三番機とか狙った方がいいの?」
浅はかな考えだが、そんなに強くないと言われれば普通はそう思うだろう。
「いや、言ったでしょ?一番機は馬鹿みたいに強いって、かなり理不尽で僕たちが考えつかないような機動で襲いかかってくるし、彼は僚機のことを必死で守ってくる。多分そこに付け入る隙は無い」
「ああ、私もそれにやられたんだ」
確かに、私も被弾した時気がついたら一番機の機首がこっちを向いていたと思う。それじゃあ、詰んでるような気がするけど打開策はあるのか?と、その前に。
「え?撃墜されたの!?」
あれ?言ってなかったっけ?
そう言えば彼が来る前に撃墜されたんだったな。
「うん、あれは理不尽機動だった。今思い出しただけでも腹が立つ」
「よく生きてたね、怪我ないの?」
ツバサくんは今更ながら私に怪我がないかペタペタ触って確認してくれる。焦りようがとても可愛い。
「大丈夫だよ」
私が笑うと彼はふー、と安堵して本題に戻り、彼はここぞとばかりに立ち上がって小さいホワイトボードを片手に、簡単に説明してくれる。
「ツルギの得意技はコブラマニューバとクルビットもどき、あの空中に止まってわざと追い越させるやつとその場で回転するやつね、簡単に言うと。んで、僕もF-35に乗ってたから分かるんだけど、かなり無理やりやってるんだよ」
ああ、あれはクルビットの派生だったのかな?完全に止まって見えたし。だけど無理やり?私は首を傾げる。
「排気ノズルが可変式だと結構簡単にってわけじゃないけど、それなりにクルビットは出来る。だけどF-35は固定式のノズル、あんな簡単にできる方がおかしいんだよ。なんか改造してるのかもしれないけどさ」
ふむふむ、で?
「だから、マニューバをやってる時は隙が大きいの!」
「ああ!!」
やっと理解できた。
じゃあ、そこを叩けばいいってこと?でもそれは、全ての機体のマニューバに共通すると思う。
「でもねーぇ、F-35って僕らの乗ってるYF-23と同じように全方位赤外線カメラが付いてるし、ツルギも勝ちを確信した時しかコブラをやらないし、そもそも隙がないんだよね。後ろについたところで全方位追尾式ミサイルもあるし」
「ダメじゃん」
全くもって付け入る隙がない。
すごいやつを殺そうとしてるなと、改めて怖くなってくる。
ん?でも待てよ。
「こっちも囮戦法したらいいんじゃない?」
「わざとイエローラインに追われるって事?」
「うん、そう」
「あー、それってどうなんだろう・・・・・・」
考えたこともなかったと言わんばかりに頭をクネクネと捻らせ考えている。
「でも、こっちから追わないと追ってこないと思うよ?僕ら防衛側だし」
「あー、そうか・・・・・・」
いい案だと思ったんだけどなぁ、攻める側ならイエローラインが防衛側だから逃げ回っていたら追いかけてくると思うが、そうもいかないか。
全くどうしたらいいのか、さっぱり名案が浮かばない。
「じゃあ攻めたらいいじゃん」
「そうだけど、それは国が決めることだし・・・・・・」
「だったらどうしたらいいのよ!」
「怒んないでよ・・・・・・」
何も浮かんでこなくてイライラしてくる。と思ったのもつかの間、ハッ!と名案が浮かんだ。
「ツバサくんってどれぐらい強いの?」
「え?自分で言うのもなんだけど、ツルギ並には」
「あ、自分で言っちゃうんだ」
「じゃあ聞かないでよ!」
顔を赤くしてプンプンするツバサくん、彼がイエローラインの一番機と同等に戦えるのだとしたら。
「ツバサくんが一番機と戦う振りをしてさ、私が後ろから攻撃するのは?」
「あー、でも誰がアレイの後ろ守るの?」
「二、三番機はそこまで強くないんでしょ?」
「いや、ツルギに比べてであって、それでも人並み以上だよ・・・・・・」
「だったらどうしたらいいのよ!」
「だから怒んないでよ・・・・・・」
全然結論が出ない。
無謀と思わせといてかなりしっかりしている作戦だ。敵の作戦と戦法を聞いても尚、活路が見いだせないとかさすがイエローラインと言ったところか。
「僕が二、三番機のどっちかを追いかけるから、それを守ろうとするツルギを狙うのは?」
それが現実的かなぁ、でもどちらにせよ一機余ってしまうし返り討ちにされそうな気もする。
「あまり気は進まないけど、僕が二番機について、三番機は他の隊の人についてもらう。そしてツルギは僕の強さを知ってるし、僕優先で来ると思うからそこを狙って」
それしかないか、実際やってみないとそれが正しいのかも分からない。
話はだいたいまとまったし、ツバサくんはベッドに座ったままの私の隣に座り直す。
「でもいいの?」
「なにが?」
私の思いは変わらないが一応心配なので聞いておく。
「ツバサくんはそのツルギに死んで欲しくないんでしょ?いいの?」
いくら私を守るためとは言え、こんなにホイホイ情報を教えてくれるとは思わなかった。彼はそこの所どう思っているのだろうか。
「ああ、大丈夫、ツルギは簡単には死なないよ」
「え、どういうこと?」
ツバサくんは少し俯いて再び顔を上げる。
「あの人二回死んでるからね」
何故か笑うツバサくん。訳までは聞こうとは思わなかったが何かあったのだろう。
「絶対に私が殺すから、後悔しないでよ」
「・・・・・・うん」
それを彼は止めようとはしない、余程自信があるのか、それとも止めても無駄だと分かっているのか。
「ツバサくん」
「ん?ぅんっ!!」
不意に無防備な彼の顎をクイッとつまんでキスをした。
「・・・・・・っ!ダメだって!さすがに基地では!」
また子供のように頬を赤らめて慌てるツバサくん、何度見てもこの反応は可愛い。本当に同い年なのかと疑いたくなるぐらいだ。
「情報のお礼」
ニコッと笑うと彼はそれ以上何も言わず、耳まで真っ赤にして黙り込んでしまう。
私の全部を見といて変なの。
でも、ホント、ありがとうね。




