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さいごのにんげん  作者: アルミ爆
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冬眠から覚める日

2020年 3月11日(避難生活2555日目)


 起きた。すでに空気の抜けきったエアーマットレスから硬い体を折り曲げるように起きる。息のつまりそうなほど殺風景な灰色のコンクリートとそこにビッチりと書かれた『正』の字。こんなあなぐらで生活をしていると時々嫌な夢を見る。

 朝ご飯の缶詰を持ちながら、壁にインクのなくなりかけたマジックで線を刻む。ツンとくるインクの匂いを嗅ぎながら、ふと、今日は何日目なのかと思った。あと何日ここに居れば、外に出られるのか。昔は良かった。新鮮な空気が無料で胸いっぱいに吸えたのだから。今となっては、脱臭炭と分厚い不織布のフィルターをこした黴臭い空気を吸うのがやっとであった。天井の空気穴からは、時折カサカサと音がする。空気取り入れ用のファンにどこからか伸びてきたツタが絡まる音である。

 1、2、3……

 正の字を数えると、511個あった。もう一度数える。やはり511。


「やったー!!!!」


 511!511!511!

 今日で7年たっていた。地下10m厚さ2mの鉄筋コンクリートと、0.5m厚の水槽で放射線を遮ること苦節7年。暖房用の燃料も底をつき、手回し発電で空気取り入れファンを回す日々も今日で終わり!!


 7の法則という物をご存知か。放射線は7の倍数で目減りするという冷戦時にアメリカ合衆国様が懇切丁寧に民間人に教えていたアレである。世界は、外の世界はきっと正常な世界になって、そして俺を迎えてくれるに違いない!

 いや、知っていますって。セシウム137が半減期30年ってことは。それでもラドン222も、ヨウ素131もセシウム134もうんと少なくなる。それだけ被曝するリスクは少なくなり、外での行動もしやすくなる。

 まあ、通常の日常生活でもテレビや、宇宙から放射線を浴び続けていた我々であるから、それほどの問題ではないだろう。いやーしかし参った。

 1カ月前からトイレが壊れてね。ジッ〇ロックに糞を溜めていた。ジッ〇ロックに入れても糞は臭い物。精神衛生上も大変よろしくない。


 一張羅の防護服に身を包む。黄色の頭の先からつま先までカバーする服は、ガサガサと耳元で音が鳴っているのではないかと思うほどに五月蠅い。しかし、この家の中に、汚染物質を入れないためである。仕方がない。

 ミ〇リ安全のヘルメットと、シ〇マツの防毒面をひもを引っ張り顔に圧着する。キャニスターにラバーを貼り付け、エアー漏れの有無を確認し、全ての用意が無事に完了したことを確認。怖いので指さし確認もする。

 防毒面のフィルターには、有機溶剤用の炭が入った物を選んだ。値段の観点から見れば、圧倒的に有利なのは粉じん用であるが、その持った時の軽さから信用できなかった。これから俺は誰もいない世界に行くのだ。頼れるのは己だけ。

 勿論、この防毒面ガスマスクで放射線が防げないことも分かっている。大事なのは、放射能を帯びた粉じんを体内に取り入れない事であって、体への直接の被曝は、覚悟の上だった。

 何度もこの日を夢見てきた。異様に冷たい鉄梯子を登って丸いノブに手を伸ばす。

 潜水艦のハッチに良く似たそれを左回りに回すと、子気味良い音が響いて、ロックが外れた。第一隔壁は問題なし。そのまま押し上げて外へと続く第二隔壁へと昇ろうと上を見た。


 硬いコンクリートに亀裂が入っていた。そこには無数の木の根がのたうつように這いまわり、その身をささくれたコンクリートにめり込まさんがごとくうねり、ピチャピチャと音を立てて地下水を滴らせる。

 コンクリートの割れ目には美しい緑色の苔が生えていて、その一つ一つにガラス玉のような雫が乗っていた。


「木は……自然は生きているのか」


 2年前、最後の生き残りからの通信があった。アメリカ空軍による、JDAM搭載型地中貫通弾による地下鉄への大規模爆撃。それ以来、自分だけが生き残った生き物だと、そう思っていた。


 カツン……。


 頭の上。分厚いSUSのハッチから何か棒のようなもので叩く様な音が聞こえた。

 俺は息を切らしながら必死に梯子を駆け上がる。その先に何があるかも知らずに。


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