かくれんぼ
続きを書きました。
拙い文章ですが、少しでも面白い所などあったら幸いです。
闇の深い森の中で出会ったのは、知り合いどころか赤の同居人、血を分けた弟だった。
「ハチ、お前なんで……こんなところにいるんだよ?」
今朝から家に姿がなかった弟との再会は、とても嬉しいと喜んでいられるものではなかった。
「それは……兄ちゃんが心配だったからだよ」
「心配って、お前わかってるのか? 村の決まりで、村の外に出ていいのは村長と村長が許可した者だけって決まりがあるだろ」
「それはそうだけど……」
「はあ、なにやってんだよ。ハチ、村の決まりを破ったらどうなるかくらいお前だって知ってるだろうに、どうして俺なんか追って来ちまったんだよ」
「そんなのわかってるけど……」
「いいか、これは遊びじゃないんだぞ? 下手をしたら生きて帰れないかもしれない過酷な試練なんだぞ?」
「そんなことわかってるよ! わかってるから兄ちゃんが心配で来たんじゃないか!」
ハチは我慢の限界だとばかりに、溜め込んでいたものがあったのか、俺への不満を怒りに任せて吐き出した。
「こんな試練だってやらなくてよかったのに、兄ちゃんはいつもそうだよ……俺が守るとか言って一人で決めてさ、危険なことは自分だけでやろうとしてさ。少しは僕の気持ちも考えろよ! たった一人の兄弟なんだぞ! 危険だってわかってるのに心配しないわけないだろ‼︎」
初めて聞いたハチの本音に、俺は申し訳なく思い頭を深く下げて謝る。
「……わるかったよ。ハチの気持ちも考えずに決めて、でもな、これは村の為ってだけじゃなくて、俺自身も見てたかったんだよ。村長があそこまで言う、外の世界ってどんな所なのかをさ」
こんな偉そうな事を言いながらも、弟が居ることに少しほっとしている自分の弱さがどうしようもなく嫌になった。
「うん、そっか。じゃあ僕も手伝うよ。一人で行くより生存率も高くなるし」
「本当は帰れと言いたい所だけど、一人で帰るよりは安全かもな」
そこから、俺たちは他愛のない話をしながら森をさらに奥へと進んで行く。
「あ、そういえば芋を持って来たんだけど食べるか?」
もう村を出て十時間は経つし、さすがに腹が減ったと思い、俺は家を出るときに入れて来た芋をかばんから取り出した。
「わーい、ありがとう。ちょうどお腹空いたと思い始めたから嬉しいよ」
「ほら」
芋を手渡すと、ハチは余程腹が減っていたんだろう。
「いただきます」
そう言って包み紙をめくって、顔を出した芋を勢いよく頬張っている。
そんな急がなくても誰も取らないってのに、そんな弟の姿を見てると、なんだか可笑しくてこんな旅の最中なのに笑いが込み上げてしまう。
「ごちそうさま」
「おう、腹も膨れたし、まだまだ道のりだ。頑張ろうな」
「うん、それにしても暗い森だね。遠くが全然見えないや」
ハチは手を目の上に当てて、前方の暗闇の様子を窺っている。
「ああ、だから視覚に頼らず、耳を澄ませて音をよく聴くようにして危険に備えよう」
「そっか、だから兄ちゃんは僕が追いかけて来た時すぐに気づいたんだね」
「ああ、そうだな」
お前の場合はわかりやすくて耳なんて澄まさなくても、息切らして走って来るのが勝手にわかったんけどな。
「待て」
「え?」
と、そんな話をしていると何かの足音? が聞こえた。
でも、この足音は人間のものではない。
おそらくそれほど大きくはない犬などの足音に聞こえる。
俺はその場立ち止まり、ハチに手で制した。
そのまま腰に下げたホルダーに手を伸ばし、持って来ていた投げナイフ五本のうちの一本を手に構えて、耳を澄ます。
足音は確実にこちらに近づいて来ていた。
俺は足音のする方向に身体向け、そのまま構えていた投げナイフを闇へと投げた。
すると、ナイフを投げた方向から甲高い鳴き声が聞こえてきた。
どうやら俺が投げナイフは見事に命中したらしい。
「ふう、どうやら足音は一匹だったみたいだな」
もう一度、耳を澄ませて周囲の音を聞いて胸を撫で下ろした。
「兄ちゃん、すごいや! 姿も見えないのに命中させちゃうなんて!」
「まあ、こういう時の為に練習しといたんだよ」
それに正直な話、実戦で投げるのはさっきのが初めてだったから、命中したのはただのまぐれだった。
俺は鳴き声の方へと、近場の木にナイフで目印を残しながら歩いて行く。
少し行った所で、てっきり何かの死骸に会ってしまうかと思ったが、そこにはナイフだけが転がっている。
どうやら俺が投げたナイフは刺さりはしていなくて、ただ相手に投げつけただけの形。
ナイフを拾い木の目印を辿って、ハチの元へ戻ると、未だ陰りひとつないキラキラした目で俺を待ち構えていた。
やめろ! そんな目で俺を見るな! あの時は他に手段が思いつかなかったからとっさに投げただけなんだ。
これ以上兄にプレッシャーを与えるのはやめてくれ……
そんな視線をまだ背中に感じながら歩いていると、俺たちの目の前に一つの古ぼけた看板が立っていた。
『この先、見つからないように隠れてお進みください』と何かの謎掛けなのか、よく意味のわからない文字が記されている。
「なんだろうこれ? 隠れるって何から隠れればいいのかな?」
「う〜ん、さっきの狼みたいなのがこの先にもいて、猛獣の類が出るのかもしれないな」
この暗闇で猛獣とばったり鉢合わせるなんて事になったら、目標の地点まで大幅に時間がかかりそうだ。
「よし、ここから今ままで以上に気を引き締めて行くぞ?」
「うん、出来るだけ見つからないように行かなくちゃね」
それから、俺とハチは息を潜めて慎重な足取りで森を奥へと進んで行った。
しばらく進んだが、村から十時間は歩き通しな上に、この数時間で気温も少し下がっていて流石に足が重くなって動き少しも鈍い。
俺たちはとりあえず森の中の一本の木の下に腰を降ろし、一度休憩を取ることにした。
俺は横に置いたかばんから水筒を取り出して一口飲んだ後、ハチに手渡した。
「この先何が起きるかわからないからな。飲める時に飲んどけ」
「ありがとう」
水筒を一口飲んで、大きな息を吐いたハチの横顔には明らかな疲労感が浮き出ていた。
「今日はここで休んで、明日の朝出発にしよう」
「え、僕ならまだ歩けるよ?」
「ばーか、俺の腹の虫が早く腹に飯を入れろってうるさいから休むんだよ。お前のせいとかじゃねえよ」
その言葉に応えるように、俺の腹から唸り声を上げるか様に腹が鳴った。
「あはは、全く兄ちゃんはこんな時でも緊張感がないんだから」
それから二人で今朝家の冷蔵庫の中で一番でかいハムの塊を二つに分けてかじり尽くした。
その後は俺が持ってきていた毛布一枚を二人で肩を寄せ合って包まる。
暗闇の中、見えるはずのない星空を見上げて朝を待つ。
「ハチ、今日はありがとな。お前が来た時心配で口うるさい事言っちまったけど、ほんとは少し嬉しかったんだぜ? こんな森で一人だったし出来るなら冒険は二人でしたいなってさ」
息遣いも聞こえる距離で、こんな恥ずかしい事を言われて言葉に詰まっている様子のハチに俺は視線を送る。
すると……ハチの方から微かに聞こえる音があった。
「すぴー」
いや、寝てたのかよ⁉︎一人で恥ずかしいこと言っちゃたよ!
そんな心の中で独り言を繰り広げる俺の耳に、地響きのような音が一定の間隔で聞こえてくる。
その音はさっきの足音同様に聞こえる度に少しづつ大きくなっていて、明らかにこっちに向かって近づいてきている。
木の影から息を殺して覗いた俺の目に映ったのは……
「なんだこれ?」
黒みがかった灰色の皮膚で、5メートルはあろうかという高さの身長をした筋骨隆々の男……いや、これを生物と呼んでいいのだろうか? 大きな目は赤く染まり目が合っただけで、身動きを封じる力を持っていそうなほどの眼力でぎょろぎょろと、辺りを見回している様に見えた。
あの看板の隠れなくてはいけないモノとはこれのことだと、理屈じゃなく本能がそう訴えている。
大男は、ぶつぶつと何か呟きながら左右を交互に確認して歩いていたが、俺たちに気付く様子もなく通り過ぎて行く背中を眺めていた。
「ふう、危なかったな」
眺めているだけで嫌な汗をかいてしまった。
俺は思い出したかの様に自然と抑えて溜まった息を大きく吐き出して、早くなった鼓動を落ち着かせる。
ふと横を見て、隣で安心しきった表情で眠るハチの顔を眺めて安堵を覚えた瞬間。
最後の力を振り絞って耐えていた俺のまぶたが力尽きた様で、弟の顔も見えなくなった。
意識はそこで途切れて、ゆっくりと眠りについた。
最後まで、読んでいただきありがとうございます。
次回はさらに面白い物が書けるように頑張ります。