第32話 白き傭兵
後日。
私の新しい機体「YF-23」が基地に到着し、レノイさんたちが整備に勤しんでいた。
ウイジクラン空軍機色、灰色のデジタル迷彩ではなく薄茶色が基調の砂漠デジタル迷彩に塗装され、二枚ある尾翼には五つの流れ星、その内の四つは薄灰色でよく見ないと分からない色で残りの1つは白色に目立つように塗装されている。
今更だが、有事につき判別が容易な灰色デジタル迷彩は廃止され、この付近の地域事情にあった砂漠迷彩に変更されたらしい、それは当然な判断だろう。トリークグラードも砂漠迷彩だがパターンも機種も違う、見間違えることはないと思う、IFFもあるし。
そして、私のタックネームは「スカイレイン3」から「スカイレイン」に変わった。
理由は簡単だ、私以外にスカイレインを名乗る人はもう居ないから。管制官からもその方がありがたいと言われたし、それに3という番号については特にこだわりもなかった、スカイレインの名前だけ残ってくれれば、それで。
それから、私のYF-23の隣にはもう一機同じ機体が駐機されていた。誰が乗るかは知らないが、乗る人もいないのになんで司令部は二機もここによこしたのか。
考えても仕方ないか。
ラメイト大尉辺りが乗るのかな、それかアヤカルト大尉か。
※
飛行隊長室。
《この経歴は本当か?》
《私に聞くな、本人の自己申告だ》
私は椅子に仰け反って座り、送られてきた履歴書を眺めながら司令部の人事担当官と調整と確認の電話をしていた。
傭兵でも誰でもいいから一人よこせと言って、送られてきたその履歴書を確認すると目を疑う内容だったのだ。
パイロットしての搭乗経歴は。
ローレニア空軍で練習機とSu-27
エルゲート空軍でF-35A
バルセル空軍でF-22の操縦経験
そして年齢は23歳。
盛るにしても頭おかしいんじゃないのか?
ローレニアで練習機に乗ってるからそこで訓練を受けたのは分かるが、どういう経緯で敵対関係のエルゲートに行ったのかも分からないし、バルセルは既に亡国、傭兵ということは戦後の混乱に乗じてここに逃げてきたのか?
しかし、それなら素性は隠すはずだ、余程自分の腕に自信があるのか?考えてもわからん。
だが、人事も人事だ、人手が足りないにしてもこんな怪しいヤツよく採用したもんだ。
書類に載っている顔写真を見ても、髪は白髪で色白だが黄色の人種、名前からしてエルゲート人だろうが、子供のように若く見えるし全て信じろって言う方が無理だ。
《にしてもだなぁ・・・・・・》
《いらないなら他に回すぞ》
くそっ、他に回す場所がないからこっちに紹介したくせによ、俺を脅しているのか?
まあしかし、今は猫の手を借りたいぐらいだ。全て嘘だったとしてもこいつが死ぬだけ、この基地に被害が出なければいい。
《こいつでいい、ライトニングIIとラプターの搭乗経験があるなら即戦力だ。時間が無い、早急にな》
《了解》
早々と電話を切られ私は受話器を戻す。
「アレイと同い年か、上手くやってくれるといいが・・・・・・」
いかんいかん、私としたことがなんで末端の心配をしているのやら。
さて、他の仕事に戻るとしよう。
※
数日後、駐機場。
前のように駐機場端にある木製のベンチに座って私はただ、ボーっと付近を眺めていた。
隣にはラメイト大尉もいるが、私に話しかけることもせず隣にいるだけ、心配してくれているのだろうけど大きなお世話だ。私は相手にせず指示があるまで何も考えない。
すると空から珍しくプロペラ機のエンジン音と風を切る音が聞こえた、ふと見上げると双発の小型輸送機が上空を旋回し着陸体制に入ろうとしている。
「あら、来たのかしらね」
来たのか、私のエレメントになる予定の傭兵が。
別に1人でいいのに。
私は奥歯をギリッと噛み締めて、立ち上がろうとすると、ラメイト大尉が私の腕を掴んで立ち上がらせてくれない。
「どこに行くの?」
「・・・・・・」
「どうせ飛行隊長に呼ばれるわ、待ってなさい」
「・・・・・・」
彼女の言葉に返事はせず再びベンチに座り直す。
輸送機が滑走路に降りてきて駐機場に誘導され、エンジンを止めるとタラップがつけられ、少しして飛行服姿にボストンバッグを持った小柄で白髪の青年?が1人降りてきた。
「だいぶ若そうね」
遠目で見ただけだがあの若さで傭兵?体格もヒョロっとしているし、てっきりライトイヤー大尉みたいなゴリゴリの人が来るのかと思っていた、別に誰が来てもどうでもいいのだけれど。
すると駐機場でキョロキョロしている青年、どこに行ったらいいのかわからないのだろう。
「あら、迎えに行く?」
私は首を横に振る。
「つれないわねぇ。あ、レノイが行ったわ」
格納庫からレノイさんが出てきて庁舎に青年を連れて行った。良かった手間が省けて。
「ジーオンより若そうだったけど、大丈夫かしらね?」
さぁ、大丈夫じゃなかったら死ぬだけだ、私に迷惑をかけなかったらそれでいい。
「アレイちゃん・・・・・・、声聞かせてよ・・・・・・」
ラメイト大尉が俯き気味にボソッと言ったが、聞こえなかったフリをして、またしばらくボーっとしていると。
《ーールイ・アレイ少尉、飛行隊長室までーー》
案外早く呼ばれたな。やっぱりあの人だったみたいだ。
「ついて行こうか?」
ラメイト大尉の言葉に首を横に振り、重い腰を上げてゆっくりと庁舎に足を進めた。
●
飛行隊長室につき中に入ると、飛行隊長がドカッと椅子に座りあの白髪の青年がその前に立っていた。
「来たか」
飛行隊長が手招きして私は白髪の青年の横に来る、背丈は私よりちょっと高いぐらいだろうか、横から視線を感じるが私は気にせず飛行隊長の後ろの壁を凝視する。
「お前のエレメントになるアレイ少尉だ。この戦いを生き残ってるから腕はいい」
そんなことは無い、たまたま生き残ってるだけだ。
青年がこちらを向くので仕方なく私も体を向ける、白髪童顔でパイロットとは思えない様相、何となく雰囲気がメイセンに似てるな。
「・・・・・・」
「え、どうしました?」
なんでこんな奴にメイセンの姿を重ねてしまうのか、何故かどこからともなく涙が込み上げてきて袖でゴシゴシと拭くがそれは止まらず、たまらず私はここから逃げ出した。
※
「あ、ちょっと!」
僕と目を合わせた瞬間に彼女は泣き出し、ここから飛び出して行ってしまった。
なんかしちゃったかな・・・・・・?
「ああ、すまんな。あいつは僚機を四人失ってるし同僚もかなり死んでる。最近情緒不安定でな・・・・・・」
僚機を四人も・・・・・・。
そんな精神状態でも飛ばないといけないなんて、かなり辛いだろうな。
僕だって周りの色んな人が死んできたし、それなりに心中は察することが出来る。
「追いかけます」
「ああ、恐らく駐機場だろう」
僕は飛行隊長に敬礼し、飛び出して行った彼女を追いかけた。
※
駐機場のさっきまでいてベンチに戻り、空を見つめて大きく深呼吸していた。
ラメイト大尉はいなくなっていて今は一人、周りには誰もいない。
最近ちょっとした事で泣いてしまう、こんなんじゃダメだ、ジルも空から見てられないと思うし、心配でたまらないだろう。
もっといつものように気丈に、クールに、とは思うがそんな精神状態ではなかった。
あれからいったい何人死んだのだろうか。
何故私は生きているのか。
何故あの時助けに行かなかったのか。
何故あの時私は死ななかったのか。
そんな事ばかり考えてしまう。
「・・・・・・」
引っ込んだはずの涙がまた溢れてくる。
「あの時、死ねばよかった・・・・・・」
項垂れてため息混じりに呟くと。
「そんなことないですよ」
涙を拭いて振り向くとあの白髪の青年が立っていた。
そんなことないってどういう意味なのよ。
「僕も僚機が何機も落とされました。でも、僕は生きてる、生きているには理由があります、その理由が何なのかは分からないですけど・・・・・・」
何が言いたいんだ。
「適当なこと言わないで!死んだ人が生きる理由が無かったみたいな事言わないで!」
なんで私はこんな奴に怒鳴ってるんだろう。
「そうは言ってないじゃないですか・・・・・・」
私の屁理屈に困惑する白髪の青年、困ったように頭をポリポリと掻く。
「・・・・・・アレイ少尉は何で飛んでるんですか?」
そんなの決まっている。
「私は、私はイエローラインを殺す、絶対に。私と同じ思いを味あわせてやる」
拳を力いっぱい握りしめる。
彼はその言葉に面食らったように一瞬目を点にしたが、何故か直ぐに口角を上げた。
「・・・・・・なんですか」
「いや、僕と一緒ですね」
「は?」
どういうこと?
「殺す、まではいかないですけど。止める、がしっくりくるかな。あの人たちはやり過ぎだ」
この人もあのイエローラインに怨みでもあるのか?
やりすぎ、確かにそうだ。出会ったら最後、手当たり次第に落としまくってるしアイツらに慈悲などなかった。
「君、名前は?」
一応聞いておこう、そんな気になった。
「ツバサ・シロサキ、特務中尉です」
彼はニッと可愛らしく笑って答えてくれた。




