第4話 守ってやる
「ジル、次行こー!」
俺の手を振りほどいて指を指しながらフラフラと前を歩くアレイ、どう考えてもダメだろ。
『あー、レノイ?ちょっと助けて欲しいんだが』
その間に非番のはずのレノイに電話して助けを求める。
『なに、貴方が電話なんて珍しい、どうしたの?』
『アレイが完全に出来上がって連れて帰るところなんだが、家がわからん』
『なんでアレイと?・・・・・・私も知らないわよ、あなたの家に連れて帰れば?』
『は?ダメだろ普通に考えて』
『アレイもそのつもりなんじゃない?私も飲んでるから、じゃーね』
『あ、おい!』
切られた。
そのつもり?アレイが?俺と?
なわけないだろ冗談も大概にしろ、あいつも飲んでるみたいだし悪ふざけが過ぎる。
てかそもそもアレイの奴、相談する予定で俺を呼んどいてまだ何も話していない。
「ねぇ、いいじゃーん、あと一軒だけー」
ニヤニヤと笑いながら俺の腕をブンブン振るアレイ。
ジャケットは着させているが、前かがみになって胸元がチラ見えしている。
「・・・・・・一軒だけだぞ、俺の行きつけでいいか?」
「いくいくー!」
結局アレイの勢いに負けて次に行くことになった、次は俺の行きつけで静かで落ち着く小洒落たバーに連れていくことにしよう。静寂な空間で騒ぐこともなかろう。
フラフラしている彼女は振りほどいていた俺の腕にしがみついて、倒れそうな身体を支えている。
大丈夫かよ。
そして二、三分歩いて着いたのは。
バー「スカイ・ブルー」
雑居ビルの一階にあるショットバーに二人で入った。
静かで落ち着いた薄暗い店内に、多種多様な酒が並ぶ棚。
うぃー、と酔っぱらうアレイにはもったいない空間だ。
店内にはまだ誰もいなかった。
まあ、まだ九時にもなってないしな。
「お、今日は早いね。おや、彼女と一緒かな?だいぶ酔ってるね」
ピシッとアイロンのかかったワイシャツを着こなして蝶ネクタイをし、整えた口髭がダンディーな顔なじみとなったマスターにいじられる。
「違いますよ、ウィスキーのロックと・・・・・・」
「水でいいかな?」
「はい」
察しのいいマスター、さっきまで騒いでいたのにほぼ寝かけているアレイを椅子に座らせる。
すると直ぐにテーブルにグラスに入った水が置かれた。
「ダメだよ、女の子をこんなになるまで飲ませちゃ」
「こいつが勝手に飲んでたんですよっ」
分かってるだろうに酷い言われようだ、俺のが被害者ですよ!
ほら水飲め、と彼女に水の入ったグラスを渡すとフラフラしながらもごくごくと一気飲みした。吐くなよ?
「まだ飲むぅぅぅぅ!」
やば、復活したか!?
うううう、と言いながらも半目開けてお酒を要求してくる。
「マスター、薄めに一杯だけ」
「ほどほどにね」
「分かってますって」
なんで俺はこいつの子守りをしてるのやら、ううううと震えながら唸っているアレイの背中をさすってやる。
「空がー、嫌いでー、パイロットができるか!て。ですよねー、ジルー」
だからそれはお前だよ!こいつ自分の不甲斐なさに自分で怒ってるのか?だったらそんな酒に逃げなくてもいいのに。もっと他の方法があるはずだが、こいつにはこれがいいのか?
「お待たせ、ウィスキーのロックと、薄めのフルーツ酒のソーダ割り」
「ありがとうございます」
するとアレイは目を瞑っままグラスに手を伸ばし今度はちょびちょびと少しづつ飲んでいる。
「おいちぃぃぃ」
幸せそうだ。
少し静かになって二人で少しずつ飲んでいると、マスターがどこかに行ってしまう。
なんか黙ってしまったがこいつは何がしたかったのだろう、まあいい、寝たら連れて帰るか。
「スレイヤ大尉・・・・・・」
「うぉっ、なんだ?」
さっきまでホワホワと楽しそうに飲んでいたのに普段の口調に戻るものだからビックリして振り向くと、真剣な顔でグラスを持っていた。
「大尉は怖くないんですか?」
俯いてグラスを持ちクルクルと氷を回している。
「私は飛行機が好きで空軍に入りましたけど、まさか戦闘が起こってその中を飛ぶなんて思ってもいませんでした。普通に訓練して普通に昇任して普通に退役するもんだ、勝手にそう思ってました・・・・・・」
そんなこと言ったら俺だってそうだ、スクランブルで飛んだことは何回かある、だがしかしそれが戦闘になって死人が出るなんて昨日までの俺は思ってもみなかった。軍人なのに平和すぎて国を守っているという実感が無かったのだと思う。
「私は怖いです、みんな死んだら、私が死んだらどうしようって、それを考えているとお酒が止まらなくて・・・・・・」
なるほどね。彼女も正直に言ってくれたし俺も正直に言っておくか。
「俺も怖いよ、今回は隊長が囮になってまで俺たちを生かしてくれたが、俺にそれができるとも思えん。だが、メイセンやアレイ、みんなを生かす努力はする」
隊長の代わりが俺に務まるとも思えないがやるしかない、俺はこいつらのスカイレイン隊の隊長になったんだ。
「俺は軍にいる以上職務を全うする、不安ならいつでも俺を頼れ、守ってやるよ」
ニッと笑ってアレイの頭を撫でてやると、ガバッと抱きつかれた。
「約束ですよ・・・・・・」
「ああ」
嘘でも本当でも言ってやらないとな、俺は優しく頭を撫で続けていると。
スースーとなんだか寝息のような音が聞こえる。
「寝た、か」
全く面倒くさい奴だな、揺すってもビクともしない。
「もう寝ちゃったのかい?」
どこかに行っていたマスターが帰ってきて、アレイを覗き込み心配そうにしてくれる。
「はい、疲れてたようで」
「そうかい、お代はいいよ、ちゃんと連れて帰るんだよ」
「すみません、ありがとうございます」
俺はアレイを背負って店を後にする。
今まで意識したこと無かったがこいつってこんなに軽かったんだな、と少し心配になる。まあ、女性だし男と比べたらこんなものなんだろうとも思うが。
「ジルぅ、うふふふぅ」
耳元で言う寝言が怖い。
さっきまでシャキッとしていたアレイはどこに行ったのやら、ただの酔いつぶれたお嬢さんになっているし、こいつの格好も格好だ、すれ違う人の目が怪しんでいる。通報されたら厄介だ、俺は足早に自宅に急いだ。
自宅、と言っても基地と目の鼻の先にある軍人向けのアパートに帰ってきた、運良く誰にも見られていない。
中は1Kでそれほど広くもなく、ちっさいキッチンにユニットバス、ベッドとテレビにちょっとした家電、大学生かな?と思うほど物は無い。
「ほら、着いたぞ」
フラフラしている彼女を一旦立たせて靴を脱がせ、ベッドに座らせる。はぁー、疲れた。俺の酔いなんか覚めてしまったよ。
「水ぅぅぅ」
「はいはい」
苦しそうに水を要求される、たく俺はお前の召使いじゃねーよ。冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し渡してやると。
「あけてぇぇぇ」
バタバタと足を床に叩いて不満を示す。
「なんだよもう」
ペットボトルの蓋を開けて再び渡してやる。
「ありがとぉぉ」
目は半分瞑っているがニコッと笑ってグビグビと水をがぶ飲みし、一気にほとんど飲んでしまった。ちょっと今の笑顔は可愛かったけど、それよりもマジで吐くなよ?
するとアレイは何を思ったのかゴソゴソと服を脱ぎ始めた。
「おいコラツ!自分家じゃねぇんだから!」
慌てて布団をかけるも、「ふぇ?」と首を傾げてなんの事だか分かっていないし、もはや半分寝ている。
「別に見られても減るもんじゃ・・・・・・、ふぁーー」
バタ。
お?急に倒れたけど大丈夫か?
恐る恐る顔を覗いて見ると、電池が切れたように目を瞑りスヤスヤと完全に眠ってしまっている。
たくよー、だからなんで俺がこいつの面倒見なくちゃならんのだ!
もう見るからな!明日の朝になってどうなってても知らんからな!
プリプリと怒りつつ、アレイが脱ぎかけた服を脱してやって下着姿を極力見ないようにベッドにちゃんと寝かすも、見ちゃうよね男だし。意外と胸デカイなと思っていると、ううん、と寝返りをうって慌てて視線を逸らす。しかし、さすがにこのまま下着姿だと誤解を産みそうだと考え、ちょっと大きいが俺のシャツを無理やり着させて布団を被せた。
着ていた服を畳み机の上に置く。
もう疲れた、俺も寝よう。
ちょっとだけアレイが残した水を全て飲み、それをゴミ箱に捨てて、クッションを枕替わりにベッドの隣の床で寝る。
「全く面倒かかせやがって・・・・・・、おやすみ」
部屋の電気を消して慌ただしい夜が終わった。