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迷子の森  作者: 明日栄作
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悔し涙

続きを書きました。


村の村長に頼もれた目的も手に入れ、後は帰るだけの帰路で突然の雨に襲われ洞穴で雨宿りして眠ってしまった所からの続きの話です。


よろしくお願いします。

目的を果たした帰路の途中、突然の雨に打たれた俺達兄弟は洞穴で雨宿りを余儀なくする。


長い間歩いていた為か弟のハチが寝たのを確認した後に、一度座ったのが不味かったのか。


安心感から、俺も弟のハチに続く形で泥のように眠りについてしまっていた。


悪夢から目覚めた横で、弟のハチもまた悪い夢にうなされているようで、しん、とした洞穴内で背後から「うぅぅぅぅ」という唸るような呻き声を上げているのだけが、鮮明に聞こえてくる。


それからしばらくして、突然呻き声が止んだ。


不自然なタイミングで途切れた呻き声に、さっき見た夢のことを断片的に思い出しながら、俺の胸中で不気味さが加速していく。


ぽた、ぽたと洞穴の天井から一定の間隔を空けて滴る雨が落ちる音を聞きながら、呻くのをやめたハチに声をかける。


「起きたのか? 俺もおかしな夢を見ちまって起きたんだけど、お前もうなされたみたいだし、大丈夫か?」


しかし、ハチからの返事はなく静かな息遣いだけが聞こえてくる。


ただの夢だと自分にいくら言い聞かせてみても、ざわつきが胸に溢れていくのを感じた。


俺は一刻も早くハチの安否の確認をして最悪の想像を否定したくて、その姿をこの視界に収めるべく、背後で眠るハチの方へと振り返った。


見た、見てしまった。


そこに居たのは、昨日様子とは打って変わって、けろっとした態度で俺とくだらない雑談興じる才能だけは村のいや、世界中でも文句なくナンバーワンの我が弟ハチの姿は見当たらず。


居たのは……


「うヒヒひヒヒ」


あの夢と同じ風に気味悪く笑う、あの巨人達にそっくりな見た目の化け物だった。


少し違うのは、巨人ではない事。


身長は大きいが大きめという程度で、精々2メートルほどしかない。


いや、今俺が知りたいのは、こんな化け物の事なんかじゃない。


そんな目の前の化け物を視界に映しながらも、俺は血眼になって辺りを見渡した。


だけど、何度見ても何十回見ても無駄だった。


いや、無理だった。


俺の見つけたい者は……どこにも見当たらない。


「嘘だ……嘘だろ。そんなのってないだろ?」


ハチは居ない。


俺の後ろにも化け物の側にもいなかった。


亡骸も、血痕も、争った後さえも残ってはいない。


こんなに狭い洞穴の中なのに何一つ見つける事が出来なかった。


「こんなたかだか一、二時間の睡眠なんて大層なもんじゃない居眠り程度の時間だぞ……」


別れの言葉も言えずに、最後の姿も見れずに失うなんて、こんなんじゃまるで……


「目が覚めたこの世界こそが、悪夢じゃねぇか!」


俺は理解など追いつかない、全てが理不尽なこの状況を前に、今まで踏ん張って立ち続けていた膝を折り、とうとうその場に膝から崩れ落ちた。


目の前の化け物がこちらを見て立っていたが、もうそんな事はどうでもよかった。


これから自分が、どうなろうとそんな事は些細な事だ。


最愛の弟を失い、兄としての尊厳も役割も、何一つも守れなかった無様な男がどうなろうが、そんなこと些細な事だ。


もうまぶたさえ瞑って、その時を待つ俺の耳に、さっきまでとは違う言葉を喋った化け物の声が聞こえてくる。


「にィちゃん、にィちゃん。うヒヒひヒヒ」


化け物は心底可笑しいと言った口調で、その言葉を口にする。


「おい、黙れよ」


その言葉は俺にとって、例え心が折れ死んでいるのも生きているのも同じだという状況でも、聞き逃してやる事など到底出来ないものだった。


弟を、俺の誇りを嘲笑うかのようなその行動を無視する事だけは決してする訳にはいかない。


「にィちゃん、にィちゃん」


化け物は、俺の言葉にきょとんとして愉快そうに続ける。


ああ、初めてかもしれない。


村のみんなは気のいい奴ばかりだったし、ハチとはたまに喧嘩してしまってもついうっかり仲直りしている事ばかりだったから知らなかった。


この世で俺に、こんなにも憎くて醜い。


殺意の対象が居るなんて。


「テメエの薄汚ねぇ口で! その言葉を口にすんじゃねぇ!!」


両の手に、有りったけの投げナイフを持ち構えた。


あの時は、たまたま当たったに過ぎなかったけれど、今度は確実に当てる! 確実に殺す!


渾身の力で放った四本のナイフが、化け物の四肢へと次々直撃していく。


「ぎィィィぃィ」


化け物はさっきまでの不愉快な表情を歪ませ、鋭い痛みに悲鳴を上げている。


「これで、終わりだ!」


とどめの一撃を投げる為、俺は腕を大きく振りかぶる。


しかし、俺の手から最後のナイフが放たれる事はなかった。


化け物は小さかった。


今まで俺とハチが見た巨大な化け物と比べると、大きさは普通の生き物と何ら変わりないと言っても良いほどだ。


だから、あの時に目の当たりにした巨人の木をなぎ倒した鉄槌は体躯が大きいから強いのだと思っていた。


大きいから力が強く、小さいから力がない。と、思ってしまった。


相手は化け物なのに、生物の常識で図っていい筈がないのに……


化け物は四メートルほどの距離を一瞬の内に詰め、俺の目の前に立っていた。


振りかぶった手を抑えられた! と思った次の瞬間には腹に強烈に一撃は受けていた。


「ぐふっ⁉︎」


「イひ!」


呼吸が止まり不意に身体から力が抜ける。


そのせいで、俺はもう一度崩れ落ちそうになる。しかし、化け物はそれを首を掴んで阻止、座ることも許さない。


そしてそのまま万力の如き握力で俺を持ち上げ、自分と同じ目線になった所で、最初と同じ不愉快な顔で笑う。


「にィちゃん、にィちゃん」


文句があるなら、やり返してみろとでも言いたげな顔で繰り返す。


「にィちゃん、にィちゃん」


俺は最後の力を振り絞って、ナイフを逆手に持ち替えて強く握りしめる。


きっと、これが俺の最後の攻撃になる。


「ハチ、こんな兄ちゃんでごめんな」


「お前を守れなくて、ごめんな」


視界を涙で霞んでいたけれど、掴まれているおかげでちゃんと見なくたって、心底憎たらしい顔面へと向けたナイフが止まる。


泣いていた。


化け物は今の俺と同じように悔し涙を流しながらもまだ言う。


「にィちゃん、にィちゃん」



「にィちゃん……タすケて。ボくにもトめらレないっ」


「え、お前……」


その言葉と共に、強く締め上げられていた俺の首を掴む手から力が抜けた。


突然、首から手を離され地面へと解放された。


この好機に、だけど足は動かずに尻餅をついた姿勢のまま、俺はただ呆然と目の前で眺めている事しか出来なかった。


「ハチ……なのか?」


今にも兄に攻撃をしてしまいそうな、自分にはどうにも出来ぬ力に支配されてしまった“弟”の泣き顔を。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


やっと、話が動き出した感じがします。


よければ次回も、よろしくお願いします。

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