第39話「スカイ・ブルー」
「あれ?」
気がつけば私は見覚えのあるカウンター席、足が絶妙に地面に届かないやや高い椅子に座っていた。
ここは、ああ、ジルと何度が来たことのある店だ。
確か名前は、バー「スカイ・ブルー」
そう言えば当分来てなかったなー、私の行きつけのマッスルバーも行きたいけど、ここはここで落ち着く。
落ち着いて周りを見ると私以外には誰もいない様子で、クルッと座席ごと回って後ろにあった小さな鏡に映る私を見る。
「ん??」
そこに映っていたのは、足をふらつかせ、ももの上辺りまでスリッドの入ったかなり際どい赤いドレスを着た私。
状況が理解出来ずに首を傾げ、鏡に映る自分を見つめる。
「今日はなにかパーティでもあるんですか?」
いつの間に現れたのか、洗ったグラスを拭きながらニコニコと笑い、ワイシャツをピシッと着こなしたマスターが聞いてくる。
「えっと・・・・・・、え?」
何かあるんだろうけど分からないし、思い出せない。
「おや、お連れ様が見えたようですよ」
「お連れ様?」
マスターが視線を送る入口を見ると。
「お、早いなー」
「おっまたせー!」
「遅れちゃった、アレイ待った?」
ストーレン大尉にシャトールさんに、リン!?
どうして!?死んだはずじゃ?という言葉が喉まで出かけたが口から出たのは。
「いえ、今来たところです」
何故か当たり障りのないそんな言葉、自分の体なのに自分の体じゃないみたいで訳が分からない。
「おーっ、アレイ、際どいの着てきたねぇ」
「太ももまる見えぇ、えろーい!」
「大胆だね、可愛いよっ」
「そう、かな?」
ドレスを褒められ悪い気はしない、頬をポリポリ掻くがそういう二人も大概だ。
ミニスカートで胸元を大きく広げたオレンジドレスを着たシャトールに、スラッとタイトで背中丸見えの黄色のドレスを着たリン。ストーレン大尉は紺色のスーツをピシッと着こなしている。
「二人もかわいいよ」
「でしょー?ガルなんてここに来るまでずっと私の胸元見てるんだから!」
「見てねぇーよ!!」
「ありがとっ」
完全にシャトールさんに遊ばれているガルことストーレン大尉、ちょっと可哀想だ。まあ、二人は元々こんなだし気にするほどでもないか。リンもニコニコしているし、私の口元も自然と緩んだ。
「お飲み物はどうします?」
ナイスタイミングで注文を聞くマスター。
「スピリタス!」
「バカ死ぬ気か」
「じゃー、テキーラのショット!」
「ダメだ」
「じゃー何ならいいの!!」
この二人は見ていて面白い。
堪えきれずにプププと口元を抑えて笑っていると。
「アレイ、笑うようになったね」
「え?」
そうかな?いつからのことを言っているのかな?と首を傾げていると頬をリンにつんつんされて「やめてよぉ」と彼女の手を振り払う。
「ツバサくんのおかげかな」
いつでもどこでも私に付きっきりで、いろいろ話しかけてくれる彼の存在も大きいと思う。
「ツバサくん?誰それ?」
「え?」
なに?
首を傾げるリンの顔が怖く感じ。
「ツバサくんはツバサくんだよ」
変なこと言わないでよと、一瞬説明をしようとするが次の言葉が出てこない。
「あー、分かった、恋人?」
「なになに!?どういうこと!」
「そんなんじゃないって!」
反対を向いていたのに色恋事に目がないシャトールさんにもみくちゃにされ説明どころではなくなる。
「店ではもう少し静かにしろって、家じゃないんだから。あ、マスター、フルーツ酒を適当に」
「私もぉ!」
「じゃあ、私も」
「私はブルーキュラソーで」
ストーレン大尉のおかげで場は収まり、何を話していたのかも忘れてしまった。まあいいか、重要そうな話でもなかったと思うし。
そして直ぐにお酒が出てきた。
ストーレン大尉は淡い黄色をしたオレンジ酒、シャトールさんは濃い黄色のマンゴー酒、リンのは薄緑色のメロン酒、どれも美味しそうでシャトールさんは目をキラキラさせ。
「ガルのも美味しそう!ちょっとちょうだい!」
「じゃーお前のも少しくれよ」
「えぇー、関節キスしたいのー?」
「違わい!!ってお前もじゃねぇか!」
もー、店で騒ぐなって言った本人が騒ぐ始末、本当にこの二人は面白いな、なんだか痴話喧嘩に見えてくるし。
「それ飲み終わったら頼めばいいじゃん」
呆れているリンが当たり前のことを助言するが。
「えー、ガルのがいいのー」
素なのかわざとなのか、こっちまで恥ずかしくなってくる。
言われた当の本人も、顔を赤くして。
「全部飲むなよ」
「わーい!」
スっとグラスをシャトールさんに渡す、優しいなぁ。
「お待たせしました」
そして、私の前にも鮮やかな青い色をしたカクテルが置かれる。パッと見は毒々しい色だけど、カクテルとはそういうもの。オシャレで清々しくて美味しそうだ。
「乾杯は!?」
飲みたくてうずうずしているシャトール、テンション的にここに来る前にも飲んでいると思うが。
「まだ全員来てねーだろ、って飲もうとするな!」
「べっ!!」
ペチンと綺麗な音を響かせてデコピンされている、あれは痛そうだ。
でも、まだ全員来てないって他に誰が来るのかな?
「こられたようですね」
マスターがまた入口を指す。
「待たせたかしら?」
「仕事が思ったよりかかっちゃって」
「お待たせしました」
「隊長がドレスを着るの手こずって、いて!」
ラメイト大尉??
「いや、俺らもさっき来たところですよ。座って座って」
ストーレン大尉が手招きしてカウンター席の後ろ、4人がけのテーブルに案内する。
上品なお姉さんのような薄葵色のドレスを着こなしたラメイト大尉はとても綺麗で、ジーオンさん、レオナルさんに、マーチスさんも見慣れないスーツを着こなしていて、ラメイト大尉の取り巻きみたいな感じでちょっと笑いそうになってしまった。
「何飲みます?」
リンが気を利かせて注文をとる。
「そうねー、あっ、アレイちゃんと同じので」
「「「ビール!」」」
三人はラメイト大尉にバーに来てまでビール?と嫌味を言われていたが、とりあえず初めの一杯は!と三人で仲良くハモっていた。
「二人はまだなの?」
ラメイト大尉が髪の毛を耳にかけながら、私を見て首を傾げる。
あと二人?誰のことだろう?
返答に困っているとストーレン大尉が続ける。
「もう来ると思いますけど?」
「そう、なら待ちましょうか」
くる??
「いやー、待たせちゃいました?」
「やっと来たかメイセン」
メイセン??
「お前はアレイとレンジャーの間な」
「えっ!?」
グレーのスーツを着ている、と言うより着られているメイセンは、困惑し頬を若干赤らめながらも私とリンの間のカウンター席に座る。
「スーツ、似合わなすぎです」
「んだよー、これしか無かったのっ!」
一瞬胸の中がモヤッとした気がしたがそんなことも直ぐに忘れてしまった。
馬子にも衣装というがこれはどうなのか、何度彼を見ても笑いそうになる、ピシッと執事のように着こなしているジーオンさんとはえらい違いだ。
「そういうアレイも派手なの着ちゃって、太もも丸見えじゃん」
「別にメイセンに見せるためじゃないです」
「はー!可愛らしくないっ!」
私はスリッドの入ったスカートをスっと手繰り寄せ太ももを隠す。私の事をこれ以上いじられる前に取っておきの爆弾でも放り込んでおこう。
「そう言えばリン」
「ん?なに?」
体を前のめりにし、カウンターに肘を置いて上体を乗せメイセン越しにリンに話しかける。
「メイセン、リンのことが好きらしいよ」
「んなっ!!!!」
「え?」
噴火しそうなほど顔を真っ赤にするメイセンに、あまりの衝撃なのか言葉を失い固まってしまうリン。
「なななな、なんでここで言っちゃうの!?」
私の両肩を握って、唾をぶちまけながらブンブンと前後に振られる。
シャトールさんも今の発言は耳をピクピクとさせ聞き逃さなかった様で、目をギラギラさせてリンの肩から顔を出し。
「なになに!そうなの?どうなの?どういうことなの!?」
テンションフルMAXで何を言ってるのか分からない。
リンの方も状況を理解したのかモジモジしていて女の子らしさ全開、話を振ったのは私だけど見てられなくなってきた。
「若いっていいな」
「そうね・・・・・・」
年上のストーレン大尉とラメイト大尉は悟りを開いている始末だ。そんな歳食ってないだろうに。
「なんだなんだ、外まで声が聞こえるぞ?」
入口に立つのは、この中の誰よりも男っぽい体つきで、とにかくかっこいい薄茶のショートへア、そして私の初恋の相手。
「おお、ジル、おせーぞ」
「ガル、飲んできたのか?俺にだって仕事の一つや二つある」
「真面目なこった、お前はアレイの隣な」
「はいはい」
青いストライプの入った黒基調のスーツをパリッと着こなしたジルが店の奥、私の方に近づいてくる。
いつも一緒にいるはずなのに何故かドキドキしている私がいる、このドキドキはなんなんだろう。
「大尉!見てくださいよアレイのドレス!」
いじられたことの仕返しとばかりに、私のドレス姿を見るようにメイセンが催促する。
「ん?・・・・・・おお、凄いドレスだな、似合ってるよ。マスター、いつもの」
ニッと不器用に笑い、私の肩をポンポンとたたくと静かに隣の席に座る。
似合ってる、か、良かった。頬を赤らめてメイセンを見ると思ってた反応と違ったのかポカンとしていた。
「ねーねー、メイセン!リンのどんなところがいいの!?」
話は無情にも戻り、彼は完全にシャトールさんの餌食になっていた。
リンの背中に乗って前のめりになって聞いている彼女、どんな体勢なのよ。
「もーーー!全部だよ!!」
「きゃーーー!!」
もうダメだ、聞いてられない。
「なんだ?メイセンとレンジャーってそんな仲だったのか?」
話についていけないジル、来たばかりだし仕方ないだろう、説明しても長くなりそうだし。
「みたいです」
と無責任に肯定しておいた。
「それじゃ!」
突然ストーレン大尉が、意気揚々と立ち上がる。
「ジルも来てみんな揃ったことだし、乾杯しますか!あ、ここは最後に来たジルの奢りな」
「なんでいつもそうなるんだよ!」
ジル、何かと理由をつけられていつも奢らされてるな、ちょっと可哀想に思えて。
私も半分出しますよ?とコソコソと言うと。
気持ちだけで十分だ、可愛い後輩に手間はかけさせん。と言って頭を撫でられた。
こういうところは頑固なんだよねー、別にいいのにさ。
「んじゃ!グラスを持って・・・・・・これって何会?」
そんな飲み会に会名なんているかな?グラスを上げるだけ上げて固まったストーレン大尉は、ラメイト大尉に助言を求めている。
「さぁ、みんなたまたまヒマだったから集まっただけでしょ?」
特に興味もなさそうに肩をすくめる彼女。多分みんな会名になんて興味はないと思う、シャトールさんも早く飲みたくてうずうずして。
「それじゃ、とりあえず・・・・・・」
「かんぱーーーいっ!!!!」
我慢できなかった、耳を劈くどデカいシャトールさんの叫び声、グラスに入ったフルーツ酒を一気飲みした。
そこからはグダグダだ。
「おい!シャトール!」
なんてストーレン大尉の不満な声は誰の耳にも届かず、ワイワイと話しが進む。
「で、スレイヤ、アレイちゃんとはどうなの?」
後ろの席からラメイト大尉がニヤニヤしながら話しかけてくる。
「ここで言うかよ!」
まあ、ラメイト大尉とレノイさんは私たちの関係を知っていると聞いたけど。・・・・・・聞いたのいつだったっけ?まあいいいや。他の人は知らないだろうしね、さすがに私でもシラフでは言えない。
「いいじゃない、無礼講よ」
「意味が違う気がするんだが・・・・・・」
でも別にいいか酒の席だし、酔いに任せたことにしよう。私はカクテルを一気飲みして。
「仲良くやってますよっ」
ジルの左腕に抱きついて、見せつけるようにニヒヒと笑ってみせる。
「こらルイっ!」
「あらーー!ってスレイヤ、アレイちゃんのこと下の名前で呼んでるの?ラブラブじゃない!」
どこかのお母さんみたいに微笑ましく笑うラメイト大尉。
「これは成り行きで仕方なくだな!」
「またまたー、照れちゃって」
彼女にいいように遊ばれている。
これもいつものことと言えばいつもの事だ。
「ルイ、離れろって恥ずかしい」
「いやですー」
私は彼の腕をがっしり掴む、何故か絶対に離したくなかった。
こんな楽しい時間が一生続けばいいのに。
「いてててっ!なんだ?どうした?」
「なんでもないですっ」
私はさらに彼の腕をギュッと抱きしめた。




