逃走
拙い文章でおかしな所などあるかもしれませんが、少しでも面白いと思ってもらえるところがあったら幸いです。
眠りから覚めて、最初に目に映ったのは俺たちを照らす木々の隙間から差し込む一筋の光だった。
そのおかげか、辺りを見渡すと昨夜は暗闇と恐怖で気付かなかった周りの景色に気づく。
俺たちの眠っていた木の根本に、日の光に照らされて白く美しい花畑が咲き乱れていた。
身を起こした俺の背後に、もたれかかって寝ていた弟のハチが支えを失って勢いよく倒れた。
「あ、兄ちゃん。おはよう」
「俺がいくら起こしても一向に起きない遅刻魔でも、さすがに今のは起きたか」
「何言ってんだよ、遅刻魔はお互い様じゃないか」
「ああ、そうだな、確かに俺もよく遅刻はしてるな」
「そうだよ、なのに僕だけがよく遅刻する奴みたいに言われるのは聞き捨てならないよ?」
「うん、そうだな、いつも二人で寝坊しているなら、俺の言い方は少し酷いかもしれないでもな?」
「うん?」
「毎朝、お前を起こしてるから、俺も遅刻してんだろうがよ!」
俺は出来る限り抑えた声で、しかし、叫んでいた。
大体、俺がなに言いたいか分かってるから、お前が「うん?」って言ってる口の口角が僅かに上がっちゃってんだよ……
「えへへ、そういえばそうだったね」
「わかった上で言ったくせに、その『僕っておっちょこちょいだなぁ』みたいに頭に手を置くのをやめろ」
ったく、こんな状況だっていうのに緊張感のない奴だ。いや……奴らか。
「さっ、今日は早起き出来たんだから、そろそろ目的の花を探しに行くぞ?」
立ち上がって、いつまでも仰向けの体勢から動こうとしないハチへと手を差し出す。
「うん、そうだね、少しは休めたしそろそろ行こうか」
「そういうセリフは、俺の手を取りながら言え」
そう言って、まるで迎えに来る気配のないハチの手を強引に掴んで、そのまま引き起こした。
「ほら、今度こそ行くぞ?」
木漏れ日の空間に名残惜しさを感じながらも再び日の差さない森の闇へと歩き出す。
「ごめんごめん、もう行くから」
先に歩き出した俺の背中を追って、ハチもまた暗闇へと足を踏み入れた。
俺達はそろそろ定番になりつつある焼き芋(朝食)を片手に木々の隙間を抜けて行く。
ポケットから取り出した方位磁石が、北を指す方へと、もう随分歩いたが未だに目的地に着く気配すら感じやしない。
まずいな。
弟の手前兄として口にはしなかったが、俺は内心焦り始めていた。
ここまでの道のりで、当たり前のように腹を満たしてきた食料が底をつきかけている。このままだと後二日もすれば空腹を満たす事ができなくなりそうだ。
「兄ちゃん、なにか……来てるよ」
それは油断だった。
俺が悠長に考え事で思考の海に潜っている間に、すでに、すぐそこまで何かの足音が近づいていることに気付くのが遅れる。
足音は昨日追い返した獣と同じものだったが、数が明らかに昨日と違っていた。
群れを成した獣の複数の足音が重なって、大きな音を立ててこちらに向かって来る。
そして……気づいた時には、もう俺達は先ほどの獣に群れに囲まれていた。
「ハチ、絶対に俺から離れるなよ?」
「うん、わかったよ」
獣は十匹の群れで、敵意を隠すことなく俺達を睨みつけ、牙を剥いて唸っている。
俺は持っていた蒸した芋を、獣の目の前に放り投げ、獣が警戒して、こちらから一瞬目を離した隙に側に生えてる一番高い木に向かって駆け出した。
「走れ!」
「う、うん」
横目で見た時には、もう獣達は目の前に転がった芋になど意も介さず、こちらに向かって走って来ている。
芋で騙されたことに怒っているのか、先ほどよりもさらに大きな声で吠えている。
こんなことならお肉を投げるべきだったか……?
まあ、お肉なんてもうないんだから、どちらにしろこっちに向かって来たと思うけど。
木の根本へたどり着いた俺はその場で少し屈んで、少し遅れて走って来ているハチに向かって叫ぶ。
「俺の肩を踏んで木に登れ!」
「え?」
「早くしろ!もう奴らすぐそこまで迫ってるぞ!」
「あーもうっ!信じるからね!」
「任せろ!」
頷くと、ハチは勢いそのままに俺の肩を蹴り、木の中程に生えた枝に手をかけ器用に足を乗せて早々に上へと登っていた。
ハチが登ったのと、ほとんど同じタイミングで、俺は両手にナイフを持って、木の表面に深く突き刺し胸の高さに刺して、出来た柄の足場に乗って頭上の枝目掛けて跳んだ。
間一髪のところで獣の牙を避けて、枝にぶら下がったままの姿勢で心底安心した俺をハチが呆れた様子で引き上げてくれた。
「助かった、ありがとうな」
「どういたしまして、僕も兄ちゃんの咄嗟の判断のお陰で助かったよ」
「あ、そういえばこの木、ほいひいひのみがほえてたほ」
「大事なところを食べながら言うな」
でも、美味しい木の実か、見たところこの木には木の実がそこら中に生えてるみたいだし食料としてもぎっておこう。
俺達が木の実をせっせと収穫していると、下で吠えていた獣達が鳴くのをやめて躾されたペットのように急に静かになっていた。
みィぃツけタ
背後からその声が聞こえた時、身体が金縛りにでもあっているのか思うように動かない。
それなのに頭だけが、自分の嫌な予感に反して、怖いもの見たさか、それとも恐怖心から安全である事を一早く確認したかったのか、とにかく俺は振り帰ろうとすることをやめる事が出来なかった……
振り返った俺の視界には、嬉々として満面の笑みでニターと笑っている昨夜の巨大な悪魔がそこに居た。
その姿は一瞬目に映っただけで、とてつもない嫌悪の感情が溢れてくる程のもので……
この世の不快感を全て集めたようなその見た目は、もし神が居るなら全生物の敵としてこの世に生み出したとしか思えない。
いや、それでももっとマシな外見にして欲しいとさえ思えてくる。
なぜ? どうやって気づかれずにここまで近づいていたのか? などの当然の疑問が、一瞬で消しとんだ俺の頭に残った最優先事項は、この場から弟と一緒に生き延びることだけ。
俺はまだ振り向いていないハチの肩に手を置くと、たった今登ったばかりの木の上から飛び降りた。
「逃げるぞ!」
無言で頷くハチは、すでに背後の声の主に気づいたのだろう。
瞳の奥に恐怖が刻まれているのがわかった。
俺達が巨人の反対方向に走り出した瞬間、さっきまで立っていた場所には轟音と共に巨大な拳が振り下ろされていた。
木は完全になぎ倒され、獣達は本能で気づいたのか一目散にこの場から退散していく。
木が倒れ、巨人は視界にもう一度を俺達の姿を捉えて、殺意に満ちた表情で笑う。
まずいな、あんな拳をまともに受けたら次の瞬間には生きているかも怪しいぞ。
「兄ちゃん、何かこっちに走って来るよ⁉︎」
走りながら対策を練っている俺に、ハチは唐突にそんな事を言う。
そう言われて耳を澄ませば、確かに何かの足音がこちらに物凄い速度で近づいて来ている。
だが、近づいて来ているのは前方の巨人も同じ事で状況は悪くなる一方だ。
そんな事はお構いなしで、巨人が一歩一歩と確実に距離を詰めて来ている。
「待て、一回止まろう」
俺は足元に視線を落とし落ち着いて、ハチにそう言った。
「え? でも止まったらあのデカイのに追いつかれちゃうよ⁉︎」
「いや、もういいんだ。走る必要はないんだ」
「なに言ってるの? 怖くて頭おかしくなっちゃったのかよ兄ちゃん!」
「違うよ。走る必要はないんだよ、俺達はな」
巨人がもう一歩で俺達の場所にたどり着こうとしていたが……
結局、巨人が俺達にたどり着く事はなかった。
馬の足跡の上に立っていた俺達の元に、山羊のような角を生やした馬が走って来たからだ。
というか角に括り付けられた棒に糸で目の前にぶら下がったにんじんを追いかけていた。
「よし、掴まれー!」
「うん! さすが兄ちゃんだ」
走っている馬山羊に飛び乗って、俺が振り返った時には巨人がどんどん小さくなっていくのが見える。
これだけ離れれば俺と同じくらいの身長だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次はこれより面白い物が書けるように頑張ります。